第十四話「金貨一枚」
グラウンに戻ったのは夜だった。
城門の前でクルトが金貨一枚を渡してくれた。
アオイは手のひらの上の金貨をしげしげと眺めた。金色で、重い。表面に何かの紋章が刻まれている。
「初めて見ました、金貨」
「そうか」とクルトが言った。
「思ったより小さいですね。もっと大きいものかと」
「大きかったら持ち運びに困るだろ」とフェンが言った。
「それはそうですね」
アオイは金貨を布袋にしまった。
「ありがとうございました。またご依頼があれば」
「ああ。何かあれば協力を頼む」
クルトとフェンは宿に向かった。アオイは還り家への道を歩いた。夜のグラウンは静かだ。
還り家の扉を開けると、ゴルドが椅子に座ってお茶を飲んでいた。
「遅かったな」
「待っててくれたんですか」
「たまたまだ」
「鍵をどうやって」
「ベアのばあさんが持ってた」
アオイは頷いた。ベアがなぜ鍵を持っているのかは聞かないことにした。
「無事だったか」
「無事です。依頼も成功しました」
「そうか」
ゴルドは少し表情が緩んだ。
「怪我はないか」
「ないです。ギルドの方が守ってくれたので」
ゴルドはお茶を一口飲んだ。
「金貨はもらえたか」
「もらえました」
アオイは布袋から金貨を取り出して見せた。
「よし」とゴルドは言った。
翌日、街に依頼成功の話が広まった。
グラウンは狭い街なので、噂が広まるのが早い。アオイが還り家を開けると、昼までに五人が訪ねてきた。うち三人は依頼の話を聞きに来ただけで何も買わなかったが、残り二人は薬草液と発酵液肥料を買っていった。
ハンスが昼過ぎにパンを持ってきた。
「遺跡の話、本当か?百年前の魔法陣を止めたって」
「止めました。ただちょっと危なかったですが……」
「何があったんだ?」
「魔法陣を止めた瞬間に、光って建物が揺れました」
「それだけか」
「それだけです」
「なんだ、もっとすごいことになったかと思った」とハンスは少し残念そうだった。
「街でもっと大げさな噂になってるぞ」
「どんな噂ですか」
「遺跡の魔物を一人で全滅させたとか、百年分の魔力を吸収したとか」
「全然違います」
「まあ、すごかったってことだ」
「私は魔法陣を止めただけです」
「でも腐敗魔法じゃなきゃできなかったんだろ」
「それはそうですが……」
「じゃあすごいじゃないか」
アオイは少し考えた。
「……そうかもしれないですね」
「自覚が薄いな」とハンスは笑いながらパンを置いて帰っていった。
夕方、マルタが来て、開口一番に言った。
「依頼料はいくらだったの?」
「金貨一枚です」
「うん。妥当ね」
マルタは棚を見渡した。
「調子に乗って値上げとかしないでよ」
「するつもりはないです」
「ならいいけど…」
マルタは乾燥薬草を二袋手に取った。
「そういえば、ハーブチーズを試してみたの」
「どうでしたか」
「……思ったより良かったわ。ローズマリーで試したら、全然違う風味に変わったの」
「それは良かったです」
「次はタイムで試すつもり。他に合うハーブはありそう?」
「フェンネルも面白いと思います。あと黒胡椒を混ぜる手もあります」
「胡椒をチーズに」マルタは眉を上げた。
「それは考えたことがなかったわ」
「発酵中に混ぜると胡椒の辛みが和らいで、香りだけ残ります。試してみますか」
「……今度やってみるわ。うまくいったら新商品にする。売れたらお礼するわ」
「じゃあ、チーズを食べさせてください」
「それだけでいいの?」
「はい。マルタさんのチーズが美味しいので」
マルタは少し笑って帰っていった。
その夜、ライナスから使いが来た。
城の紋章が入った封書を、若い兵士が届けにきた。
「辺境伯様からです」
「ありがとうございます」
アオイは封書を受け取り、封筒を開けた。
内容は短かった。
——遺跡の件、報告を受けた。よくやった。明後日、城に来るように。月一度の薬の納品も兼ねて——
薬の準備をしなければ。アオイはノートを開いて、城に持っていく薬のリストを書き始めた。
胃腸薬、頭痛薬、傷薬、あと軟膏。城で必要なものがわからないので、一通り持っていこう。
「多すぎるかな」と呟いた。
でも少なすぎるよりはいいだろう。




