第十七話「土の調査」
遺跡の調査から戻って一週間が経った頃、男が還り家に飛び込んできた。
野菜くずを分けてくれた農家の男だ。何度か畑で顔を合わせたことがあるが、名前をまだ聞いていなかった。
「弱っていた作物が持ち直してきた」と男は言った。
興奮しているのがよくわかる。
「よかったです。発酵液肥料が効いたんですね」
「よかったどころじゃない」男は目が潤んでいた。
「今年の収穫、半分は諦めてたんだ。それが戻るかもしれない」
「お名前を聞いていいですか」とアオイは言った。
「ああ、そういえば名乗っていなかったな」
男は少し照れた顔をした。
「ガルだ」
「ガルさんですね」
アオイはノートに書き留めた。
農家にとって収穫は一年分の生活がかかっている。その半分が戻るということの重さが、じわりと伝わってきた。
「土壌菌はまだ完全には戻っていないので、また土壌改良をしましょう。来年はもっと安定するはずです」
「頼む。報酬を払いたい」
「発酵液肥料の材料になる野菜くずを定期的にもらえれば十分です」
「それだけでいいのか」
「十分です。むしろ助かります」
ガルはしばらくアオイを見た。
「……欲がないな」
数日後、見慣れない顔が還り家を訪ねてきた。
四十代の女性で、グラウンの住民ではないらしい。街から少し離れた村の農家だと言った。名前はイダという。
「遺跡の近くの村から来ました」とイダは言った。
「作物が急に育つようになったんです。遺跡の魔法陣が原因だったと聞いて…」
「遺跡の魔法陣を止めました。それで周辺の土壌菌が戻ってきているんだと思います」
「あなたが止めたんですか」
「冒険者ギルドの方達と一緒に」
「お礼を言いたくて。本当にありがとうございました」
イダは布袋を差し出した。
「大したものではないですが、村で取れた野菜です」
「ありがとうございます」
「村の土は昔は良かったんです。でもどんどん作物が弱って心配していました……」
「今後はだんだん良くなると思います。ただ念のため、一度土を見に行きたいので、村への行き方を教えてもらえますか」
「来てもらえるんですか。遠いですが、大丈夫でしょうか…」
「ギルドの人に頼んでみます」とアオイは言った。
「場所さえわかれば大丈夫です。来月あたりで都合がつけば、おうかがいします」
「来月ですか」イダは嬉しそうな顔をした。
「待っています。村の者も喜びます」
イダが帰ってから二週間後、クルトとフェンがグラウンに立ち寄った。依頼の帰り道だったらしく、二人とも少し疲れた顔をしていた。
「ちょうどよかったです」とアオイは言った。
「何かあったか」とクルトは言った。
「遺跡周辺の村に連れて行ってもらえますか。土の状態を確認したくて」
「来月でいいか。今月はもう予定が詰まっている」
「来月で大丈夫です。お願いします」
「わかった。来月グラウンに来たときに一緒に行こう」
一ヶ月後、クルトとフェンが約束通りグラウンに来た。
「行くか」とクルトは言った。
「お願いします」
「馬はフェンと相乗りでいいか」
「はい。フェンさんお願いします」
「また俺か」とフェンは言ったが、嫌そうな顔はしていなかった。
三人は朝早くグラウンを出発した。
馬で半日かけてイダの村に着いた。畑仕事をしているイダの姿が見えた。
「アオイさん!」
イダは手を止めて、アオイのところに走ってきた。
「来てくださったんですか」
「土の状態を確認しに来ました。突然すみません」
「いいえ。大丈夫です。いつでも来てください」
「早速ですが、土の状態を確認させてください」
「どうぞ」
アオイは畑に入って、地面に手を当てた。腐敗魔法で確認する。
菌が増えて、種類も多様になってきている。
「回復しています」
「本当ですか」イダは嬉しそうな顔をした。
「まだ完全ではないですが、確実に回復しています。発酵液肥料を持ってきたので撒いてください。回復が早くなります」
「ありがとうございます」
畑を一通り確認した。菌の種類、密度、回復の進み具合。区画によって回復の速度が違う。
「この区画は回復が遅いですね」とアオイは言った。
「そこは元々土が固くて」
「土が固いと菌が広がりにくいです。発酵液肥料を多めに撒いてください」
「わかりました」
「あと三ヶ月もすれば完全に回復すると思います」
イダは畑を見渡した。
「本当にありがとうございます」イダは深く頭を下げた。
クルトとフェンは村の入口付近で待っていた。
アオイが戻ると、クルトが聞いた。
「どうだった」
「回復しています。三ヶ月後には完全に戻ると思います」
「そうか。ならよかった」
グラウンに帰る途中、クルトがギルトからの依頼について話した。
「遠方の街から冒険者が数人グラウンに来る」
「なんの依頼ですか?」
「あんたのところに治療を受けに来たいという話だ。俺たちが紹介したら、興味を持った人間が何人かいた」
アオイは少し考えた。
「還り家は小さいですが...」
「三人ほどだが、大丈夫か」
「大丈夫です。日程はいつですか」
「来週の頭だ」
「わかりました。準備しておきます」
「頼む」
クルトは少し間を置いた。
「報酬はギルドから出る。銀貨五枚だ」
「それは……」
アオイはゴルドの顔を思い浮かべた。
「妥当ですか」
「相場より少し高い。あんたの腐敗魔法が珍しいから、という話だ」
「珍しいんですか」
「忌み魔法の使い手が治療をするのは珍しい。というより聞いたことがない」とフェンが言った。
「だから興味を持ったんだと思う」
「なるほど」
「嫌ならば断っていい」
「嫌じゃないです。銀貨五枚もありがたいですし」
「正直だな」とフェンが苦笑した。
「来週の頭、準備しておきます」
夕暮れの中を馬で進んでいると、風が吹いて、土の匂いがした。菌が生きている匂いだとアオイは思った




