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忌み魔法と呼ばれても気にしない魔法使いの、辺境ぐらし  作者: メイコノノ


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第三十四話「魔力切れと、抗菌薬の話」

 事件が起きたのは、秋の終わりだった。


 グラウンから東に半日ほどの場所に、小さな村が二つある。長年、水路の使用権を巡って揉めていた村同士で、毎年秋の収穫後に小競り合いが起きると聞いていた。


 アオイはその話をゴルドから聞いたことがあった。


「毎年のことだ」とゴルドは言っていた。


「死人が出るほどではないが、怪我人は出る。医者が診に行くが、追いつかないことも多い」


「腐敗魔法で役立てることはありますか」とアオイは聞いた。


「怪我の処置ができるなら、来てもらえると助かると村長が言っていた」


「行きます」


「毎年のことだから、今年も起きるかもしれない」


「その時は声をかけてください」


 その年の小競り合いは、例年より規模が大きかった。


 夕方、ガルの息子のリコが還り家に飛び込んできた。


「アオイさん、東の村で怪我人がたくさん出たって。来てほしいって」


「わかりました」


 アオイは薬の籠を持って、リコと一緒に東の村に向かった。


 村に着くと、広場に怪我人が並んでいた。


 三十人近くいる。切り傷、打撲、刺し傷。深いものも浅いものもある。医者が一人で対応していたが、明らかに手が足りていない。


「来てくれたか。腐敗魔法で傷の処置ができると聞いている」と村長が言った。


「できます。順番に診ます」


 アオイは一人目から順番に処置を始めた。


 一人目、二人目、三人目。


 十人目を処置したあたりで、アオイは気づいた。腐敗魔法の感触が、少し薄くなっている。


「あれ」と小声で呟いた。


 十五人目に移った。腐敗魔法を使おうとすると、いつもより力が出にくい感じがする。


 二十人目。さらに薄くなった。


 二十二人目を処置しているとき、腐敗魔法がほとんど出なくなった。


「……魔力が」


 アオイは手を止めた。


「どうしましたか」と医者が聞いた。


「魔力が切れかけています。申し訳ないですが、続きができないかもしれません」


「まだ八人残っています」 


「わかっています」アオイは手を見た。


「薬草液で対処できる傷は薬草液を使います。でも菌を直接取り除く処置は、今の状態ではできないかもしれません」


 魔法を使いすぎると魔力が尽きる。アオイは今まで一度も経験したことがなかったので、実感がなかった。


「すみません」アオイは籠から薬草液を取り出した。


「傷口を清潔に保つ薬を渡します。深い傷の方は、明日私が回復してから改めて処置します」


「今夜が心配です」と村長が言った。


「菌が入ったまま一晩置いたら、化膿するかもしれない」


「その可能性があります」アオイは少し考えた。


「申し訳ないです」


 結果的に、三人が翌朝に発熱した。


 アオイが翌日に処置をして、三人とも回復したが、時間がかかった。


 還り家に戻ったとき、アオイはしばらく椅子に座って考えた。


 自分一人では限界がある。


 腐敗魔法で直接処置するのは確実だが、魔力には限りがある。一度に大勢に対応するのは難しい。


「何か別の方法が必要だ」と呟いた。


 腐敗魔法がなくても、傷口の菌の増殖を抑えられる薬があれば、魔力切れのときでも対応できる。


 アオイはノートを開いた。


 抗菌作用を持つ物質。菌が作り出す、菌を抑える物質。



 翌日、ベアを訪ねた。


「抗菌作用のある薬を作りたいんですが」とアオイは言った。


「傷薬か」とベアは言った。


「傷薬より強いものです。傷口の菌の増殖を直接抑えられるものが作れないかと思って」


「難しい話だな」ベアは薬草棚を見た。


「抗菌作用のある薬草はいくつかある。ただ効き目には限界があって、深い傷や化膿した傷には追いつかないことが多い」


「薬草だけでは限界があるんですね」


「そうだ」


 ベアはアオイを見た。


「何か考えがあるのか」


「菌が作り出す、別の菌を抑える物質があります。アオカビという菌がそういう物質を作るんですが」


「アオカビ」ベアは少し考えた。


「パンに生えるやつか」


「そうです。アオカビの仲間の中に、周りの細菌の増殖を抑える物質を作るものがいます。昔学んだ知識なんですが…」


「アオカビから抗菌の物質を取り出せるということか」


「取り出せるかどうかはやってみないとわかりません。」


 ベアはしばらく考えた。


「面白い話だ。手伝おう」


「ありがとうございます」


 実験を始めた。

 

 まずアオカビを集めることから始めた。パンに生えているアオカビ、果物に生えているアオカビ、土壌から見つけたアオカビ。腐敗魔法で確認しながら、抗菌物質を作っていそうな種類を選ぶ。


