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忌み魔法と呼ばれても気にしない魔法使いの、辺境ぐらし  作者: メイコノノ


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第三十二話「王都へ」前編

 シャナからの手紙が届いたのは、還り家が開店して九ヶ月ほど経った頃だった。

 

 ——アオイさん、突然で申し訳ないですが助けてほしいことがあります。王都に来てもらえますか。光の制御が難しくなってきていて、理由がわからないです。王都の魔法師に診てもらいましたが、原因がわからないと言われました。腐敗魔法で何かわかるかもしれないと思って。だんだんひどくなっていて困っています。 追伸 王都に来たことはありますか。グラウンとは全然違うので驚くと思います。—— 

 

 王都。アオイはゴルドが昔王都に住んでいたと言っていた事を思い出した。

 

 アオイはゴルドの家を訪ねると、醸造所で果実酒の仕込みをしていた。


「どうした」とゴルドがアオイを見て聞いた。


「シャナさんから手紙が来たんです」


「シャナ…光魔法の人か」


「はい」


「それで、なんだって?」


「王都に来てほしいそうです。魔法の制御が難しくなったらしいのですが、原因がわからないようで…」


 ゴルドはしばらくアオイを見た。


「還り家はどうする」


「ゴルドさんに頼んでもいいですか」


 ゴルドはため息をついた。


「わかった」ゴルドは窓の外を見た。


「王都では気をつけろ」


「何をですか」


「腐敗魔法への認識がグラウンとは違う。人前で魔法を使うなよ。知らない人間ばかりだ。余計なことを言うな」


 ゴルドは仏頂面で言った。


「わかりました」


「本当にわかってるか不安だが」


「わかっています」


 問題は、どうやって王都まで行くかだった。


 アオイは一人で馬に乗れない。


 ちょうどその日の午後、クルトとフェンがグラウンに依頼の途中で立ち寄った。アオイは事情を話した。


「王都に行きたいのか」とクルトは言った。


「シャナさんという光魔法の使い手が困っているそうで」


「俺たちも王都方面に依頼がある。一緒に行くか」


「いいんですか」


「ちょうどいい。ただし俺たちは別の依頼があるから、途中までしか一緒にいられないぞ」とクルトが言った。


「それでも助かります」



 翌朝、出発した。


 馬はクルトとフェンの二頭。アオイはフェンの後ろに乗った。


「しっかり摑まっていろ」とフェンが言った。


「わかりました」


「少し慣れたか」


「はい。慣れました」


「それは何よりだ」


 馬が歩き始めた。グラウンの街が後ろに遠ざかっていく。


「王都までどのくらいですか」とアオイは聞いた。


「馬で五日だ」とクルトが言った。


 三日かけて、ある街に着いた。


 ここでクルトとフェンは別の依頼に向かうことになっている。


「ここからは一人だが、王都までの道はわかるか」とクルトが言った。


「教えてもらえますか」


「この街から東に向かう道を進めばいい。二日ほどで着く」


 フェンが地図を簡単に描いてくれた。


「ここからは王都に行く馬車を探すといい」とクルトが言った。


「わかりました」


 フェンとクルトは少し心配そうな顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。


「気をつけてな」とフェンが言った。


「ありがとうございます」



 二人と別れて、アオイは一人で王都行きの馬車を探した。


 比較的すぐ見つかり、行商人の馬車に一緒に乗せてもらえる事になった。


 馬車で移動をはじめて二日目の夕方、王都が見えてきた。


 アオイが想像している以上に大きかった。


 城門が複数あり、遠くに城が見えていた。グラウンの城とは比べ物にならない大きさだ。


 城門をくぐると、王都の中は別世界だった。道が広くて石畳がきれいに整備されている。建物が高い。人が多い。いろんな匂いがする。


 アオイは人の多さに少し圧倒された。グラウンとは桁が違う。


 シャナは「金の月亭」という宿にいるらしいので、すぐに向かった。


 シャナは宿で待っていたが、顔色が悪い。目の下に隈がある。


「アオイさん…来てくれてありがとう」


「大変そうですね」


「大変です」と言ってシャナは苦笑した。


「光の制御が難しくなってきていて、思った通りに動かなくて。細かい波長の調整ができなくなってきています」


「部屋で話しましょう」


 シャナの部屋で、アオイは手首に触れて腐敗魔法で確認した。


「何かが詰まっています」アオイはすぐ異変に気づいた。


