第五十三話「ティア弟子入り」中編
翌日、薬屋組合との正式契約を済ませた。
ハルトが用意した契約書に署名した。三ヶ月に一度の王都訪問、製造記録の毎月提出、軟膏二十本と飲み薬十本の定期納品。全部前回話し合った通りだった。
「よろしくお願いします。ヴェルンも楽しみにしています」とハルトは言った。
「こちらこそよろしくお願いします」
ハルトはしばらく間を置いた。
「一つ聞いていいですか」
「はい」
「弟子を取ったと聞きました」
「はい」
「腐敗魔法の使い手ですか」
「そうです。十五歳ですが」
「そうですか」
ハルトは少し考えた。
「将来的には弟子の方にも製造に関わってもらえますか」
「修行次第ですが、できると思います」
「それは心強い。製造できる人間が増えれば、供給も安定します」
ハルトは少し間を置いた。
「腐敗魔法の使い手というのは、他にもいると思いますか…」
「いると思います。ただ忌み魔法と言われているので、隠して生活している方が多いのではないでしょうか…」
「そうですか」
ハルトは静かに言った。
「組合として腐敗魔法の薬を取り扱うことで、そういう方たちが少し生きやすくなればいいと思います」
アオイは少し驚いた。
「そう思っていただけるとは…心強いです」
「二百年間、間違えていたかもしれない。ならば今から変えればいい」
「ありがとうございます」
ハルトは立ち上がった。
「三ヶ月後にまた来てください」
屋敷に戻ると、ティアが応接間で待っていた。
手紙を書いていた。
「家族への手紙ですか」とアオイは言った。
「はい」
ティアは手紙から顔を上げた。
「難しくて。何を書けばいいのかわからなくて…」
「どこまで書きましたか」
「グラウンに行くこと、腐敗魔法を教えてもらえる人に会ったこと…」
ティアは手紙を見た。
「…それだけです」
「十分じゃないですか」
「返事が来なかったら」
「来なくても、書いたことは伝わります」アオイは言った。
「返事を求めるより、自分の言葉を伝えることが大事です」
ティアはしばらく手紙を見た。
「もう少し書きます」
「急がなくていいです。グラウンに着いてから送っても遅くないので」
「そうですか」
ティアは少しほっとした顔をした。
「グラウンはどんなところですか」
「小さくて静かな街です。人口は約千人くらいです」
「王都より全然小さいですね」
「そうです。ただみんなの顔が見えます」
「みんなの顔が見える、ですか…」ティアは繰り返した。
「村もそうでしたが、村は顔が見えすぎて、腐敗魔法のことが知れ渡って…」
「グラウンでも最初は戸惑っている方がいました。ただ今は普通に受け入れてもらっています」
「本当ですか」
「本当です」
ティアはしばらく考えた。
「腐敗魔法を普通に使っていいんですか」
「還り家では普通に使います。街の中でも隠す必要はないです」
「隠さなくていいんですか…ずっと隠していたので」
「グラウンでは隠さなくていいですよ」
ティアはしばらく黙った。それから小さく言った。
「…よかった」
その夜、マリエルがティアに服を用意してくれた。
旅の荷物しか持っていないティアに、シンプルな普段着を何着か渡した。
「ありがとうございます。マリエル様、一つ聞いていいですか」ティアは言った。
「なんでしょうか」
「なぜ私を預かってくれたんですか。見ず知らずの子なのに…」
マリエルは少し考えた。
「祖母が腐敗魔法の使い手でした。忌み魔法と言われて、ずっと苦労していたと聞いています。あなたを見たとき、祖母のことを思い出しました」
マリエルは静かに言った。
「そうですか」
「腐敗魔法の使い手が居場所を見つけられるよう、私にできることをしたいと思っています。アオイさんのところに行けてよかったです」
「はい。私もよかったです」
翌日の昼過ぎ、エルノが屋敷に来た。
応接間にティアがいるのを見て少し目を丸くした。
「マリエル様、この方は」
「ティアさんです。アオイさんの弟子になります。腐敗魔法の使い手なんですよ」
「腐敗魔法の…」エルノはティアを見た。
「何歳ですか」
「十五です」とティアは少し緊張した顔で言った。
「すごいですね。一人で王都に来たんですか」
「…はい」
「アオイさんの弟子になれてよかったですね。腐敗魔法のことをたくさん教えてもらえますよ。菌の話が特に面白いです」
「菌の話ですか」
「目に見えない生き物の話です」エルノは言った。
「最初は難しいですが、聞いていると引き込まれます」
ティアはアオイを見た。
「菌の話、してもらえますか」
「道中、話しましょう。七日かかるので時間はあります」
「楽しみです」ティアは少し笑った。
エルノがアオイを見た。
「薬屋組合との正式契約、済みましたか」
「はい。済みました」
「よかったです」エルノは言った。
「治癒魔法師との連携も少しずつ進んでいます。次にアオイさんが王都に来るときには、治癒魔法師と話をする機会を作りたいと思っています」
「わかりました」
「それと」エルノは少し間を置いた。
「ティアさんが修行して腐敗魔法の薬を作れるようになったら、将来的に王都でも活躍できると思います」
ティアはエルノを見た。
「王都でですか」
「腐敗魔法の使い手が王都にいれば、治癒魔法師との連携もやりやすくなります」エルノは言った。
「まずはグラウンでしっかり修行してください」
「はい。頑張ります」ティアは頷いた。




