第十一話「行商人の依頼」
三日後、ペトルが軟膏を取りに来た。
「...できていますか」
アオイは軟膏の瓶を渡した。
「一日二回、朝と夜に塗ってください。作業後は手をよく洗ってから塗ると効果が上がります」
「わかりました。ありがとうございます」
ペトルは瓶を受け取り帰っていった。
アオイが薬草液の仕込みをしていると、扉が勢いよく開いた。普通の客はおそるおそる入ってくることが多いので、この開け方は珍しい。
入ってきたのは三十代後半の男だった。旅装束で、背中に大きな荷物を背負っている。
「いらっしゃいませ。すみませんが扉は普通に開けてほしいです。蝶番が心配なので」
男は少し面食らった顔をした。
「……すまない。俺は行商人なんだが、依頼があって…」
「どんなご依頼ですか?」
「持ってきた薬草が長旅で傷んでるんだ。捨てるのは惜しいし、このまま売ると信用問題になる。どうにかならないかと思って…」
「見せてください」
行商人の男はダリオと名乗った。荷物を開けると麻袋がいくつも出てきて、中を確認すると一部の薬草にカビが出ていたり、変色していたりした。
アオイは一つ一つ手に取って匂いを嗅ぎ、腐敗魔法で内部まで探った。
「十二袋あるうち、三袋は完全に駄目です。残りの九袋は処置すれば売り物になると思います」
「本当か」ダリオの目が光った。
「いくらでやってくれる」
「銀貨五枚で」
「三枚にならないか」
「四枚なら」
「成立だ」
アオイは九袋に順番に手を当てた。カビを分解して、変色した部分の死んだ細胞だけを取り除く。薬草の有効成分には触れない。一袋ずつ丁寧にやると、三十分ほどかかった。
「終わりました」
ダリオが中を確認して目を丸くした。
「綺麗になってる。匂いも戻ってる」
「有効成分は生きてたので、品質は問題ありません」
「すごいな。腐敗魔法ってこんな使い方ができるのか」
ダリオは銀貨四枚を払いながらアオイをまじまじと見た。
「王都でこれができたら大儲けできるぞ」
「……王都には興味はないです」
「なんで。こんな辺境にいるのがもったいない」
「静かで住みやすいので」
「……変わった人だな」
「……そうですか?」
ダリオは呆れた顔をしたが、悪い気はしていないようだった。
「また来るかもしれない。そのときはよろしく」
「いつでもどうぞ」
夕方になるとゴルドがやってきた。
「今日は客が来たか」
「行商人が来ました。銀貨四枚もらいましたよ」
ゴルドが少し驚いた顔をした。
「一日でそれだけ稼いだのか」
「行商人のもっていた、傷んだ薬草の修復をしたんです」
「その行商人、口が軽いといいな」
「どういうことですか?」
「行商人は各地を回る。噂を広めるのが一番早い」
ゴルドは壁に寄りかかった。
「腐敗魔法の使い手が辺境で店をやってると広まれば、また依頼が来るかもしれない」
「そうだといいんですけど...」
「ただ、困ったら声をかけろ。この街の人間は今はあんたの味方だ」
アオイはゴルドを見た。目を合わせようとしない。照れているのだとアオイは思った。
「ありがとう、ゴルドさん」
「…礼はいい。お茶をくれ」
その夜、アオイは二階の部屋で横になりながら天井を見た。
還り家を開けてから、毎日誰かが来る。薬を買いに来る人、相談に来る人、ただ話しに来る人。グラウンは小さな街だけど、人はいる。それぞれに事情があって、困っていることがある。
腐敗魔法はその多くに対して、何かができる。
前世では廃棄物の研究をしていた。誰かの役に立っているという実感は薄かった。実験して、データを積み上げて、それがいつか誰かの役に立つかもしれない、という遠い話だった。
ここでは直接誰かが楽になる。
腐敗魔法でよかったと、初めてはっきり思った夜だった。




