第五十二話「ティア弟子入り」前編
マリエルから手紙が届いたのは、王都訪問から一ヶ月後だった。
——アオイさん、一つご相談があります。先日、腐敗魔法が使える少女が私の屋敷を訪ねてきました。十五歳で、王都周辺の村の出身です。行商人から「王都に腐敗魔法に理解のある貴族がいる」と聞いてきたそうです。家族に怖がられて居場所がなくなり、村を出てきたとのことです。とりあえず屋敷で預かっていますが、私には腐敗魔法のことは何もわからず、アオイさんにご相談したくて手紙を書きました。
追伸 本人はとても真剣な目をしています。アオイさんに会わせてあげたいと思っています。——
アオイはライナスに手紙を見せた。
「腐敗魔法の使い手の少女か」ライナスは言った。
「そうです」
「マリエル殿が預かっているのか」
「そうです。三ヶ月後に王都に行くときに会おうと思っています」
「それがいいだろう。腐敗魔法の使い手が他にもいたとは…」
「いるにはいるんだと思います。ただ忌み魔法と言われているので、隠して生活している人が多いんじゃないかと思います」
「そうかもしれないな」ライナスは少し考えた。
「弟子にするつもりか」
「会ってみてから判断します」
「まあそうだな。会ってみてから決めればいい」ライナスは言った。
マリエルへの返事を書いた。
——マリエル様、手紙をありがとうございます。三ヶ月後に王都にうかがう予定ですので、そのときに会わせてください。それまで預かっていただけますか。
追伸 腐敗魔法が使えるとのこと、弟子にすることを検討しています。本人の意思次第ですが。——
ベアに話すと、ベアは少し間を置いた。
「十五歳で腐敗魔法の使い手か…」
「そうです」
「弟子にするのか」
「会ってみてから決めます」
「まあそうだな」ベアはお茶を飲んだ。
「ただ一つだけ言っておく」
「なんですか」
「その子は家族に怖がられて村を出てきた。居場所がなかったということだ」
ベアは静かに言った。
「技術を教えるだけでなく、居場所を作ってやることが大事かもしれない」
「居場所ですか…」
「グラウンがその子の居場所になれればいい。技術は後からついてくる」
アオイはしばらく考えた。
「わかりました」
「まあ会ってみてから考えればいい」ベアはお茶を飲み干した。
「お前ならうまくやるだろう」
「そうですか」
「そうだ。お前は人を居心地よくさせる才能がある。自覚はないだろうが」
「自覚はないです」
「それがいいんだ。自覚があったら押しつけがましくなる」
二ヶ月後、王都に向けて出発した。
今回は薬屋組合との正式契約が目的だ。クラウスとヴィンが護衛についた。
馬車の中でティアのことを考えた。
十五歳。家族に怖がられて村を出た。マリエルを頼った。腐敗魔法が使える。
会ってみなければわからないが、弟子にする方向で考えていた。
七日後、王都に着いた。
マリエルの屋敷に着くと、マリエルが出迎えてくれた。
「アオイさん、よくいらっしゃいました。ティアのことですが、今日会いますか。それとも組合の件を先に」
「組合の件は明日ですので、今日会えますか」
「もちろんです。呼んできますね」
応接間で待っていると、マリエルが少女を連れて戻ってきた。
茶色い髪で、目が少し赤い。緊張した顔でアオイを見た。服はマリエルが用意したのか、きれいにしている。ただ手が少し震えていた。
「ティアです」と少女は言った。
「アオイです」
ティアはしばらくアオイを見た。
「腐敗魔法の薬屋さんですか」
「そうです」
「腐敗魔法で薬を作っているんですか」
「はい」
「怖くないんですか。腐敗魔法を使うのが…」
「怖くはないです」
ティアは少し間を置いた。
「私も怖くないんです。でも家族に怖がられて」
「そうですか」
「腐敗魔法は忌み魔法じゃないんですか」
「忌み魔法と言われていますが、そうは思っていません」
ティアはしばらく黙った。それから言った。
「弟子にしてもらえますか」
「腐敗魔法をどのくらい使えますか」
「小さいものなら分解できます。腐った食べ物とか、枯れた植物とか。大きいものや複雑なものはうまくできなくて」
「魔力はどのくらいありますか」
「わかりません。使いすぎると頭が痛くなります」
「魔力切れの手前ですね。少し試させてもらえますか。どのくらい使えるか確認したいので」
「はい」
マリエルが台所から新鮮な野菜を持ってきた。
アオイは野菜を半分に切って、片方をティアの前に置いた。
「この野菜の表面だけを分解してみてください。中まで分解しないように」
ティアは野菜を見た。
「表面だけ、ですか」
「そうです。全部分解するのは難しくありません。一部だけ、というのが腐敗魔法の制御の練習になります」
ティアは野菜に手を当てた。少し目を閉じた。
野菜の表面が分解され始めた。ただすぐに中まで分解が広がっていった。
ティアが手を離した。野菜がほぼ全部分解されていた。
「全部分解してしまいました…難しいですね」ティアは言った。
「難しいです。ただ腐敗魔法の流れは正しいです。制御が粗いだけで、基礎はあります」
「練習すればできますか」
「できます。時間はかかるかもしれませんが…」
「やります」ティアは即答した。
「弟子にしてもらえますか」
「はい」
ティアが目を丸くした。
「本当ですか」
「はい。住み込みで修行してもらいます。還り家の二階に部屋があるので、そこを使ってください。それと、一つお願いがあります」
「なんですか?」
「家族に手紙を書いてください。行き先だけでも伝えておいた方がいいです」
ティアの顔が少し曇った。
「返事が来なかったら」
「それはそのときに考えましょう。まず書くことが大事です」アオイは言った。
ティアはしばらく黙っていたが、頷いた。
「書きます」
マリエルが少し安堵した顔をした。
「よかった」マリエルはティアを見た。
「ティア、アオイさんについていきなさい。困ったことがあればいつでも手紙を書きなさい」
「マリエル様、ありがとうございました」
「いいのよ。元気でね…グラウンは遠いけれど、手紙はちゃんと届くから…」




