第二十三話「地下室」
屋敷への侵入はフェンが担当した。
裏口の鍵をあっという間に開けて、手招きした。
「鍵開けも冒険者の技術ですか。凄いですね」とアオイは感心しながら聞いた。
「依頼によってはな。褒めなくていいから早く入れ」とフェンも小声で答えた。
屋敷の中は薄暗かった。燭台がいくつかあるが、火は落ちていて、月明かりが窓から差し込んでいた。
アオイは腐敗魔法で屋敷の中を探った。
「人が三人いて、全員二階で眠ってます。あと地下に……封じ込められているのが感じとれます」
四人は廊下を慎重に進んだ。アオイは歩きながら壁や床の菌の気配を追った。
廊下の奥に扉があり、フェンが鍵を確認した。
鍵がかかっていたが、フェンが三十秒ほどで開錠した。扉を開けると石の階段が下に続いている。
地下室に降りると、レノが小声で「ここです」と言った。
石の床、石の壁、天井が低く、空気がひんやりしている。フェンがランプを掲げると、壁に取り付けられた燭台が照らされた。奥に台座が並んでいて、その上に水晶が置いてある
「七つある…」とフェンが言った。
「七つ」とレノが息を呑んだ。
「前来たときは一つしか見てなかった」
「暗くて見えなかったんだと思います」とアオイは言った。
アオイは台座に近づき、水晶を一つ手に取って、ランプの光にかざした。
中に人がいた。
小さく縮められた人間の姿が、水晶の中で静止している。老人だった。白い髭、閉じた目。見た感じだと生きているのか死んでいるのかわからないが、腐敗魔法で感じると微かな生命の気配がある。
「生きてます」とアオイは言った。
「本当に人が入ってる」とフェンが水晶を覗き込んで言った。
「解放できるか」
「やってみます」
アオイは水晶を両手で持った。腐敗魔法で封印の構造を探る。レノの記憶の封印より、ずっと複雑だ。層が重なっていて、一つ崩すと次の層が出てくる構造になっている。
「…時間がかかります」
「どのくらいだ」とクルトが聞いた。
「わかりません」
クルトがレノとフェンに目配せした。
「俺とフェンは入口で見張る。レノはアオイさんのそばにいてくれ」
「わかりました」
層が七重になっていて、一層ずつ丁寧にする必要がある。急ぐと反発してくる感触がある。
「慎重にやらないといけないですね」とアオイは呟いた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫です。難しいですが、構造はわかってきました」
「水晶の中の人、苦しそうですか」
アオイは腐敗魔法で確認した。
「苦しいというより……眠ってる感じです。長い間眠り続けている感じ」
レノは水晶をじっと見た。
「…助けましょう」
「はい。絶対に助けます」
アオイは作業を続けた。
三層目を崩したところで、水晶が微かに振動した。
「動いた」とレノが言った。
「封印が緩んできてます」
アオイは集中を切らさないようにしながら言った。
「あと少し…」
四層目、五層目。
水晶の振動が強くなった。
六層目が崩れた瞬間、水晶がぱっと光り、最後の封印が解けて、中の老人が元の大きさに戻った。
レノが受け止めようとしたが重さに負けて二人で床に倒れこんだ。
「痛った…」とレノが言った。
「大丈夫ですか」
「大丈夫です。この人は?」
老人は床に横たわったまま動かない。アオイは老人に手を当てて、腐敗魔法で確認する。
「生きてます。封印されていたので、体が弱っていますが」
「…眠ったままですね」
「長い間眠り続けてたので、すぐには目覚めないかもしれません」
アオイは二つ目の水晶を手に取った。構造がわかっているので、一つ目より解放する時間を短縮できそうだ。
三分で解放した。今度はレノが上手く受け止めた。中から出てきたのは中年の女性だったが、やはり眠ったままだ。
三つ目、四つ目と解放を続けた。
五つ目を解放している途中、入口のクルトが小声で言った。
「急げ。二階で人が動いた」
アオイは素早く残りの水晶を確認した。
「全部解放しますか」
「できるか」とクルトが聞いた。
「構造がわかったので、あと十分以内に全部解放できると思います」
「急いでくれ」とクルトは言った。
「フェン、頼む」
「わかった」フェンが階段の前に立った。
六つ目を解放しているとき、上から足音が聞こえてきた。階段の方でフェンが剣を構えるのが見えた。
「急げ」とフェンが言った。
「急いでます」
「もっと急げ」
「これ以上急ぐと雑になります」
「雑でいい」
「雑にすると封印の反発で水晶が割れるかもしれません」
「割れたらどうなる」
「それはわかりません」
「急がなくていい、丁寧にやれ」とフェンは即座に言った。
「…最初からそう言ってください」
六つ目が終わった。残り一つ。
そのとき階段から声が聞こえた。
「誰だ!!」
老人の声だった。ランプを持った男が階段を降りてきた。六十代、白い髪、痩せた体。
ヴェラン・カルロスだろうとアオイは思った。
「動くな」とクルトが剣を向けた。
カルロスは剣を見て、それから水晶を持っているアオイを見て、顔色が変わった。
「…やめろ!!!」
「やめません」とアオイは言った。
「それは私のものだ。触るな!!」
カルロスは魔法の構えを取った。しかし構えたまま、動かない。
「……くっ」
「どうしました」とアオイは手を止めずに言った。
「黙れ」
カルロスは顔を歪ませた。七人分の縮封術を維持し続けた代償で、魔力はほぼ底をついていた。
「貴様、魔法使いか」
カルロスはアオイを見ながら絞り出すように言った。
「封印を解くだと…そんなどうして…」
クルトがカルロスに近づいた。
「魔法を使えば制圧する。おとなしくしていろ」
カルロスはクルトを見て、アオイを見て、床に横たわる六人を見た。
長い沈黙だった。
それからゆっくりと構えを解いた。壁に手をついてなんとか立っている。魔力だけでなく、体力も限界に近いらしかった。
「……生きているか」とカルロスは静かに聞いた。
「生きています。弱っていますが」
「そうか……」
カルロスは床に座り込んだ。
最後の水晶を解放した。
中から出てきたのは若い男だった。
「七人、全員解放しました」
地下室に七人が横たわっている。全員眠ったままだ。
クルトがカルロスに言った。
「事情を聞かせてもらう」
カルロスは抵抗せずに立ち上がった。
アオイは七人全員の体に手を当てて、腐敗魔法で状態を確認する。弱っているが、命に別状はない。体の回復を少し助けることはできる。
「体の回復を手伝います」とアオイは言った。
七人の体に順番に腐敗魔法をかけ続けた。少しずつ温かくなっていく感触がある。封印から解放されて、体が動き始めている。
「がんばれ」と小声で言った。
フェンは何か言いたそうだったが、黙ってアオイの作業を見つめていた。




