第十八話「冒険者の治療」
一週間後の午前中、約束通り冒険者が三人やってきた。
先頭の女性が口を開いた。赤い髪を短く切っていて、目つきが鋭い。
「ここで治療してもらえると聞いてきました」
「還り家のアオイです。専門ではないですが、治療もできます」
「サリアといいます。ガーディアンの鱗でケガをしたときの傷を診てください」
女性は右腕を出した。古い傷跡が三本ある。治癒はしているが、周辺の皮膚が少し変色していた。
アオイは傷跡に手を当てた。腐敗魔法で確認する。
「菌が残ってます。傷は治っていますが、菌が皮膚の下で休眠状態になっている。放置すると免疫が落ちたときに炎症を起こす可能性があります」
「やっぱり…半年前からたまに熱が出てたのはそのせいだったんだ…」
「たぶんそれが原因です。取り除きますね」
腐敗魔法を集中させた。休眠している菌を一つずつ特定して、丁寧に分解する。五分ほどかかった。
「終わりました」
「もう大丈夫ですか」
「はい。残っていた菌はすべて分解しました」
サリアは腕を見た。
「これ、普通の治癒魔法では取れないと言われてたんです」
「治癒魔法は組織を回復させる魔法なので、菌を分解するのは得意じゃないと思います。腐敗魔法の方が菌への対応は向いてます」
「…腐敗魔法って凄いんですね」女性は少し複雑な顔をした。
「助かりました。ありがとう」
「お役に立てて良かったです」
二人目は三十代くらいの体格がいい男で、名前はバルトという。右足を少し引きずって歩いている。
「足を見せてもらえますか」
「二年前に魔物に噛まれた」とバルトは言った。
「傷は治ったが、それからずっと足が重い感じがして」
アオイはバルトの足首に手を当てた。腐敗魔法で確認する。
「筋肉の奥に菌が入り込んでます。量は少ないですが、じわじわと組織に影響を与えてる感じがします」
「取れるか…」
「取れると思います。ただ奥まで入り込んでるので、少し時間がかかります」
「頼む」
十分ほどかけて処置した。
「……軽い」とバルトが足首を動かしながら言った。
静かな声だったが、驚きが滲んでいた。
「二年ぶりの感覚だ」
「完全に回復するにはもう少し時間がかかるかもしれませんが、菌がなくなったので後は自然に戻ります」
「半信半疑だったが、来て正解だった」
三人目は一番若かった。二十代前半の男性、細い体格で、緊張した顔をしている。名前はレノという。
「悪いところは何処ですか」とアオイは聞いた。
「あの、その…」レノは少し言いにくそうにした。
「体の不調というより、相談があって」
「どうぞ」
「腐敗魔法って、解毒もできますか」
「できます。何か毒を受けましたか」
「先月、依頼中に毒草の沼地を通って。治癒魔法で表面上は治ったんですが、体の中に何か残ってる感じがして。食欲がないし、眠れないし」
「確認しますね」
アオイはレノの手首に触れ、腐敗魔法で体の状態を探る。
「毒草の成分が微量、内臓に残ってます。少しずつ分解されてはいますが、時間がかかってるようですね」
「取れますか」
「取れると思います。ただ内臓の奥なので慎重にやる必要があって、一度では難しいです。三日に一度くらいのペースで処置するのがいいかなと。三回くらいで大分楽になるはずです」
「三回…ですか」
「あくまで見立てなので、もう少しかかるかもしれません。やってみながら確認します」
レノに処置をしながら、アオイは少し気になることがあった。毒草の成分の他に、もう一つ別の何かが感じ取れる。菌ではなく、魔法的な何かだと思う。
「一つ聞いていいですか」
「なんですか」
「最近、誰かに魔法をかけられたことはありますか」
レノの顔色が変わった。
「……なんでわかるんですか」
「魔法の痕跡みたいなものが残っている感じがします」
レノはしばらく黙った。少し離れたところでサリアとバルトが話す声が聞こえている。
「……言ってもいいですか。他の二人には伝えてないんですけど…」
「どうぞ」
「先月の依頼の時、何者かに魔法をかけられました。気づいたら記憶が消えてて。その日のことが一部思い出せないんです」
アオイは手を止めた。
「記憶に関わる魔法ですか」
「たぶん。依頼先で何か見たんだと思います。それを消されたんじゃないかと」
「腐敗魔法で記憶の魔法を解除できるかは、正直わからないです。やったことがないので」
「そうですか」レノは少し落胆した顔をした。
「ただ」とアオイは続けた。
「魔法の痕跡が残ってるということは、完全には消えていないということかもしれません。詳しい人に相談した方がいい」
「詳しい人というのは」
「ベアさんという薬草師がいます。長く生きている方なので、魔法の知識もあるかもしれません。紹介しましょうか」
「……お願いしてもいいですか」
「もちろんです」
三人の処置が終わった頃、昼を過ぎていた。
サリアが帰り際に言った。
「腐敗魔法って、思ってたのと全然違いました」
「どう違いましたか」
「もっと暗くて怪しい感じかと…なんか普通の医者みたいでした」
「医者ではないですが、方向性は近いかもしれません」
「グラウンに来た時に、また寄ってもいいですか」
「どうぞ。お待ちしてます」
夕方、レノをベアのところに連れて行った。
ベアはレノの話を聞いて、しばらく黙った。
「記憶を消す魔法か」とベアは言った。
「何か知ってますか」とアオイが聞いた。
「珍しいが、ないわけじゃない」
ベアはレノを見た。
「消した側に何かの目的がある。あんた、その依頼先で何か見たんだろう」
「思い出せないんです」とレノは言った。
「そうだな」ベアは少し考えた。
「魔法の痕跡が残ってるなら、消えたわけじゃない。記憶はどこかに眠ってる。焦るな、そのうち断片が戻ってくることがある」
「いつ戻りますか」
「わからん。人によって違う」
ベアはアオイを見た。
「毒草の処置、続けてやれ。体が楽になれば記憶も戻りやすい」
「わかりました」
レノは帰り際に深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「三日後にまた来てください」
レノが帰ると、ベアがアオイに言った。
「あの若者、危ない目に遭ってるかもしれない」
「そうですね」
「関わるつもりか」
「治療の依頼を受けてるので…」
アオイは少し考えた。
「ただそれ以上は、私の手に余るかもしれません」
「何かあったらライナス様に話せ。あの方はこの街の領主だ。こういうときに頼るための人間だ」
「わかりました」
アオイは還り家に戻りながら、今日一日を振り返った。
傷を治して、毒を処置して、相談を聞いた。いろんなことがあった一日だった。
今できることは、レノの体を治すことだ。そのことに集中しようとアオイは思った