「詰まっている?」


「魔力の流れが滞っている感じがします。川が途中で詰まって、水が淀んでいるような。何か最近変わったことはありますか」


「二ヶ月前に王都に来てから、旅をしていないです。旅をしているときは光魔法をよく使っていましたが、王都にいると使う機会が少なくて」


「使わないと詰まるのかもしれないですね」


「使えば解消しますか」


「たぶん。ただ詰まった状態で無理に使うとよくないかもしれないので、詰まりを解消してから使う方がいいと思います」


「腐敗魔法で解消できますか…」


「やってみます」


 アオイは腐敗魔法で詰まりに触れた。固まった魔力のようなものが感じ取れる。少しずつ、丁寧に分解していく。


 十分ほどかけて、詰まりが半分ほど解消された。


「どうですか」とアオイは聞いた。


 シャナが手を上げて、光を出した。細かく、柔らかい光だ。


「少し戻ってきた気がします。もう少し続けてもらえますか」とシャナは言った。


「続けます。ただ一度に全部やると体に負担がかかるかもしれないので、今日はここまでにして明日また続けましょう」


「わかりました」シャナはほっとした顔をした。


「ありがとうございます。王都の魔法師に診てもらっても原因すらわからなかったのに」


「腐敗魔法は魔法の流れを感じ取るのが得意なので」



 翌日、アオイはシャナの案内で王都を歩いた。


 王都の市場、広場、グラウンとは全然違う賑やかさだ。


 市場を歩いていると、アオイは一人の男が道端にしゃがみ込んでいるのに気づいた。


 五十代くらいで、荷物を持っている。右足をかばうようにしゃがんでいて、顔を歪めていた。


「あの人、足が痛そうです」とアオイは言った。


「本当ですね。どうしますか」とシャナは言った。


「少し診てみます」


 アオイは男に近づいた。


「大丈夫ですか」


「ああ、すみません。古傷が突然痛み出して。少し休めば歩けるようになるので」と男は言った。


「見せてもらえますか。魔法で確認できます」


 男は少し躊躇したが、足首を見せた。アオイが触れて、腐敗魔法で確認する。


 古傷の周辺にガーディアンの鱗由来の菌が残っていた。長年体の中にいて、気温が下がると炎症を起こす状態になっている。


「ガーディアンの鱗で切られた傷ですか」とアオイは聞いた。


「よくわかりますね。二十年前の傷です。毎年冬になると痛むんです」と男は言った。


「菌が残っていますので、取り除きますね」


 アオイは腐敗魔法で菌を分解した。五分ほどかけて丁寧にやった。


「どうですか?」


 男が足を動かした。


「痛みが消えた」と男は言って、目を丸くしている。


「本当に消えた。二十年ぶりだ」


「菌がなくなれば炎症も起きないので、今後は冬でも痛まないはずです」


「ありがとうございます。治癒魔法でも治らなかったんですが、何の魔法ですか」


 アオイは少し間を置いた。ゴルドから人前で魔法を使うなと言われていたが、使ってしまったものは仕方ないので、正直に言うことにした。


「腐敗魔法です…」


 男の顔色が変わった。


 そして周りにいた人間の顔色も変わった。


 いつの間にか、何人かが足を止めて見ていた。


「忌み魔法か」と誰かが言った。


「忌み魔法の使い手が王都で魔法を使っているぞ」と別の誰かが言った。


「アオイさん」とシャナが小声で言った。「まずいです」


「まずいですか」


「かなりまずいです」



 あっという間に保安組織の者が来た。


 青い外套を着た男が三人、アオイの前に立った。


「忌み魔法を使った者か」と一人が言った。


「腐敗魔法を使いました。ただ忌み魔法ではなくて…」


「王都では腐敗魔法は忌み魔法に指定されている。使用した場合は身柄を拘束する」


「…拘束ですか」


「そうだ。来てもらう」


 シャナが前に出た。


「この人は人を助けていただけです」


「あなたは関係ない。どきなさい」


「関係あります。私が呼んだ人です」


「それでも王都の規則を破ったことに変わりはない」


「大丈夫です」と言ってアオイはシャナの腕に触れた。


「来てもらう」


 アオイは素直についていくことにした。


「シャナさん、宿で待っていてください。なんとかなります」


「なんとかなる根拠はあるんですか!」


「わかりませんが、なんとかなると思います」



 アオイは保安組織の詰所に連れて行かれ、小さな部屋に入れられた。鍵はかかっているが、窓から光が入る。


 アオイは部屋の中を見渡した。椅子が一つ、机が一つ。


「閉じ込められた」と呟いた。


 腐敗魔法で部屋の中を確認した。菌の種類が少ない。掃除が行き届いている。壁の隅に少し湿気がある。


「悪い環境ではないです…」

 

