第二十話「封印魔法」
城へ一緒に行くことを伝えると、レノは少し青い顔をした。
「辺境伯様に直接会うんですか」
「そうです」
「冒険者が辺境伯様に会うって、普通じゃないですよね」
「普通かどうかはわからないですが、ライナス様は話を聞いてくれる方なので大丈夫だと思います」
「アオイさんはなんで辺境伯様とそんなに気安いんですか」
「月に一度薬を納めに行くので」
「それだけで気安くなれるものですか」
アオイは少し考えた。
「城壁の苔を採取してもいいって言ってくれるくらい、寛大なお方ですよ」
「なんですかそれ。ちょっとよくわからないですけど…」
レノはしばらくアオイを見た。
「アオイさんと一緒にいると緊張が解ける気がしてきました」
「それはよかったです」
翌日の午前中、アオイとレノは城に向かった。
城門でアオイが名前を言うと、あっさり通してもらえた。
案内された応接室にライナスがいた。今日は側近らしき男が一人同席している。三十代後半、眼鏡をかけた細身の男で、名前はセドルといった。
「来たか。そちらがレノか」とライナスは言った。
「は、はい。レノと申します」
レノは緊張した様子で頭を下げた。
「楽にしていい。話を聞きたいだけだ」
ライナスの声が普段より少し柔らかかった。緊張している相手への配慮だとアオイは思った。
レノが話した内容は、アオイがライナスに伝えたものとほぼ同じだった。
ただ今日は断片的な記憶の話も加わった。
「地下室に降りたとき、石の台座に何か置いてあったんです。光る石か、宝石か……でもそれを見た瞬間から記憶が曖昧で」
「光る石か」とライナスが言った。セドルがメモを取っている。
「はい。あと声が聞こえた気がして。誰かが魔法を使う声というか」
「何を言っていたかわかるか」
「わからないです。古い言葉な気がして」
ライナスはセドルと目配せした。何か心当たりがあるらしい。
「アオイ」とライナスが言った。
「はい」
「腐敗魔法で、魔法の痕跡を感じ取れると言っていたな」
「感じ取れます。ただ詳しくはわからないです」
「レノの体に残っている痕跡、今も残っているか」
アオイはレノの手首に触れた。腐敗魔法で確認する。
「残ってます。毒草の成分はほぼなくなりましたが、魔法の痕跡はまだありますね」
「どんな感じだ」
「うまく言えないんですが……ぎゅっと押し込まれた感じがします。無理やり何かを閉じ込めてあるような」
「記憶を封印しているということか」とライナスが言った。
「封印かどうかはわからないですが、何かを閉じ込めてある感じは確かにします」
セドルが口を開いた。
「封印魔法の可能性があります。記憶を消すのではなく、封印して取り出せなくする魔法です。禁術の一つです」
「解除できますか」とレノが聞いた。
「通常の方法では難しい」とセドルは言った。「ただ」とアオイを見た。
「腐敗魔法で封印を分解できる可能性はあります。封印も魔法的な構造物である以上、分解の対象になりうる」
アオイは少し考えた。
「やったことはないです」
「わかっている」とライナスが言った。
「試してみる価値はあるか」
「あるかもしれませんが、記憶の封印を無理に解除するとレノさんに負担がかかるかもしれません。慎重にやる必要があると思います」
「やってくれるか」
「…やってみます」
「では試してみてくれ。ここでやるか」
「還り家の方が落ち着いてできそうです。レノさんも知っている場所ですし」
「わかった。何かあればすぐ報告してくれ」
「はい」
帰り道、レノがぽつりと言った。
「辺境伯様、思ったより怖くなかった」
「怖くないですよ」
「でも最初は緊張した…ちゃんと話を聞いてくれて安心しました。アオイさんが急に苔の採取の話を始めたときは、さすがに空気が読めないなと思いましたよ」
「思い出したので」
「普通、あの場面で言いますか?」
「でもライナス様は許可してくれましたよ」
「辺境伯様が大人なんです」
アオイは少し考えた。
「…そうかもしれないですね」
レノが声を出して笑った。
還り家に戻って、アオイはすぐに準備を始めた。
レノに椅子に座ってもらい手首に触れて、腐敗魔法で封印の感触を探る。
「痛くないですか」
「痛くはないです。少し変な感じはしますが」
「変な感じというのは」
「頭の奥がじんじんする感じです」
「封印に触れてるからだと思います。無理なら言ってください、すぐ止めます」
「大丈夫です。続けてください」
アオイは慎重に腐敗魔法を使った。封印の構造を感じ取る。複雑ではないが、密度が高い。無理に崩すと反動がありそうだ。
少しずつ、分解していく。
五分、十分。
レノの顔が少し歪んだ。
「大丈夫ですか」
「なんか、いろんなものが頭に流れ込んでくる感じがして」
「記憶が戻ってきているかもしれません。止めますか」
「続けてください」
さらに五分。
突然、レノが「あっ」と声を上げた。
「どうしました」
「見えた。地下室で、台座の上にあったのは石じゃなくて、水晶みたいなものでした。中に何かが封じ込められていて」
「何が封じ込められていましたか」
「人……でした。人の形をしていました」
還り家の中が静かになった。
アオイは腐敗魔法を止めた。レノが息を整えている。
「続けますか」
「少し休んでから、もう一回お願いします」
「わかりました。お茶を淹れます」
アオイはお湯を沸かしながら、今見えてきたことを頭の中で整理した。
水晶の中に封じられた人の形。禁術。ヴェラン家。
ゴルドが「手に余る」と言っていた理由が、だんだんわかってきた。




