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忌み魔法と呼ばれても気にしない魔法使いの、辺境ぐらし  作者: メイコノノ


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第四話「小屋と、チーズと、街の人々」

 小屋は古かった。


 ゴルドが「古くて狭い」と言ったのは謙遜ではなく事実で、扉は歪んで閉まりにくく、窓の木枠は腐りかけ、床板の一部は踏むとぎしぎし鳴った。


 荷物といえば白衣のポケットの中身だけだから、片付けはすぐに終わった。


 問題は寝具がないことだったが、ゴルドが毛布を一枚持ってきてくれた。床に敷いて寝ればなんとかなる。アオイは野宿よりはましだと思った。


 次の問題は収入だった。


 アオイは実験ノートに現状を書き出した。


 所持品:白衣、pHメーター、油性マジック、実験ノート

 スキル:腐敗魔法、発酵の知識、分析力。

 環境:辺境の街、人口少なめ、商人が来にくい、土が良い。


 書き出してみると、意外と悪くない気がした。


 翌朝、アオイはチーズ屋を訪ねた。


 街の中心に近い場所にある小さな店で、看板に山羊の絵が描いてある。扉を開けると、チーズの匂いがした。悪くない匂いだが、アオイの鼻には物足りなかった。


 店主は四十代の女性で、名前はマルタといった。赤みがかった髪を後ろで束ね、エプロンに白い粉をつけている。アオイを見て、まず白衣に視線が行った。


「…何かお買い求め?」


「少し聞いてもいいですか。チーズの熟成、うまくいってますか」


 マルタの目が細くなった。


「……どうしてそんなことを聞くの」


「ゴルドさんに食べさせてもらったチーズが美味しかったので。でももっと美味しくなると思って」


 マルタはしばらく警戒した目でアオイを見た。見知らぬ女が突然来て熟成がどうとか言い出したら、誰でも警戒する。


「あんた、何者なの?」


「発酵が得意な人間です」


「魔法使いなの?」


「一応」


「何の魔法?」


 アオイはゴルドのときと同じ会話になってきたと思いながら答えた。


「腐敗魔法です」


 マルタの顔がゴルドと同じように引きつった。やはりそういう反応になる。


「……忌み魔法使いが、うちのチーズに何の用」


「腐敗魔法で熟成の制御ができます。雑菌を除いて、必要な菌だけ残せる。今より美味しいチーズが作れると思います」


「信用できないわね」


「試してみてから判断してください。」


 マルタはまた長い沈黙を置いた。腕を組んで、アオイを上から下まで見た。


「……タダでしてくれるって言うの?」


「最初は。うまくいったら、チーズを一個ください」


 マルタは眉を上げた。金を要求しないことが意外だったらしい。


「……熟成中の棚を見せてあげるわ。ついてきて」


 店の奥の熟成室は、ひんやりしていた。石の棚にチーズが並んでいる。形は様々で、大きいものも小さいものもある。アオイは一つ一つに手を当てて確認した。


 状態は悪くなかった。マルタの腕は確かだ。ただ、雑菌の混入が散発的に起きていて、それが熟成にムラを生んでいる。


「全部で三十二個ありますね」


「そうよ」


「このうち七個に雑菌が入ってます。このまま放置すると熟成が止まる」


「……どのチーズ?」


 アオイは七個を指さした。マルタが一つ割って確認すると、中が少し変色していた。


「本当だ」


「処置しますか」


 マルタは一瞬躊躇して、それから頷いた。


 アオイは七個に順番に手を当てて、雑菌だけを分解した。チーズの菌には触れない。腐敗魔法の精度は、自分で思っていたより高かった。やはり知識があると制御しやすい。


「終わりました。二週間後に確認してみてください」


 マルタはしばらく黙っていた。それから棚の奥から熟成済みのチーズを一つ取り出して、アオイに渡した。


「……前払いよ。二週間後にまた来て」


「ありがとうございます」


 アオイはチーズを受け取って店を出た。外の陽光の下でチーズを一口かじった。昨日食べたものより格段に旨味が深い。熟成がうまくいっているものは、ちゃんとこんなに美味しいのか。


 アオイは次のノートの項目を頭の中で作った。グラウンで腐敗魔法が役立てそうな場所のリストだ。


 醸造所、チーズ屋、次はどこだろう。街をぐるりと見渡して、アオイはゆっくり歩き始めた。



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