 誰もいないので返事はなかった。


 ノートを取り出して、今日の出来事を書き留めた。王都の規則、腐敗魔法の使用禁止、拘束の経緯。書き終えて、壁の湿気の原因を考えた。外側の排水がうまくいっていないのかもしれない。


 しばらくすると扉が開いて、保安組織の上役らしき男が入ってきた。


「グラウンから来たのか」


「そうです」


「何の目的で王都に来た」


「知人の治療を頼まれて来ました」


「知人とは」


「光魔法の使い手です。光の制御が難しくなっていると聞いて」


「それで街中で腐敗魔法を使ったか」


「たまたま足が痛そうな人がいたので」


「たまたま」上役は眉を上げた。


「王都で腐敗魔法を使うのは禁じられている。知らなかったか」


「…知りませんでした。グラウンでは問題なく使っていたので」


「ここはグラウンではない」


「そうですね」アオイは素直に言った。


「すみませんでした。知っていれば使いませんでした」


「知らなかったから許すという話にはならない」上役はアオイをしばらく見た。


「今夜はここにいてもらう。明日、上の者と話して処遇を決める」


「わかりました」


「何か必要なものはあるか」


「お茶があればいただけますか」


 上役は少し面食らった顔をして、出て行った。


 しばらくしてお茶が来た。


「ありがとうございます」と言ってアオイはお茶を受け取った。



 一方、シャナは宿に戻って途方に暮れていた。


 宿の主人のオスカルは五十代の温厚な男で、シャナが困った顔をしているのに気づいた。


「どうかしましたか」とオスカルは言った。


「一緒に来た友人が、保安組織に連れて行かれて」


「それは大変だ。何をしたんですか」


「腐敗魔法で人を助けただけなんですが、王都では使用を禁じられているようで」


 オスカルの顔が少し変わった。


「腐敗魔法…ですか」


「そうです。でも本当にいい人で、人を助けるために使っていて」


「もしかしてグラウンで還り家というお店をしている方ですか」


「そうです。知っているんですか」


「行商人のダリオさんから話を聞いた事があります。腐敗魔法で薬を作る珍しい方がいると」


 オスカルは眉を寄せた。


「その方が拘束されたとすると、マリエル様に伝えた方がいいかもしれないですね」


「マリエル様というのは…」


「王都の貴族の方で、うちの宿の昔からのお得意様です。腐敗魔法に理解のある方と聞いていて」


 オスカルは少し迷った顔をした。


「ただ今日伝えても、動いていただけるのは早くて明日以降になります」


「今夜は待つしかないですね」


「そうですね。お力になれなくて申し訳ない」とオスカルは言った。


「私からマリエル様に手紙を書きますので、シャナさんはゆっくり休んでください」


「ありがとうございます……よろしくお願いします」


 シャナは部屋に戻った。


 窓の外に王都の夜景が見える。光が多くて、グラウンとは全然違う。


「アオイさん、大丈夫かな…」と呟いた。



 翌朝、オスカルからマリエルへの手紙が届いた。


 マリエルはすぐに動いた。ただし詰所に向かう前に、上役に話を通すための手順を踏んだ。貴族として正式な手続きを経て、昼過ぎに詰所に現れた。


 アオイがいる部屋の扉が開いて、初めて見る人物が入ってきた。


 四十代の女性だった。上質な服を着ていて、背筋が真っ直ぐだ。髪を上品にまとめていて、目が穏やかだが芯がある。


 上役が後ろに控えている。


「還り家のアオイさんですね」と女性は言った。声が落ち着いていて、丁寧だ。


「そうです」


「私はマリエル・セランといいます。王都で屋敷を構えております」


 女性は椅子を引いて座った。


「金の月亭のオスカルから話を聞いて参りました。腐敗魔法の使い手がグラウンから来ていると」


「王都で腐敗魔法の使用が禁じられているとは知らなくて…」


「そうでしたか」マリエルは静かに言った。


「それは不運でしたね」マリエルは上役を振り返った。


「この方はグラウンで薬屋をされている方です。悪意があって腐敗魔法を使ったわけではないと理解しています。私が身元を保証いたします」


「マリエル様が保証されるなら」上役は頷いた。


「ただし王都での腐敗魔法の使用は控えていただきます」


「わかりました」とアオイは言った。


 詰所を出ると、シャナが外で待っていた。


「よかった」とシャナは言った。


「一晩、心配しました」


「心配をかけてすみませんでした」


「大丈夫でしたか」


「大丈夫でした。色々と考えることがあって…部屋の壁に湿気が多い原因を考えていました」


「…もっと他に考えることがあったんじゃないですか」


 マリエルが二人のやり取りを見て、小さく笑った。


