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忌み魔法と呼ばれても気にしない魔法使いの、辺境ぐらし  作者: メイコノノ


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第二十六話「クルトとフェンの妙な依頼」

 還り家が通常営業に戻って一週間ほど経った頃、クルトとフェンが来た。


 午前中、アオイが薬草液の仕込みをしていると、扉が開いた。


「依頼がある」とクルトが言った。


「どんな依頼ですか」とアオイは手を止めずに聞いた。


「少し変な依頼だ」


「変な依頼というのは…」


「俺たちも困惑している」とフェンが言った。


 アオイは手を止めた。


「座ってください。お茶を出します」


 依頼の内容はこうだった。


 グラウンから北に半日ほど行ったところに、小さな村がある。その村で一ヶ月ほど前から、夜になると変な臭いがするという。村人が眠れないほどの強烈な臭いで、原因がわからないという。


「臭いの原因を探す依頼ですか」とアオイは言った。


「そうだ」とクルトは言った。


「ギルドに相談が来たが、通常の冒険者では対応できない。腐敗魔法なら原因がわかるかもしれないと思って」


「どんな臭いですか」


「村人の話では、腐った卵のような臭いだと」


 アオイは少し考えた。


「硫化水素かもしれません」


「硫化水素ってなんだ?」


「腐敗の過程で発生するガスです。卵が腐ったような臭いがします。菌が有機物を分解するときに出ることがあります」


「それは危ないのか」とフェンが聞いた。


「濃度によります。低ければ臭いが不快なだけですが、高いと体に悪い」


「村人への影響は」


「一ヶ月間眠れないほどの臭いなら、体への影響が出始めているかもしれませんので、行きます」


「即答だな」とフェンが言った。


「原因が気になるので」


「依頼料の話をしていないぞ」


「あ、そうでした。いくらですか」


「銀貨三枚だ」


「わかりました」



 翌日、三人で村に向かった。


 馬で半日、村が見えてくる前からアオイは気づいた。


「臭いがします」


「もう臭うのか」とフェンが顔をしかめた。


「確かに変な臭いだ」


「硫化水素で間違いないです。ただ濃度はそこまで高くない。昼間はこの程度ですが、夜は濃くなるんですね」


「なんで夜に濃くなるんだ」とクルトが聞いた。


「気温が下がるとガスが地表付近に溜まりやすくなるからだと思います。昼は気温が上がって拡散するので薄くなる」


「詳しいな」


「専門分野に近いので」


 村に着くと、村長が出迎えてくれた。

 五十代の男で、目の下に隈がある。一ヶ月間よく眠れていないのが顔に出ていた。


「来てくれてありがとうございます」と村長は言った。


「本当に困っていて。臭いで眠れないし、家畜も調子が悪くて」


「家畜も影響が出てますか」とアオイは言った。


「牛が三頭、食欲がなくなって。あと畑の作物も一部枯れかけています」


「やはり濃度が高くなっているんですね。原因を調べます」


 アオイは村の中を歩きながら、腐敗魔法で地面を探った。土の中の菌の気配を追う。


「地下に何かあります」


「地下?」とクルトが言った。


「深いところで、大量の有機物が嫌気性発酵をしています。酸素がない状態で菌が有機物を分解すると、硫化水素が発生することがある」


「有機物というのは何だ?」とフェンが聞いた。


「確認してみないとわかりませんが……村長さん、この場所に何か埋めたものはありますか」


 村長が少し考えた。


「一ヶ月前に、村の端の古い井戸を埋めました。使わなくなって、危ないので」


「何で埋めましたか」


「土と、その辺にあった草とか、生ごみとか」


 アオイは目を向けた。


「それです」


「それが原因ですか」


「井戸の中で、嫌気性発酵が起きています。酸素がない密閉された空間で、大量の有機物が発酵して硫化水素が出ている。地下を通って村全体に広がってるんだと思います」


 村長が頭を抱えた。


「まさかそんなことが」


「悪意があったわけじゃないので仕方ないです。解決できます」


「本当ですか」


「はい。ただ少し時間がかかります」


 旧井戸の場所まで案内してもらった。


 村の端に、石で塞がれた場所がある。アオイはその前にしゃがんで、腐敗魔法で地下を探った。


「ひどい状態になってますね」と呟いた。


「ひどいとはどのくらいひどいですか」とフェンが顔をしかめながら聞いた。近づくほど臭いが強くなっている。


「菌がすごく元気です。有機物が豊富なので、ものすごい勢いで発酵しています」


「元気なのはいいことじゃないのか」


「場所と状況次第です。今回は困る元気さです」


「なるほど」


「腐敗魔法で発酵の方向を変えます。硫化水素が出にくい菌のバランスに調整して、ガスの発生を抑えます」


