表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忌み魔法と呼ばれても気にしない魔法使いの、辺境ぐらし  作者: メイコノノ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/58

第三十五話「ライナスが還り家に来た」

 ライナスが還り家を訪ねてきたのは、冬の始まりの頃だった。


 午後、アオイが抗菌軟膏の二回目の試作をしていると、扉がノックされた。

 還り家の扉をノックする人は珍しい。大抵は普通に開けてくるか、おそるおそる開けてくるかのどちらかだ。


「どうぞ」とアオイは言った。


 扉が開くとライナスが立っていた。


 アオイは少し驚いた。いつもアオイが城に行く形だったので、ライナスが還り家に来たのは初めてだ。


「珍しいですね」とアオイは言った。


「近くを通りかかったんだ」とライナスは言った。


「城から還り家への道に通りかかる用事はないと思いますが」


「用事があった」


「なんの用事ですか」


 ライナスは少し間を置いた。


「薬の確認だ。月次の納品まで間があるが、城の使用人が頭痛を訴えていて」


「それなら使いを寄越してもらえれば、お届けしますよ」


「ついでがあったからな…」


「ついでというのは」


「城下の巡回だ」


 ライナスは部屋を見渡した。


「狭いな」


「そうですね」


「もう少し広い場所に移る気はないか」


「今の広さで十分なので」


 アオイは棚から頭痛薬を取り出した。


「頭痛薬は何人分必要ですか」


「二人分だ」


「用意しますので、お待ちください」


「少し、休んでいってもいいか」


 ライナスの言葉にアオイは驚いた。


「…どうぞ」


 椅子を勧めると、ライナスは素直に座った。


 アオイはお茶を淹れた。ベアにもらった薬草で作る、少し苦くて後味が甘いお茶だ。


 頭痛薬の用意が終わると試作に戻った。軟膏の材料を混ぜながら、腐敗魔法で成分を確認する。


 しばらく沈黙が続いた。


「何を作っているんだ」とライナスが言った。


「抗菌軟膏の二回目の試作です」


「一回目からどう変えた」


「薬草の配合を少し変えました。一回目より精油成分の濃度を上げて、アオカビ由来の成分とのバランスを調整しています」


「改良しているのか」


「まだ完成ではないので」


「完成はいつ頃だ」


「まだわかりません」


「相変わらずだな」ライナスは少し口元を動かした。


「何がですか」


「素直にわからないと言えるところだ」


 また沈黙が落ちた。


 アオイは作業を続けた。ライナスはお茶を飲んでいた。

 グラウンに来てから、沈黙が苦手な人とあまり会ったことがない。ゴルドも、ベアも、沈黙を嫌がらない。ライナスも同じらしい。


「王都の件、マリエル・セラン殿から報告を受けた」とライナスが言った。


「そうですか」


「拘束されたと聞いている。帰ってきたときに何故報告しなかったんだ」


「たいしたことではないと思ったので」


 ライナスは少し眉を寄せた。


「セラン殿が来なければどうなっていた」


「もう一日くらい部屋にいたと思います」


「もう一日…」ライナスはため息をついた。


「…それで済むと思っているのか」


「済んだと思いますよ?」


「お前は楽観的すぎる」


「そうですか」


「そうだ」ライナスはお茶を一口飲んだ。


「次に王都に行くときは、事前に知らせろ。手を打てることがある」


「手を打つというのは」


「王都に知り合いがいる。話を通しておけば、腐敗魔法への対応が多少変わるかもしれない」


「そんなことができるんですか」


「できるかどうかはわからないが、何もしないよりはいい」


 しばらくしてライナスが言った。


「一つ聞いていいか」


「なんですか」


「王都に行って、大きな街を見て、何も思わなかったか」


 アオイは少し考えた。


「大きいとは思いました。でも住みたいとは思わなかったです」


「なぜだ」


「人が多すぎて落ち着かないですし、菌の種類や情報量が多くて」


「情報量…」ライナスは少し呆れた顔をした。


「腐敗魔法で感じ取れる情報が多すぎて、グラウンの方が落ち着きます」


「そういう理由か」


 ライナスはしばらく黙った。


「……グラウンにいてくれてよかった」


 アオイは手を止めた。


 ライナスは窓の外を見ていた。こちらを見ていない。


「ライナス様」


「なんだ」


 アオイは軟膏を混ぜながら言った。


「グラウンに来てよかったと、私も思っています」


 沈黙が落ちた。


 しばらくして、ライナスが立ち上がった。


「そろそろ城に戻る」


「はい」


「薬、もらっていく」


「どうぞ」アオイは包みを渡した。


「三日ほど飲み続けるのように、使用人の方に伝えてください」


「ああ。伝える」


 ライナスは扉に向かった。それから少し振り返った。


「抗菌軟膏、完成したら城にも納めてくれ」


「わかりました」


 ライナスが扉を開けると、冷たい空気が入ってきた。


「また来てもいいか」


「いつでもどうぞ」


「通りかかったときに」


「城から還り家への道に通りかかる用事は、やはりないと思いますが」


「用事を作ればいい」


 アオイは少し考えた。


「では薬の確認ということにしておきます」


「そうしよう」ライナスは少し口元を動かした。


「では」


「お気をつけて」


 扉が閉まり、還り家が静かになった。


 アオイは軟膏作りに戻った。混ぜながら、腐敗魔法で成分を確認する。


 今回の試作は悪くない。一回目より成分のバランスがいい。


「いいかもしれない」と呟いた。


 ノートに書き留めた。成分の配合、腐敗魔法で確認した菌への抑制効果、改善点。


 グラウンの冬は寒いが、空気が澄んでいる。菌の活性が下がるので、腐敗魔法で感じ取れる情報量が少なくなって、かえって落ち着く。


 アオイは軟膏の試作を続けた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