第五十話「薬屋組合との契約」中編
翌日の朝、マリエルと一緒に再び組合の建物に向かった。
応接間に通されると、ハルトともう一人待っていた。四十代くらいの男性で、薬草の匂いがした。
「組合の薬師のヴェルンです。実際に薬を扱う立場として、同席させました」とハルトは言った。
「アオイです」
「話は聞いています」ヴェルンは少し硬い顔で言った。
「腐敗魔法の薬ということで、正直まだ半信半疑ですが」
「実際に見ていただければわかると思います」
「そのつもりで来ました」
ハルトが言った。
「昨日の続きを聞かせてください。製造の実演もお願いしたいと思っているのですが…」
「わかりました。材料を持ってきています」
ハルトが少し目を丸くした。
「昨日言っていないのに準備していたのですか」
「マリエル様から実演になるかもしれないと聞いて持ってきました」
ハルトはマリエルを見た。マリエルは静かに微笑んでいた。
作業台を借りて、軟膏の製造を始めた。
まずコルモ草の精製から説明した。
「これはコルモ草です。強い抗菌作用がありますが、毒性もあります」
「コルモ草…知っていますが、毒性が強くて扱いが難しい薬草です」とヴェルンが言った。
「腐敗魔法で毒性を除去します」
アオイは腐敗魔法を使い始めた。コルモ草に手を当てて、ゆっくりと毒性の成分を分解していく。
ヴェルンが身を乗り出した。
「匂いが変わった」
「毒性の成分が分解されると匂いが変わります。もう少しで終わります」
数分後、成分の分解が終わり、アオイはコルモ草をヴェルンに渡した。
「確認してみてください」
ヴェルンは匂いを嗅いで、コルモ草を少し口に入れた。
「…毒性が消えているのか…これは本当に除去できているのか」ヴェルンは言った。
「できています。ただし私がやるから安全なのであって、腐敗魔法以外では毒性が残る可能性があります」
「それは重要なことですね。つまり製造はあなたにしかできない」ハルトが言った。
「今のところはそうです。ただ腐敗魔法の使い手であれば、訓練すれば可能だと思います」
「王都に腐敗魔法の使い手はいないが…」
「いないですね。ただ、もし腐敗魔法の才能がある人がみつかれば、弟子として育てたいと考えています。将来的には製造を手伝える人間が増えるかもしれません」
ハルトは少し考えた。
「続けてください」
次に軟膏の配合を説明した。
精製したコルモ草の成分、薬草精油、ベアと開発した配合。一つ一つ説明しながら混ぜていった。
ヴェルンは黙って見ていたが、途中で質問した。
「その薬草精油は何ですか」
「消炎作用のある薬草から抽出したものです。コルモ草の抗菌作用と組み合わせることで、傷口の菌の除去と炎症の抑制を同時に行います」
「二つの作用を一つの薬に…治癒魔法師に頼めば物理的な傷は塞げる。その後にこの軟膏を使えば菌も抑えられる」ヴェルンは言った。
「そうです。補完関係にあります」
「なるほど。飲み薬はどう違うんですか」ヴェルンは腕を組んだ。
「体の中に入り込んだ菌に対処するものです。軟膏が傷口の外側から作用するのに対して、飲み薬は体の内側から作用します」
「体の中に入り込んだ菌か…治癒魔法では対処できない領域だ」
「そうです」
ヴェルンはハルトを見た。ハルトは黙って聞いていた。
完成した軟膏をヴェルンが受け取り、匂いを嗅いでから、少量を指に取った。
「刺激はないですね」
「刺激は最小限になるよう配合しています」
「傷口に直接塗っても問題ないですか」
「問題ありません。ただし深い傷の場合は治癒魔法師に物理的な処置をしてもらってから使う方が効果的です」
「治癒魔法師との連携か。王都の治癒魔法師組合と話をする必要があるな」ヴェルンは言った。
「ヴェルン。まだそこまで決まっていない」ハルトが言った。
「わかっています…ただ可能性として言っただけです」
ハルトはアオイを見た。
「一つ聞いていいですか」
「はい」
「あなたはなぜ腐敗魔法で薬を作ろうと思ったのですか」
アオイは少し考えた。
「腐敗魔法の性質が薬の製造に向いていたからです。腐敗は分解を促す。分解を利用すれば薬になる。それだけのことです」
「それだけのことか…」ハルトは静かに言った。
「忌み魔法と言われているのに怖くなかったのですか」
「怖くはなかったです。腐敗魔法が忌み魔法と言われるようになった経緯は後から知りましたが、魔法そのものは怖いものではないと思っていたので」
「二百年間、怖いものだと思われてきたのに…」
「何も知らなかったので…」アオイは言った。
ハルトはしばらく黙った。
ヴェルンが言った。
「私はこの薬を使ってみたいと思います。実際に患者に使って効果を確認したい。組合代表として決めるのはあなたです」
「もう一日時間をください。明日、返事をします」ハルトはアオイに言った。
「わかりました」
屋敷に戻る道で、マリエルが言った。
「ヴェルン様が使ってみたいとおっしゃった。これは大きいです」
「そうですね」
「ヴェルン様は組合の中で信頼が厚い方です。その方が評価してくださったので、ハルト様も無視できないはず。明日の返事が楽しみです」マリエルは嬉しそうに言った。
「どうなると思いますか」
「前向きな返事があると思います」マリエルは少し考えた。
「ただハルト様は慎重な方なので、すぐに大きな契約にはならないかもしれません。まずは試験的な取り扱いから始めるかもしれない」
「それで十分です」
「そうですね。焦らなくていいです。続けることが大事ですから」マリエルは言った。