「それができるのか」とクルトが言った。


「菌のバランスを変えるのは得意なので。ただ地下深いところまでやる必要があるから、少し時間がかかります」


「どのくらいかかる」


「二時間くらいかと」


「わかった。俺たちは村長と話してる。何かあれば呼んでくれ」


「はい」


 作業を始めた。


 地下深くまで腐敗魔法を伸ばして、菌のバランスを調整していく。硫化水素を出す菌を抑えて、別の方向で分解を進める菌を増やす。


 地道な作業だった。


 三十分ほど経った頃、村の子供が一人近づいてきた。女の子で、好奇心旺盛な目をしている。


「何してるの」と女の子は聞いた。


「地面の菌を調整しています」


「菌って何?」


「すごく小さな生き物です。目に見えないくらい小さい」


「どこにいるの」


「この土の中にたくさんいます。あと空気中にも、あなたの体の中にも」


 女の子が自分の手を見た。


「体の中にいるの?」


「います。悪い菌じゃなくて、いてくれた方がいい菌が多いです」


「ふーん」女の子はしゃがんでアオイの隣に座った。


「それで、地面の菌を調整するとどうなるの」


「変な臭いがなくなります」


「本当に?」女の子の目が輝いた。


「ずっと臭くて眠れないんだよね。お父さんもお母さんも」


「今日中にはだいぶ良くなると思います」


「ありがとう」女の子は素直に言った。


「腐敗魔法って怖いと思ってたけど、全然怖くないね」


「怖くないです」


「なんで腐敗魔法っていうの。腐るって怖い感じがするのに」


 アオイは手を動かしながら答えた。


「腐ることは悪いことじゃないんです。腐るということは、分解されて、また別の何かになるということで。この地面の中の菌も、有機物を分解して土に還しているんです」


「還すってどういうこと」


「捨てられた野菜くずが、菌に分解されて、土になって、また新しい植物が育つ栄養になる。そういう循環です」


 女の子はしばらく考えた。


「じゃあ腐敗魔法って、循環させる魔法なんだ」


 アオイは手を止めた。


「……うまい表現ですね、それ」


「ほんと?」女の子は嬉しそうに笑った。


「じゃあ怖い魔法じゃなくて、循環魔法って呼べばいいのに」


「そうすれば嫌がる人が減るかもしれませんね」


「絶対そっちがいいよ」


 女の子はそれだけ言って走って行った。



 二時間後、作業が終わった。


 フェンが近づいてきて、鼻をすんすんさせた。


「臭いが薄くなった」


「だいぶ抑えられました。完全にゼロにはなりませんが、眠れないほどではなくなると思います」


「完全にゼロにはならないのか」


「地下の有機物がなくなるまでは少し続きます。ただこの濃度なら問題ない程度です。多分一ヶ月もすれば完全になくなります」


「一ヶ月か」


「有機物の量が多かったので。でも体への影響はもう出ないと思います」


 村長が飛んできた。


「臭いが薄くなった。本当に薄くなった」村長は涙目になっていた。


「一ヶ月ぶりです。今夜は眠れそうだ」


「よかったです。ただ夜はまだ少し臭うかもしれませんが、だんだん薄くなっていきます」


「わかりました。本当にありがとうございます」


 村長が深々と頭を下げた。



 帰り道、フェンが言った。


「今回は菌の採取はしなかったな」


「する機会がなかったので」


「珍しい」


「硫化水素が出ている場所の菌は、採取してもあまり使い道がないです」


「使い道がなければ採取しないのか」とクルトが言った。


「しません。採取は目的があってやっています」


「それは意外だ」とフェンが言った。


「てっきり菌なら何でも採取するかと思っていた」


「さすがにそこまでは」


「どこまでならするんだ」


「珍しい種類か、薬や発酵に使えそうなものか、研究の価値がありそうなものか」


「基準があるんだな」


「あります」


 クルトが前を向いたまま言った。


「今回は助かった。通常の冒険者では対応できない依頼だったからな」


「腐敗魔法が役立てて良かったです」


「ギルドに伝えておく。また変な依頼が来るかもしれないが、いいか」


「変な依頼は歓迎です。面白いことが多いので」


「面白いかどうかは人によって違うと思うが」とフェンが言った。


「そうですか? 今回も原因がわかったときは面白かったですが」


「井戸に生ごみを埋めて嫌気性発酵が起きていたというのが面白いのか」


「原因と結果がきれいに繋がっていたので」


 フェンはクルトを見た。クルトは肩をすくめた。


「……まあ、そういう人だということはわかってきた」とフェンは言った。


「どういう人ですか」


「普通じゃない人だ」


「ありがとうございます」


「褒めてるかどうかは微妙なところだが」


 三人は夕暮れの中をグラウンへ向かって進んだ。


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