第四十九話「薬屋組合との契約」前編
マリエルから手紙が届いたのは、冬の中頃だった。
——アオイさん、王都の薬屋組合のハルト・ゲスナー代表が、腐敗魔法の薬について正式に話し合いたいとおっしゃっています。侯爵からの後押しもあって、組合として薬の取り扱いを検討したいとのことです。アオイさんが王都に来られる機会はありますか。
追伸 ハルト様はまだ腐敗魔法に完全に納得しているわけではありませんが、話し合う気持ちにはなってくださっています。焦らず進めましょう。——
アオイはライナスに手紙を見せた。
ライナスは手紙を読んで、少し間を置いた。
「薬屋組合が動いたか」
「そのようですね」
「これは大きな話だ。王都の薬屋組合が腐敗魔法の薬を正式に取り扱うとなれば、王都全体に広まる」
「行こうと思います」
「今回もクラウスとヴィンを護衛につける」
「ありがとうございます」
「ハルト・ゲスナーという人物について少し調べておく」
「わかりました」
「余計なことを言うなよ」
「…言いませんよ」
出発前日、ベアに話した。
「薬屋組合か…王都の組合が動いたのか」
ベアは少し目を細めた。
「そうです」
「一つだけ言っておく」
「なんですか」
「ハルト・ゲスナーが何を心配しているかを考えろ。腐敗魔法が怖いのではなく、組合として責任を持てるかどうかを心配しているはずだ」
「責任というのは…」
「安全かどうか。効果があるかどうか。副作用はないか。そこをちゃんと説明できれば、話は進む」
「わかりました」
出発の朝、城門の前に馬車が待っていた。
クラウスとヴィンが馬に乗って待っている。
「今回もよろしくお願いします」とアオイは言った。
「お任せください」とクラウスは言って、ヴィンは無言で頷いた。
ライナスが見送りに来ていた。
「気をつけて行け。クラウス、ヴィン、アオイを頼んだ」
「ありがとうございます。行ってきます」
七日後、王都に着いた。
マリエルの屋敷に着くと、マリエルが出迎えてくれた。
「アオイさん、よくいらっしゃいました」
「マリエル様、手紙ありがとうございました。今回もお世話になります」
「では中に入りましょう。明日の準備をお話しします」
翌日の朝、マリエルと一緒に薬屋組合の建物に向かった。
組合の建物は王都の中心部にある。石造りの立派な建物だった。中に通されると、応接間に男性が一人待っていた。
六十代くらい。白髪で、背筋が真っ直ぐだ。
「ハルト・ゲスナーです」と男性は言った。
「アオイと申します」
「マリエル殿からお話は伺っています」ハルトは席を勧めた。
「単刀直入に話しましょう」
「はい」
「腐敗魔法の薬を組合で取り扱うことを検討しています」ハルトは言った。
「ただし条件があります」
「どのような条件ですか」
「安全性の確認、効果の記録、副作用の有無」ハルトは指を折った。
「この三点を私が納得できる形で説明してもらいたい。感情的な話は結構です。事実だけ聞かせてください」
アオイはノートを取り出した。
「記録があります。見ていただけますか」
ハルトは少し目を丸くした。ノートを受け取って、ゆっくりとページをめくり始めた。
薬の製造記録、使用した薬草の種類と量、治療した症例の記録、効果と経過の観察。全部書いてある。
ハルトはしばらく黙って読んでいた。
マリエルがアオイに小声で言った。
「ノートを持ってきていたんですか」
「記録は全部つけているので」
「助かりました」
ハルトがノートから顔を上げた。
「これは全部あなたが記録したものですか」
「そうです」
「いつから記録しているんですか」
「還り家を開いた日からです」
ハルトはもう一度ノートを見た。
「症例が多いですね。グラウンだけでこれだけあるのか」
「グラウンは人口が約千人の街ですが、それなりに使っていただいています」
「副作用の記録は」
「今のところ確認されていません。ただし腐敗魔法を直接体に使う場合は正常な組織を傷つける可能性があるので、薬の形にしています」
「薬の形にすることで安全性が上がるのか」
「直接使うよりずっと安全です。ただし使い方を守っていただく必要があります」
ハルトは少し考えた。
「製造はあなた一人でやっているのですか」
「グラウンの薬草師と一緒に開発しました。製造は私が行っています」
「量はどのくらい作れますか」
「現在は月に軟膏二十本、飲み薬十本を王都に送っています。製造量を増やすことはできますが、薬草の確保が必要です」
ハルトはノートをアオイに返した。
「正直に聞きます」ハルトは言った。
「腐敗魔法は忌み魔法と言われています。組合として取り扱えば、反発する者が出るかもしれない。それについてはどう考えていますか」
アオイは少し考えた。
「反発が出ることは理解しています。ただ腐敗魔法が忌み魔法と言われるようになったのは、二百年前の政治的な経緯からです。薬としての効果と安全性は、記録の通りです」
「二百年前の話は知っている。組合の古い文献にも残っている」ハルトは言った。
「そうですか」
「あなたはその話を知っていて、それでも腐敗魔法を使い続けているのですか」
「はい。やめる理由がないので」
ハルトはしばらくアオイを見た。
「続きは明日にしましょう」ハルトは立ち上がった。
「今日聞いたことを整理したい。明日また来ていただけますか」
「わかりました」
マリエルの屋敷に戻る道で、マリエルが言った。
「ハルト様が明日また話を聞くとおっしゃった。これは前向きだと思います」
「そうですか」
「ハルト様はすぐに断る方です。明日また話を聞くということは、検討する気持ちがあるということです」
マリエルは少し安堵した顔をした。
「ノートの記録が効きました」
「記録はつけておくものですね」
「本当に…」マリエルは言った。
「あと一つお伝えしておきます。明日、ハルト様は製造の実演を見たいとおっしゃるかもしれません」
「実演ですか」
「実際に目で見て納得する方なので」
「わかりました。材料を持ってきています」
「さすがですね。では今日は休んでください。明日に備えて」と言ってマリエルは笑った。