「どうやって見分けるんだ」とベアが聞いた。


「腐敗魔法で感じ取ると、周りの菌を抑えているアオカビがわかります。なんか、薄い膜を張っている感じがします」


「膜か…」


「うまく表現できないですが、そんな感じです」


 三日かけて、十数種類のアオカビを集めた。


 次に培養だ。アオカビを適切な環境で育てて、抗菌物質を作らせる。


「温度と湿度が大事です」とアオイは言った。


「あとアオカビが好む養分を与えないといけない」


「何を与えるんだ」


「糖分と、少しの塩と、ミネラル。発酵食品を作るときと似ています」


「発酵に似ているのか」


「アオカビも菌なので、育て方は発酵と同じ考え方です」


 ベアは少し感心した顔をした。


「お前は何でも発酵に結びつけるな」


「専門なので」


 一週間後、アオカビの培養が進んだ。


 腐敗魔法で確認すると、いくつかの種類が抗菌物質を産生しているのが感じ取れる。


「この二種類がいいです。周りの菌への抑制が強い」とアオイは言った。


「どうやって取り出す」


「液体に溶け出した物質を集めます。アオカビを水に漬けて、腐敗魔法で抗菌物質だけを濃縮します」


「不純物は」


「腐敗魔法で取り除けます。ただ完全に純粋にはできないので、どこまで精製できるかがポイントです」


「不純物が残ると体に悪いか」


「可能性があります。だから慎重にやります」


 ベアは棚から薬草を取り出した。


「この薬草、抗菌作用がある。これと組み合わせると効き目が強くなるかもしれない」


「どんな成分ですか」


「揮発性の精油成分が菌の増殖を抑える。ただ単体では効き目が弱くて、深い傷には追いつかない」


「アオカビの物質と組み合わせれば補えるかもしれません」


「試してみよう」


 二週間かけて、試行錯誤が続いた。


 最初の試作品は、腐敗魔法で確認すると抗菌効果があるのはわかったが、不純物が多くて肌に塗ると赤くなった。


「失敗ですね」とアオイは言った。


「精製が足りないか」とベアが言った。


「もう一度やります」


 二回目は不純物を減らしたが、今度は抗菌効果が弱くなった。


「精製しすぎると有効成分まで減るんですね」


「難しいな」


「バランスが大事なんです。発酵食品も同じで、やりすぎると風味が飛んでしまう」



 三回目の試作品で、ようやくバランスが取れた。


 抗菌効果があって、不純物が少なくて、肌に塗っても赤くならない。


「できたと思います」とアオイは言った。


「本当に効くか確認できるか」とベアが言った。


「腐敗魔法で確認します」


 アオイは試作品を少し取って、菌の入った培地に垂らした。腐敗魔法で観察する。


 垂らした周囲の菌が、じわじわと抑制されていく。


「効いています」


「どのくらい効くんだ」


「傷口の一般的な菌には十分効くと思います。ただ全ての菌に効くわけではないです。強い菌には追いつかないかもしれない」


「完璧ではないが、ないよりはいいということか」


「そうです。あと飲み薬も作りたいです。傷口だけでなく、体の中に入った菌にも対応できれば」


「内服か…肌に塗るより慎重にやらないといけない」ベアは少し難しい顔をした。


「わかっています。もう少し時間がかかります」



 軟膏が完成したことをゴルドに話すと、ゴルドは目を丸くした。


「菌から菌を抑える薬を作ったのか」


「そうです。完全ではないですが」


「腐敗魔法でなければできないことだな」


「菌の状態を感じ取りながら精製できるので、確かに腐敗魔法がないと難しいと思います」


「魔力切れのときに役立てられるか」


「はい。これがあれば、私が直接処置できなくても菌の増殖を抑えられます」


 ゴルドはしばらく軟膏の瓶を見た。


「東の村の村長に知らせておく。毎年小競り合いがあるので、備えておいた方がいい」


「お願いします」


「値段はどうする」


「ベアさんと相談します」


「ベアのばあさんと一緒に作ったのか」


「薬草の知識を借りました。ベアさんがいなかったら完成しなかったです」


「そうか。よくやった」


 ベアに報告すると、ベアは軟膏を手に取って確認した。


「思ったより早くできたな」


「ベアさんの薬草のおかげです」


「お世辞はいい」ベアは軟膏の蓋を開けて、匂いを嗅いだ。


「悪くない匂いだ」


「薬草の精油成分の匂いです」


「飲み薬はいつできる」


「もう少しかかります。内服は慎重にやらないといけないので」


「急ぐなくていい。軟膏だけでも十分役立つ。飲み薬は時間をかけて作れ」とベアは言った。


「はい」


「一つ聞いていいか」


「なんですか」


「魔力切れというのは、辛かったか」


 アオイは少し考えた。


「辛いというより、情けなかったです。目の前に処置が必要な人がいるのに、できなくて」


「そうか」ベアは静かに言った。


「魔法使いは誰でも魔力の限界がある。自分の限界を知ることは大事だ」


「そうですね。今まで考えたことがなかったです」


「今回知れたからいい」ベアはお茶を淹れた。


「この薬があれば、次は違う対応ができる」


「そうですね。腐敗魔法でできないことを、薬が補ってくれる」


 アオイは軟膏を見た。


「その考え方がいい」ベアはお茶を渡した。


「魔法に頼りすぎるな。薬と魔法を組み合わせて使え」


「はい」


「まあお前は元々そういうやり方をしているが」


「そうですか」


「薬屋として薬を作って、腐敗魔法で補助する。最初からそういうやり方だろう」


「意識していなかったですが、確かにそうですね」


「意識していなくても正しいやり方をしていた」ベアはお茶を一口飲んだ。


「それがお前の強みだ」



 軟膏を還り家の棚に並べた。小さな瓶が五本。見た目はシンプルだが、作るのに三週間かかった。


「抗菌軟膏」とアオイはノートに書いた。


「アオカビ由来抗菌物質と薬草精油の組み合わせ。傷口の菌の増殖を抑制。完全ではないが、魔力切れのときの補助として有効。」


 値段はベアと相談して銀貨二枚にした。


 高くないかとアオイは思ったが、ベアに「作るのに三週間かかったんだろう」と言われて納得した。


 次は飲み薬だ。時間はかかるが、体の中に入った菌への対処ができるようになればもっと役立てる。


 アオイはノートに次の実験の計画を書き始めた。


 一人でできることには限界がある。でも薬があれば、魔法が使えないときでも誰かの役に立てる。



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