第十九話「騒動の気配」
レノは三日後に約束通り還り家に来た。
前回より顔色がいい。食欲が少し戻ったと言っていた。
「体の中を確認しますね」
手首に触れて腐敗魔法で探ると、毒草の成分が前回より薄くなっている。分解が進んでいる。
「順調です。前回より毒の成分が減ってます」
処置をしながら、アオイはレノに聞いた。
「記憶は何か戻りましたか」
「少し…」
レノは少し迷った顔をした。
「断片的に、場面が見えることがあって。でも繋がらない」
「何が見えましたか」
「地下室みたいな場所と、何か光るものと……あと人の顔。でもぼやけてて誰かわからない」
「依頼先はどんな場所でしたか」
「王都から二日ほどの街で、古い貴族の屋敷の調査でした」
「屋敷の地下室で何か見たんですね」
「たぶん」レノは手を握った。
「でも、調査のことは記憶がなくて何も言えなくて……依頼が失敗扱いになりました」
「依頼の失敗扱いというのは、冒険者にとってどのくらい問題ですか」
「ランクが下がります。報酬ももらえない」
レノは少し暗い顔をした。
「でもそれより、屋敷で何があったのかが気になって。何かを見てしまったから記憶を消されたはずで、それが何かを知りたい」
アオイは処置を続けながら考えた。
記憶を消す魔法、古い貴族の屋敷、地下室の光るもの。ベアが「危ない目に遭ってるかもしれない」と言っていた理由がわかる気がする。
「辺境伯様に話をしてみましょうか?」
「辺境伯様に?でもよその街の話で」
「グラウンの辺境伯様ですが、力になってくれるかもしれません。私は腐敗魔法の使い手なので、政治的なことや魔法の陰謀みたいなことは専門外です」
「…陰謀って言いましたね」
「そういう雰囲気がするので」
レノはしばらく黙った。
「……辺境伯様にお話ししてもらえますか」
「月に一度城に行くので、相談してみます」
「お願いします」
「わかりました。あと処置はこれで終わりそうです」
「早いですね。三回と言ってたのに」
「思ったより早く分解が進んでます。体が健康な証拠です」
その夜、アオイはゴルドに話した。
「レノという冒険者の件なんですが…」
アオイは今日聞いた屋敷の話をした。
「その屋敷、心当たりがある」と言ってゴルドは眉間に皺を寄せた。
「えっ」
「若い頃、王都周辺にいたことがあってな」とゴルドは少し間を置いた。
「王都から二日の街の古い貴族の屋敷というと、ヴェラン家じゃないかと思って」
「ゴルドさん、王都周辺にいたことがあるんですか」
「昔の話だ」とゴルドは仏頂面で言った。
「ヴェラン家は、昔王都でも名の知れた家だったが、二十年前に没落したらしい。没落したという話は、行商人から聞いた。屋敷に当主が一人で住んでるそうだ」
ゴルドは少し間を置いた。
「没落の原因は、禁術の研究をしていたからという噂がある」
「禁術…」
「人の記憶を操るものもその一つだ」
「ライナス様に相談しようと思っているのですが…」
「絶対に話せ」とゴルドは即答した。
「これはあんたの手に余る」
「そう思います」
「珍しく素直だな」
「…いつも素直ですよね」
「明日、城に行け」
「わかりました」
翌朝、アオイは城に向かった。
ライナスはアオイの顔を見て少し眉を上げた。
「予定より早いな」
「急ぎの相談があって」
「どうした」
アオイはレノの話を、ゴルドから聞いたヴェラン家の話も含めて全部話した。ライナスは途中で口を挟まず、最後まで聞いた。
話し終わると、ライナスはしばらく黙った。
「ヴェラン家か」とライナスは少し低い声で言った。
「知っていますか」
「知っている」
ライナスは机の上で手を組んだ。
「禁術の調査は以前から出ていた話だ。ただ証拠がなくて動けなかった」
「レノさんの記憶が戻れば証拠になりますか」
「なるかもしれない」
ライナスはアオイを見た。
「記憶の魔法を解除できるか」
「わからないです。やったことがありません」
「そうか。レノという冒険者を城に連れてきてくれ。話を聞く」
「はい。あと一つだけ」
「なんだ」
「これ、騒動になりますか」
「なるかもしれない」
「そうですか」
アオイは少し考えた。
「私は腐敗魔法で対応できることをやります。それ以上は任せていいですか」
「任せていい」
ライナスは頷いた。
「わかりました」
アオイは城を出て坂道を下りながら、これからすることを頭の中で整理した。
レノに城行きを伝えなければ。あとゴルドにも報告しなければ。
騒動の気配がするが、自分ができることをするだけだ。




