表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忌み魔法と呼ばれても気にしない魔法使いの、辺境ぐらし  作者: メイコノノ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/22

第三話「腐敗魔法のお披露目」

 醸造師のおじさんの名前はゴルドといった。六十二歳、妻は十年前に亡くなり、今は一人で醸造所を切り盛りしている。グラウンに来て三十年になる。

 

 醸造所の中は薄暗く、樽がずらりと並んでいた。アオイは一つ一つ蓋を開けて匂いを嗅いだ。


「何がわかる」とゴルドは腕を組んで見ていた。


「酵母が弱ってます。発酵途中で雑菌に負けてる」


「……匂いだけでわかるのか」


「専門なので」


 アオイは一番状態の悪そうな樽の前にしゃがんだ。腐敗魔法を使ってみることにした。


 手を樽に当てて、意識を集中した。すると指先から何か温かいものが流れ出る感覚があった。樽の中が見えるわけではないが、なんとなくわかる。雑菌の気配、酵母の弱った感じ、糖分の残り具合。


「なるほど」とアオイは呟いた。


「何をした」とゴルドが警戒した声で言った。


「雑菌を分解しました。酵母は残してあります。あと三日もすれば発酵が正常に戻ると思います」


 ゴルドは長い沈黙の後、言った。


「……あんた、魔法使いか」


「一応そうらしいです」


「何の魔法だ」


 アオイは少し間を置いた。正直に言うべきか迷ったが、隠すのも面倒なので言うことにした。


「腐敗魔法です」


 ゴルドの顔が引きつった。


「……忌み魔法じゃないか」


「そうらしいですね。でも発酵の制御もできるので、醸造には使えます」


「……本当か」


「今やったことがその証明です」


 ゴルドはしばらくアオイと樽を交互に見ていた。それからため息をついた。


「……今夜の飯と寝床を用意してやる。三日後に樽を確認して、本当によくなってたら話を聞く」


「ありがとうございます」


 ゴルドの家は醸造所の隣にあった。二階建ての石造りで、一階が作業場、二階が居住スペースだ。


 客間があるというので、アオイはそこに泊めてもらうことになった。


 夕食はパンとスープとチーズだった。チーズを口に入れた瞬間、アオイは手を止めた。


「このチーズ」


「どうした、腐ってるか」


「違います。美味しい。でも熟成が早すぎる。本来の半分も旨味が出てない」


「……チーズ職人に言ってやれ。街で一軒しかない店だ」


「近いうちに行ってみます」


 ゴルドは何か言いたそうだったが、黙ってスープを飲んだ。


 食後、アオイは実験ノートを開いた。今日わかったことを書き留める。腐敗魔法の感覚、土の質、街の様子、ゴルドの果実酒の状態。


「何を書いてる」とゴルドが覗き込んだ。


「記録です」


「……あんた、どこ出身だ」


「遠いところです」


 ゴルドはそれ以上聞かなかった。辺境の街には、素性を聞かれたくない人間が来ることも多いのだろう。アオイはそのことに感謝した。


 三日後、樽を確認した。


 蓋を開けた瞬間、ゴルドが息を呑んだ。澄んだ果実の香りが立ち上っている。試しに少し掬って飲んだゴルドは、長い間黙っていた。


「……これは」


「発酵が正常に進みました。あと二週間寝かせれば完成します」


「今まで作ってきた中で、一番いい状態だ」


 ゴルドは複雑な顔でアオイを見た。腐敗魔法への嫌悪感と、目の前の結果への驚きが混ざっている。


「しばらくここにいる気はあるか」


「あります。この街、気に入ったので」


「何が気に入ったんだ。何もない街だぞ」


 アオイは少し考えた。


「土がいいです」


 ゴルドはため息をついた。


「……醸造所の隅に小屋がある。古くて狭いが、使っていい。家賃の代わりに月に一度、樽を見てくれ」


「喜んで」


 こうしてアオイのグラウン生活が、正式に始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