第四十五話「ミドリの贈り物」
ミドリが薬草を持ってくるようになって一ヶ月が経った。
週に二、三回、還り家の前に薬草の束が置いてある。
毎回同じ種類ではなく、少しずつ違う。アオイはそのたびにノートに記録した。
持ってきてくれる薬草は全部で五種類になっていた。
そのうちベアが名前を知っていたのは一種類だけだった。コルモ草。強い抗菌作用があるが毒性もあると教えてもらった。残りの四種類はベアも見たことがないと言った。
「深い森の薬草だろう」とベアは言った。
「調べる方法はありますか」
「古い文献があるかもしれないが、グラウンにはないだろうな」
アオイはふと思った。アーゴだったら何か知っているかもしれない。
アーゴはグラウンで部屋を借りて過ごしている。水晶から解放されてしばらく経つが、まだ体が完全ではないので無理はしていない。
アオイはアーゴの元を訪ねた。
「薬草の記録を見せてもらえるか」とアーゴは言った。
アオイがノートを渡すと、アーゴはゆっくりとページをめくった。
「この葉の形は…」アーゴは一か所で止まった。
「イルファの花だ」
「イルファの花ですか?」
「解毒作用がある。昔の文献に出てくる。魔法的な呪いにも効果があるという記録がある」
アーゴはさらにページをめくった。
「こちらはヴェルタの根だな。消炎作用が強い。慢性的な炎症に使ったという記録がある」
「わかりました」
「残り二種類は私も見たことがない」とアーゴは言った。
「深い森の植物は文献も少ない。この植物はどうやって手に入れたんだ?」
アオイはミドリのことを話した。森の入り口で傷を負っていたこと、菌を除去して軟膏を塗ったこと、それから薬草を持ってくるようになったこと。
アーゴはしばらく黙って聞いていた。
「その生き物、緑がかった毛並みで金色の目か…」
「そうです」
「グリムだ」アーゴは静かに言った。
「グリム…ですか」
「深い森に住む魔物だ。私が若い頃に調べた文献に出てきた」
アーゴはゆっくりと言った。
「知能が高くて、縄張り意識が強い。基本的に人間には近づかない。近づいてきたとすれば、よほどのことがあったのだろう」
「傷を治療したことと関係がありますか」
「関係があると思う」
アーゴは少し考えた。
「文献によると、グリムは強い感謝や好意を持った相手と縁を結ぶことがある。名前をつけると縁が深まると書いてあった」
「名前は…」
アオイは少し間を置いた。
「もうつけてしまいました」
「つけたのか…」
「ミドリと呼んでいます。ノートの記録用に書き始めたら、そのまま呼ぶようになってしまって」
アーゴは目を丸くして、それから静かに笑った。
「そうか。ではもう縁ができているかもしれないな」
「縁ができると何が変わるんですか」
「文献には、名前を呼ぶとグリム側も気配を感じ取れるようになると書いてあった」アーゴは言った。
「ただし文献は古いものだから、全部が正しいとは限らない」
「参考にします」
「群れ全体がお前のことを認識している可能性もある」
アーゴはノートをアオイに返した。
「グリムは群れで動く。一頭と縁ができれば、群れの他の個体もお前を知っているかもな」
「そうですか」
アオイはノートを受け取った。
還り家に戻って、ノートに書き足した。
グリム。深い森の魔物。知能が高い。縁。イルファの花、解毒作用、魔法的な呪いへの効果。ヴェルタの根、消炎作用、慢性炎症。
書きながら、手元の薬草を見た。
コルモ草、イルファの花、ヴェルタの根。全部ミドリが持ってきたものだ。
まずコルモ草から試した。
ベアに教えてもらった通り、毒性が強い。腐敗魔法で毒性の部分だけを慎重に分解した。何度も確認しながら、少しずつ。
一回目は毒性の除去が不完全だった。
二回目は除去しすぎて薬効まで落ちた。
三回目でようやくバランスが取れた。
「難しいな…」と呟いた。
ベアに持っていくと、ベアは匂いを嗅いで、少し舐めて、しばらく考えた。
「これを軟膏に使えるか」
「試してみます」
既存の軟膏にコルモ草の精製成分を加えた。比率を変えながら何度か試した。
できあがったものをベアに渡した。
「前のものより抗菌作用が強いようだな。これは使えるぞ」
次はイルファの花とヴェルタの根を飲み薬に組み合わせることを考えた。
イルファの花の解毒作用と鎮静作用。ヴェルタの根の消炎作用。既存の飲み薬に組み合わせれば、効果の範囲が広がるかもしれない。
何度か試作した。イルファの花は扱いが繊細で、加熱しすぎると成分が壊れた。ヴェルタの根は量が多すぎると刺激が強くなった。
比率を調整しながら、一週間かけて安定した配合にたどり着いた。
ベアに持っていくと、ベアはしばらく考えてから言った。
「前の飲み薬より複雑な作用がある。菌への効果だけでなく、体の炎症を抑えて、回復を早める感じがする」
「組み合わせた効果が出ているかもしれません」
「これは今まで作ったものより上だ」
ベアは静かに言った。
「ミドリのおかげだな」
「そうですね。次に顔を見かけたときにお礼言います」
「顔を見かけるのか」
「たまに茂みの中から見ています」
「そうか」
ベアはため息をついた。
「お前の周りは面白いことが起きるな」
翌朝、還り家の前に薬草が置いてあった。
アオイは薬草を手に取って、森の方向を向いた。
「ミドリ」と呼んだ。
茂みが揺れた。金色の目が見えた。
「新しい薬ができました。ありがとうございます」
金色の目がしばらくアオイを見ていた。
それから茂みが揺れて、気配が遠くなった。
消えた、というより、森の奥に戻っていった感じがした。
アオイはノートを開いた。
進化版軟膏、進化版飲み薬。コルモ草、イルファの花、ヴェルタの根。製造過程と配合の記録。
書きながら思った。
ミドリがいなければ作れなかった薬だ。
窓の外、森の方向に朝の風が吹いている。




