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忌み魔法と呼ばれても気にしない魔法使いの、辺境ぐらし  作者: メイコノノ


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第五話「グラウンの人たち」

 グラウンの街には、だいたい千人ほどが暮らしていた。


 王都から馬で五日かかる辺境で、主な産業は農業と牧畜だ。商人は季節に一度来るかどうかで、新しい物資はなかなか入ってこない。若者は王都や他の街に出ていくことが多く、残っているのは年配者と、どこかに事情を抱えた人間が多かった。


 アオイは一週間かけて、街をひと通り歩いた。


 パン屋は街の東側にあった。


 店主は三十代の男でハンスという名前だ。毎朝四時に起きてパンを焼いていて、腕は確かだが、酵母の状態が安定しないことが悩みらしかった。


「同じ配合で作っても、膨らみ方がバラバラなんだ」とハンスは言った。


「酵母を見せてもらえますか」


 アオイが酵母の入った壺を調べると、状態にムラがあった。気温の変化で活性が変わっている。腐敗魔法で酵母の状態を整えて、弱っている部分を補った。


「これで少し安定すると思います」


「……あんた腐敗魔法の人か」とハンスは言った。


 すでに街で噂になっているらしい。


「そうです」


「ゴルドのじいさんとマルタさんが世話になったと言ってた。腐敗魔法って、気持ち悪いイメージがあったけど」


「そうですか」


「でもまあ、役に立つならいいか」


 ハンスはパンを一個くれた。焼きたてで、外側がかりかりして中がふわふわだった。アオイは歩きながら食べた。美味しかった。



 薬草屋は街の北側にあった。


 老婆が一人でやっている店で、棚に乾燥した薬草が並んでいる。老婆の名前はベアという。九十近い年齢に見えるが、動きは機敏だった。


「腐敗魔法の娘か」とベアはアオイを見るなり言った。


「はい」


「座れ」


 アオイが椅子に座ると、ベアはお茶を出してくれた。草の匂いがする薄い緑色のお茶で、飲んでみると少し苦くて後味が甘かった。


「あんたの魔法、傷の治療に使えるか」とベアは聞いた。


「悪くなった組織だけを分解することはできると思うのですが、試したことはないです」


「やってみてほしい」


 ベアは自分の左腕を見せた。古い傷跡があって、一部が黒ずんでいる。


 アオイはそっと手を当てた。腐敗魔法を、できるだけ細かく、丁寧に使う。死んでいる細胞だけを選んで、少しずつ分解した。醸造所やチーズ屋でやった作業より、ずっと繊細な制御が必要だった。


 五分ほどかけて終わると、黒ずみが薄くなっていた。


「ほう」とベアは腕を見て言った。


「完全にはいきませんが、多少血が通いやすくなったと思います」


「十分だ」とベアは言った。


「あんたはいい魔法使いだ」


「ありがとうございます」


「忌み魔法だとか言う馬鹿は放っておけ。使い方を知らない人間が怖がっているだけだ」


 アオイはお茶を飲んだ。


「そういうものですかね」


「そういうものだ。私も若い頃、毒草を扱うから魔女だと言われた。毒も薬も紙一重だと知らない人間が多すぎる」


 アオイはそれを聞いて、少し嬉しくなった。腐敗と発酵が紙一重なのと、同じ話だと思ったからだ。


 アオイはノートに街の地図を描いた。


 醸造所、チーズ屋、パン屋、薬草屋。それぞれの場所と、腐敗魔法でできることを書き込んだ。


 アオイは毛布の上に座って、ノートを眺めた。収入はまだほぼゼロだ。チーズが一個、パンが一個、お茶が一杯。それが一週間の報酬といえば報酬だった。


 でも、悪くない一週間だったとアオイは思った。


 土は良いし、人は面白いし、食べ物は美味しい。


 腐敗魔法は、この街でちゃんと役に立っている。

 

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