第二十七話「ライナスが風邪をひいた」
月に一度の薬の納品の日、アオイが城に向かうと、門番の顔色が少し暗かった。
「どうかしましたか」とアオイは聞いた。
「実はライナス様が昨日から体調を崩されていて」と門番は言った。
「でも仕事は続けるとおっしゃっていて、セドル様が困っています」
「そうですか」
アオイはいつもの応接室に通された。セドルが出てきたが、いつもより疲れているように見える。
「ライナス様が体調を崩されていると聞いたのですが、いかがですか」
「昨日から熱があります。今日も執務をすると言って聞きません」と言ってセドルは額に手を当てた。
「止めても無駄で...」
「診てもいいですか」
「お願いします。私では止められないので、アオイさんに言ってもらった方がいいかもしれません」
「私が言っても聞くかどうかわかりませんが」
「聞かなくても、薬くらいは飲んでもらえるかもしれないので」
アオイはライナスのいる執務室を訪ねた。
書類を広げて仕事をしているが、顔色が悪く、普段より少し覇気がない。それでも背筋は真っ直ぐで、姿勢は崩れていない。
「今日は薬の納品だったか」
ライナスは顔を上げた。声が少しかすれている。
「具合が悪そうですね」
「問題ない」
「問題あります。顔色が悪いですよ」
「仕事がある」
「仕事は逃げません」
「お前に言われたくない」
アオイはライナスの前に立った。
「手を出してください」
「何をする」
「診ます」
ライナスは少し間を置いて、手を差し出した。アオイが手首に触れて、腐敗魔法で確認する。
「熱が出ているのは細菌への免疫反応ですね。喉が痛くないですか」
「少し」
「喉の粘膜に細菌が入り込んでいますので、処置します。あとで薬を飲んでください」
「薬は飲む」
「今日は休めないんですか」
「それはできない」
「仕事はどのくらいの量がありますか」
ライナスが少し間を置いた。
「……三時間ほどで終わる」
「では三時間で終わらせて、その後は休むと約束をしてください」
ライナスはアオイを見た。
「……わかった」
「本当ですか」
「ああ。約束する」
「では喉の処置をします。少しは楽になるはずです」
アオイは腐敗魔法で喉の細菌を分解した。ライナスが軽く咳をした。
「どうですか」
「……楽になった。喉の痛みが引いた」
ライナスは少し驚いた顔をした。
「細菌を取り除きました。ただ完全に治ったわけじゃないので、無理は禁物です」
「わかっている」
アオイは持ってきた薬の中から、喉と熱に効くものを選んだ。
「これを今日の夜と明日の朝に飲んでください。苦いですが」
「苦いのか」
「苦いですが、効きます」
「苦さと効き目は関係があるのか」
「有効成分が苦味を持っているものが多いので、結果的に相関することがあります」とアオイは言った。
「発酵させると苦味が和らぐこともあります。今度試してみましょうか」
「薬の改良をするのか」
「興味があって」
ライナスは少し口元を動かした。
「相変わらずだな」
「何がですか」
「いつでも何かに興味を持っている」
「それは褒めていますか」
「どちらでもない。ただそう思っただけだ」
薬を渡して帰ろうとすると、ライナスが言った。
「少し待て」
「なんですか」
「お前に聞きたいことがあった」
アオイは立ち止まった。
「なんでしょう」
「グラウンは気に入っているか」
「気に入っています」
「不満はないか」
「特にないです」
アオイは少し考えた。
「強いて言えば、実験用の道具が揃っていないことくらいです」
「道具か。何が必要だ」
「ガラスの瓶がもっとあると助かります」
「城の備品に余りがあるかもしれない。セドルに確認させる」
「いいんですか」
「領地の住民への支援だ。問題ない」
ライナスは書類に目を戻した。
「他には」
「他は特に」
アオイは少し間を置いた。
「ライナス様はグラウンが好きですか」
ライナスが少し顔を上げた。
「なぜそれを聞く」
「街のことをよく把握しているので。住民のことも、畑のことも、商人のことも。好きじゃないとそこまで把握できないかと思って」
ライナスはしばらく黙った。
「……そうだな」と静かに言った。
「華やかではないが、ここの人間は真面目に生きている」
「そうですね」とアオイは言った。
「お前がここに来て、街が変わった」とライナスは言った。
「そうですか」
「人の流れが変わった。何より住民の顔色がいい」
ライナスは書類を見たまま言った。
「来てくれてよかったと思っている」
アオイは少し驚いた。
面と向かってそういうことを言うのは初めてだった。熱のせいかもしれない。
「……ありがとうございます」
「帰っていいぞ」
「はい。あと」
「なんだ」
「三時間で仕事を終わらせてください。約束です」
ライナスが少し表情を変えた。
「わかっている」
「本当に三時間ですよ」
「しつこいぞ」
「大事なことなので」
ライナスはため息をついた。
「セドルに確認させて、三時間で終わるように段取りする」
「ありがとうございます」
「早く帰れ」
「帰ります。お大事に」
城を出て、坂道を下りながら、アオイは少し考えた。
来てくれてよかった、とライナスは言った。そう言ってもらえることは素直に嬉しいと思う。
ライナスは三時間で仕事を終わらせてくれるだろう。あの人は約束を守る人だから。




