第三十話「リコの魔法」
リコが還り家の椅子に座って、アオイを見た。
「どうやって調べるんですか」
「まず手を出してください」
リコが両手を差し出した。アオイが手首に触れて、腐敗魔法で確認する。魔法の気配をもう一度丁寧に探る。腐敗魔法とは違う。発酵とも違う。何か生き物に近い感触がある。
「植物系の魔法かもしれません」
「植物系?」
「植物の気配がします」
「植物を操れるってこと?」
「操るというより、植物と繋がれる感じかもしれません。まだわからないですが」
リコは自分の手を見た。
「どうすれば使えるようになりますか」
「試してみるしかないです」アオイは窓の外を見た。
「外に出ましょう」
還り家の裏に小さな庭がある。
アオイが薬草を育てているスペースで、いくつかの植物が並んでいる。
「この植物に触れてみてください」とアオイは言った。
「触れるだけですか」
「触れながら、植物のことを考えてみてください。根がどこまで伸びているか、水がどのくらい必要か、そういうことを」
「難しそうですね」
「難しくないと思います。才能があれば自然にわかるはずなので」
リコはしゃがんで、薬草の茎にそっと触れた。目を閉じた。
しばらく何も起きなかった。
アオイは腐敗魔法でリコの様子を確認した。魔法的な気配が少しずつ動いている。
「何か感じますか」
「なんか……根っこがどこまで伸びてるかわかる気がする」とリコは目を閉じたまま言った。
「あと水が足りてない感じがする」
「そうですね。昨日水やりをしていないので」
「本当に?」リコが目を開けた。
「わかった、今」
「才能がありますね」
「すごい!これが魔法?」リコは立ち上がった。
「たぶんそうです」
「植物系の魔法って珍しいですか」
アオイは少し考えた。
「わからないです。ベアさんに聞いてみましょう」
ベアの薬草屋に行くと、ベアはリコを見て少し目を細めた。
「植物魔法か」とベアは言った。話を聞いただけで即座に言った。
「知っていますか」とアオイは聞いた。
「珍しくはない。農家の家系に出やすい魔法だ」
ベアはリコを見た。
「お前の家は農家か」
「そうです」とリコは言った。
「植物魔法は植物の状態を感じ取って、成長を助ける魔法だ。水や養分が足りているか、病気になっていないか、そういうことがわかる」
「攻撃とかには使えないんですか」とリコが聞いた。
「向いていない」
ベアは薬草を一束手に取った。
「農業と薬草の栽培には非常に役立つ。才能がある農家は収穫量が格段に違う」
「じゃあ農業に使えばいいですね」とリコは言った。
「そうなる」
「なんか地味ですね」
「地味でいい」とベアは即答した。
「派手な魔法は目立って面倒が多い。地味な魔法で毎日の生活が豊かになる方がずっといい」
リコはしばらく考えた。
「腐敗魔法も地味ですか」とリコはアオイを見た。
「地味だと思います」とアオイは言った。
「でも役立ってますよね」
「そうですね」
「じゃあ植物魔法も役立てます」リコは頷いた。
「お父さんの畑で使います」
「ただし一人で無理をするな。わからないことはアオイに聞け」とベアは言った。
「植物魔法は専門外ですが、土壌菌との関係なら答えられます」
「土壌菌と植物魔法って関係あるんですか」
「あります。植物の根と土壌菌は共生しているので、植物魔法で根の状態がわかるなら、腐敗魔法で土壌菌の状態と合わせて確認できます」
「二人で一緒にやればいいってこと?」
「そうなります」
リコは嬉しそうな顔をした。
「じゃあ一緒にやりましょう」
ベアの薬草屋を出て、リコの家の畑に向かった。
そこは野菜くずを分けてくれた農家、ガルの畑だった。リコはガルの元へ走っていった。
「お父さん、魔法の才能があったって」
「何?」とガルは手を止めた。
「植物魔法の才能があります」とアオイは言った。
ガルはリコを見た。それからアオイを見た。
「本当か」
「本当です。今日試してみました」
「植物魔法か」ガルは少し遠い目をした。
「俺の祖父が植物魔法の使い手だったと聞いたことがある」