「よろしければ、屋敷でお話しできますか。腐敗魔法について聞きたいことがあります」


「もちろんです」とアオイは言った。


「私も行っていいですか」とシャナは言った。


「どうぞ」とマリエルは言った。


「光魔法の使い手の方にもお会いしたかったです」


 マリエルの屋敷は王都の中心部に近い場所にあり、手入れが行き届いた庭に薬草が植えられていた。


「薬草を育てているんですね」とアオイは言った。


「昔からの習慣です。祖母が育てていたものを受け継いで」とマリエルは言った。


 応接室に通され、お茶が出てきた。薬草の入ったお茶で、ベアのお茶に少し似た匂いがした。


「腐敗魔法について聞きたいとおっしゃっていましたが…」とアオイは言った。


「はい」マリエルは少し間を置いた。


「実は私の祖母が腐敗魔法の使い手でした」


 アオイは少し驚いた。


「お祖母様が」


「そうです。私が子供の頃、祖母は腐敗魔法を持て余していました。忌み魔法と言われて、使うことを周りに反対されていた。農業に使いたいと言っていたのに」


 マリエルはお茶を一口飲んだ。


「祖母は腐敗魔法をほとんど使えないまま亡くなりました」


「それは辛かったですね…」


「辛かったと思います」マリエルは静かに言った。


「だから昨夜、オスカルから腐敗魔法の使い手が投獄されたと聞いて、放っておけなくて…」


「ありがとうございます」


「いいえ」マリエルは首を振った。


「グラウンでは腐敗魔法で人を助けていらっしゃると聞きました。祖母が聞いたら喜んだでしょう」


 マリエルは少し目を細めた。


「腐敗魔法が誰かの役に立っているということを」


 しばらく話して、マリエルがためらいがちに言った。


「実は一つ、困っていることがあって」


「なんですか」


「屋敷の井戸水なんですが、最近味が変わってきていて。飲むとお腹の調子が悪くなる者が出ています。原因がわからなくて」


「見せてもらえますか」


「よろしいのですか」


「腐敗魔法で確認できます」


「ありがとうございます」

 

 マリエルは立ち上がった。


「こちらへどうぞ」


 庭の井戸に案内された。

 アオイは井戸を覗いて、水の中の菌の気配を腐敗魔法で確認した。


「有害な菌が入り込んでいますね」とアオイは言った。


「菌が原因でしたか」


「はい。ただ井戸の水自体に問題があるというより、どこかから菌が入り込んでいます」


 アオイは井戸の周囲を歩きながら、腐敗魔法で地面を探った。


「この方向に何かありますか」


 アオイが指さした方向を、マリエルが見た。


「屋敷の北側ですね。そちらに古い排水路があります」


「排水路が詰まっていませんか」


「詰まっている?」マリエルは使用人を呼んだ。


「確認してもらえますか」


 使用人が確認しに行って、しばらくして戻ってきた。


「詰まっておりました。落ち葉や泥が溜まっていて」


「排水路が詰まると、汚水が地下に染み込んで井戸に入ることがあります」とアオイは言った。


「排水路を清掃して、井戸の中の菌を除去すれば解決すると思います」


「井戸の中の菌を除去できますか」


「やってみます」


 アオイは井戸に手を伸ばして、腐敗魔法で水の中の有害な菌を分解した。十分ほどかけて丁寧にやった。


「終わりました。排水路を清掃してもらえれば、また菌が入ることはなくなります」


「早速手配します」マリエルは井戸を見た。


「こんなに早く解決するとは思いませんでした。王都の専門家に相談しても、原因がわからないと言われていたので」


「排水路との関係は、腐敗魔法で地下の菌の流れを追わないとわかりにくいです」


「なるほど」マリエルは静かに言った。


「祖母が腐敗魔法を使えていたら、こういうことができたんですね」


「できたと思います」


「そうですか」マリエルは少し間を置いた。


「ありがとうございます。本当に助かりました」


「こちらこそ、助けていただいてありがとうございました」


「お互い様ですね」マリエルは柔らかく笑った。


 屋敷を出ると、夕方になっていた。


 シャナが隣を歩きながら言った。


「マリエル様、素敵な方でしたね」


「そうですね」


「腐敗魔法への理解がある方がいてよかったです」



 宿に戻って、アオイはシャナの治療を続けた。


 昨日より詰まりがさらに解消されている。


「どうですか」


「だいぶ楽になってきました」シャナは手を上げた。光が柔らかく、細かく動いた。


「昨日より制御しやすい」


「あと一回か二回で解消できると思います」


「よかった」シャナはほっとした顔をした。


 窓の外に王都の夜景が見える。光が多くて賑やかだった。


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