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忌み魔法と呼ばれても気にしない魔法使いの、辺境ぐらし  作者: メイコノノ


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第三十一話「腐敗魔法の歴史」

 ある日の午後、アーゴが還り家を訪ねてきた。

 

 城での療養が終わって、グラウンに部屋を借りたらしい。王都に戻るつもりはないと言っていた。


「約束通り、薬草の知識を話しに来た」とアーゴは言った。


「楽しみにしていました」とアオイはお茶を淹れながら言った。


「座ってください」


 アーゴは椅子に座った。杖をついているが、顔色も良く、体の回復が進んでいる。


「どんな薬草の話を聞きたい」


「なんでも」


「なんでもか」アーゴは少し笑った。


「では順番に話そう。ただその前に」


「なんですか」


「一つ聞いてもいいか」


「どうぞ」


「腐敗魔法が忌み魔法と呼ばれていることを、お前はどう思っている」


 アオイは少し考えた。


「理不尽だとは思います。でも気にしても仕方ないので、あまり考えないようにしています」


「そうか」アーゴはお茶を一口飲んだ。


「理由を知っているか」


「知らないです。名前が怖いから、というくらいしか」


「もう少し詳しい理由がある」アーゴは窓の外を見た。


「私は若い頃、古い文書を研究していた」


「歴史家だったんですか」


「そうだ」


「聞かせてください」


「約二百年前の話だ」とアーゴは言った。


「当時、王都の近くにある街に、腐敗魔法の使い手がいた。名前はオルヴァという女性だった」


「女性だったんですね」


「そうだ。農家の出身で、腐敗魔法の才能があった。最初は農業に使っていたらしい。土壌菌の管理や、発酵食品の製造に」


「今の私と似ていますね」


「ああ。似ているな」アーゴは頷いた。


「だがオルヴァが生きた時代は、今より農民の暮らしが厳しかった。当時の領主が重税を課して、農民が飢えていた。オルヴァはそれに怒った」


「それで何をしたんですか」


「領主の城に乗り込んだ」


 アオイは手を止めた。


「一人でですか」


「一人でだ」


「腐敗魔法で城の食料庫にあった食料を腐らせ、領主側の武器を錆びさせた。一人で城を機能不全にした」


「それはすごい」


「すごいが、無謀だった」アーゴは静かに言った。


「最終的にオルヴァは捕まった。腐敗魔法だけでは人を直接攻撃するのに限界があったからな」


「そうですね。腐敗魔法は有機物と魔法的な構造物には効きますが、直接人を攻撃するのには向いていません」


「捕まったオルヴァがどうなったかは、文書に残っていない。ただその後、当時の権力者たちが腐敗魔法を忌み魔法として定めた記録が残っている」


「意図的に広めたんですね」


「そうだ。腐敗魔法を使われると困る、と思ったのだろう。武器を腐食させられ、食料を腐らせられたら、権力者は太刀打ちできない」


 アーゴは目を細めた。


「だから忌み魔法として民衆を恐れさせた。腐敗魔法の使い手が現れたら、民衆自身が排除するように仕向けた」


 アオイはしばらく黙った。


「…オルヴァという人は、悪い人だったんですか」


「文書には悪人として書かれている。だが私が読んだ限りでは、農民を守ろうとしただけだったと思う」


 アーゴは言った。


「正しい方法だったかどうかは別として」


「正しくはなかったかもしれないですね」とアオイは言った。


「でも理由はわかります」


「わかるか…」


「腐敗魔法で誰かを助けようとした、という点では」

 

 アーゴはアオイを見た。


「お前も同じだ」


「私は武器を腐食させたりしないですが…」


「腐敗魔法で人を助けようとしている点では同じだ。オルヴァが二百年前にやろうとしたことを、お前は別の形でやっている」


 しばらく沈黙が続いた。


「遺跡の浄化魔法陣も、その頃に作られたんですか」とアオイは聞いた。


「腐敗魔法を封じるために設置されたものが多い。お前が止めた魔法陣も恐らくその一つだろう」


 アーゴは頷いた。


「最近まで動いていたということは、当時の魔法師の腕がよかったということだ」


「腕はよかったかもしれないですが、設定が雑でした」


「…そうか」アーゴは少し笑った。


「有益な菌まで全部消していました」


「当時の魔法師には区別がつかなかったのだろう」


「残念ですね」


 そこに扉が開いた。


 ベアだった。杖をついて入ってきて、アーゴを見た。


「ベアさんはオルヴァの話を知っていましたか」とアオイは聞いた。


「知っている」ベアは椅子を引いて座った。


「私が若い頃、師匠から聞いた。薬草師の間では語り継がれている話だ」


 ベアはお茶を受け取った。


「オルヴァは農民を助けるために腐敗魔法を使ったが、薬草師の間では別の話も残っている」


「別の話?」


「オルヴァは城に乗り込む前、農村で薬を作っていた。腐敗魔法で薬草を発酵させて、効き目の強い薬を作っていたと」


 アオイは少し驚いた。


「私と同じことをしていたんですね」


「そうだ」ベアは静かに言った。


「お前がグラウンでやっていることは、二百年前にオルヴァがやろうとしたことの続きかもしれない」

 

 アオイはしばらく考えた。


「続き…ですか」


「腐敗魔法で人を助ける、ということの続きだ。オルヴァは途中で別の道を選んだ」


「一つ聞いてもいいですか」とアオイはベアに言った。


「なんだ」


「ベアさんは最初から私を受け入れてくれましたね。腐敗魔法と聞いても怖がらなかった」


「そうだな」


「オルヴァの話を知っていたからですか」


 ベアはしばらく黙った。


「そうだ。腐敗魔法が怖がられる理由を知っていたから、怖がらなかった」


 ベアはアオイを見た。


「もう一つ…最初に来たとき、お前は私の腕の傷を見て、処置できると言った。損得を考えずに、ただ処置できると言っただろう」


 アオイは少し考えた。


「損得は考えていなかったですね。確かに」


「そういうところだ」とアーゴも言った。


「私を水晶から解放したときも、カルロスの体を処置したときも…」


「処置が必要だったので」


「それがお前らしい」アーゴは笑った。


 しばらく三人で話した。



 夕方になって、アーゴが立ち上がった。


「今日はこのくらいにしよう。また来る」


「ありがとうございました」とアオイは言った。


「ただ一つだけ言っておく」


「なんですか」


「腐敗魔法が忌み魔法という認識は、王都やその周辺では特に根強い」


 アーゴは真剣な顔をした。


「グラウンでは受け入れられているが、外に出るときは気をつけろ」


「気をつけます」


「本当に危ない目に遭うことがあるかもしれないからな」


「覚えておきます」


「また来る」


 アーゴが帰った後、ベアも立ち上がった。


「私も帰る」


「ベアさん」


「なんだ」


「オルヴァという人、幸せだったと思いますか」


 ベアはしばらく黙った。


「わからん」とベアは言った。


「ただ自分の魔法を信じていたとは思う」


「そうですね」


「お前はどうだ」


「私は幸せです」とアオイは言った。



 夜、アオイは一人で、オルヴァの事を考えた。


 腐敗魔法で人を助けようとした。方法は違ったかもしれないが、理由は理解できる。

 

 自分は今、還り家で薬を作って、発酵の手助けをして、土壌改良をしている。


 大げさなことをしたつもりはない。ただ腐敗魔法でできることをやっただけだ。


 でもそれがオルヴァのやろうとしたことの続きだとベアは言った。


「続き…か」と呟いた。


 アオイは自分ができることを、これからもやっていくつもりだ。


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