「隔世遺伝かもしれないですね」
「隔世遺伝というのは」
「才能が世代を飛び越えて出ることです。よくあります」
「そうか」ガルはリコを見た。
「使えるのか、もう」
「少し使えた」とリコは言った。
「お父さんの畑、確認してみていい?」
「好きにしろ」
リコは畑に入り、しゃがんで土に触れた。目を閉じる。
しばらくして言った。
「この辺の麦、根が浅い。もう少し深く根を張れるはずなのに」
「なんでだ」とガルが聞いた。
「土が固い気がする」
アオイが近づいて、腐敗魔法で確認した。
「土壌菌が少ないです。この区画だけ菌の密度が低い。だから土が固くなっている。リコさんが植物の状態を感じ取って、私が土壌菌の状態を確認する。原因と結果が両方わかります」
「すごい」とリコは目を輝かせた。
ガルはしばらく二人を見ていた。
「……世話になるな」とガルはアオイに言った。
「リコさんの才能があれば、この畑はもっとよくなります」
「そうか」ガルは畑を見渡した。
「じいさんが植物魔法の使い手だったと聞いたとき、羨ましかった。俺には才能がなかったからな…」
ガルは少し間を置いた。
「息子に出たか」
「そうですね」
「じいさんが喜ぶな…よかったら飯でも食っていくか」
「いただきます」とアオイは即答した。
「よし」ガルは立ち上がった。
ガルの家で夕食をごちそうになった。
リコの母、ナナが作った料理で、野菜の煮込みとパンだ。素朴だが美味しかった。
「リコが魔法使いになるとは思わなかった」とナナは言った。
「植物魔法だよ、お母さん」とリコは言った。
「派手じゃないけど、畑の役に立てるって」
「派手じゃなくていいのよ」とナナは言った。
「役に立つ魔法がいい。ちゃんと使いこなせるように練習しなさいよ」
「する」とリコは言った。
「アオイさんに教えてもらいながら」
「私は植物魔法の専門家ではないですが…」
「でも一緒にやれるって言ったじゃないですか」
「…そうですね。言いました」
ガルが果実酒を出してきた。ゴルドの醸造所のものではなく、自家製の簡単なものだ。
「アオイさん、飲むか」
「ありがとうございます。いただきます」
「どうだ」
一口飲んだ。素朴な味だが、発酵はちゃんとできている。
「美味しいです。発酵がうまくいっています」
「そうか」ガルは少し嬉しそうな顔をした。
「毎年作っているが、褒められたのは初めてだ」
「本当に美味しいです。ゴルドさんに発酵の相談をすると、もっとよくなるかもしれません」
「ゴルドじいさんか」ガルは少し考えた。
「今度聞いてみるか」
「きっと喜んで教えてくれます」
「あのじじい、口は悪いが親切だからな」
「そうですね」
帰り道、夜になっていた。
リコが途中まで送ってくれた。
「アオイさん」とリコは言った。
「なんですか」
「腐敗魔法って、最初から好きでしたか?」
アオイは少し考えた。
「最初から好きでした」
「怖くなかったですか。忌み魔法って言われているのに」
「怖くなかったです。自分の専門と一致していたので、怖いより嬉しかったです」
「いいですね」リコは自分の手を見た。
「植物魔法も好きになれるかな」
「なれると思います。リコさんは植物が好きですか」
「好きです。お父さんの畑で作物が育つのを見るのが好きで…」
「では向いています」とアオイは言った。
「好きなものに関わる魔法は使いやすいです」
「そうなんですか?」
「腐敗魔法も、発酵が好きだから使いやすいです。好きだから細かいことまで気になって、気になるから精度が上がります」
「じゃあ植物魔法も、植物が好きなら精度が上がりますね」
「上がります。時間はかかりますが」
リコは頷いた。
「ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」
「こちらこそ。来週もお願いします」
リコは笑って走っていった。
腐敗魔法と植物魔法を合わせると、農業の課題をかなり詳しく診断できる。リコが成長すれば、グラウンの農業が変わるかもしれない。面白いことになりそうだとアオイは思った。




