第十話「値付け完了」
ゴルドが値付けをしてくれた翌日、アオイは棚の品に値札をつけた。
薬草液(胃腸向け):銀貨一枚
薬草液(頭痛・疲労向け):銀貨一枚
発酵液肥料(小瓶):銅貨八枚
乾燥薬草(袋):銅貨五枚
値札を書きながら、アオイはまだ少し納得していなかった。
「銀貨一枚って、パン二十個分ですよね」
「そうだ」とゴルドは言った。朝から手伝いに来ている。
「薬草液一本とパン二十個、同じ価値があるんですか」
「街に薬を売る店がほかにない。それが価値だ」
「なるほど……需要と供給ですね」
「今頃わかったのか」
「頭ではわかってるんですが、高い気がして…」
ゴルドはため息をついた。
看板の下に小さな板を追加して「薬・発酵食品・農業用発酵液」と書いた。油性マジックの残りがあと少しだ。ペンとインクを買わなければならない。
これで還り家は正式に開店した。
午前中に三人来た。
一人目は昨日のリコの母親だった。三十代で、名前はナナといった。
「息子がお世話になりました」とナナは言った。
「昨夜、薬を飲ませたら母が少し楽になったみたいで」
「それはよかったです。もう少し続けて飲ませてください」
「追加でもう一本いただけますか」
「ありがとうございます」
ナナに商品を渡し、銀貨一枚を受け取った。
二人目は見知らぬ老人だった。街の外れに住んでいるらしい。無口で棚をじっと見てから乾燥薬草を一袋買って帰った。銅貨五枚。
三人目はマルタだった。
「二週間経ったから来たんだけど」とマルタは言った。
「チーズの確認ですね。行きましょうか」
「その前に買い物をするわ」
マルタは棚を見渡した。
「乾燥薬草を二袋ちょうだい」
「料理に使いますか」
「そうよ」
「チーズに混ぜながら熟成させると面白い風味になりますよ。ローズマリーとか、タイムとか」
マルタの目が光った。
「ハーブチーズ…やってみる価値はありそうね」
「今度一緒に試しますか」
「……考えておくわ」マルタはそっぽを向いた。照れているらしかった。
マルタの店の熟成室に入ると、二週間前とは明らかに違う香りがした。豊かで深みのある香りが漂っている。
「全部ちゃんと熟成してるわ」とマルタは静かな声で言った。
マルタは一つ割って断面を確認した。均一で美しい。
「今まで必ず二、三個は駄目になっていたの。それが一個もないわ」
「雑菌が入らなかったので」
マルタはしばらく熟成室を眺めた。
「月に一度、見てもらえる?料金は払うわ」
アオイはゴルドの顔を思い浮かべながら答えた。
「銀貨二枚でどうですか」
「それでいいわ」とマルタは即答した。
夜、還り家の前に人影があった。
扉の隙間から外を見ると、男が一人立っている。入ってくる様子もなく、かといって去る様子もない。
アオイが扉を開けると、男は驚いた顔をした。
三十代前半、こざっぱりした格好で、手に帽子を持っている。広場の直訴の日に見かけた顔だ。
「何かご用ですか」とアオイは言った。
「あ、いや……その」男は帽子を握りしめた。
「開いてるか確認しようと思ったんだが、なかなか入れなくて。もう三十分くらい外にいた」
「三十分も。寒くなかったですか」
「寒かった」
「早く言ってくれればよかったのに」
「腐敗魔法が怖くて」
「入ってから怖かったら出ていただいて構いませんよ。お茶くらい出します」
男は迷って、入ってきた。名前はペトルといって、馬具屋をやっているらしい。用件は手の湿疹だった。指の間が赤くなっている。
「革を扱う仕事で指が荒れやすいんだが、今年は特にひどくて」
「見せてください」アオイは手を観察した。
「接触性皮膚炎ですね。革の油と染料が原因だと思います。作業後にちゃんと手を洗ってますか」
「洗ってる……つもりだが」
「指の間まで丁寧に洗えてないかもしれません。それと保護用の軟膏を塗る習慣をつけると再発しにくくなります」
「軟膏は売っているのか?」
「まだありませんが作れると思います。三日後に取りに来てください」
アオイはゴルドの顔を思い浮かべながら値段を言った。
「銅貨八枚です」
「……」
「え、高かったですか」
「いや、逆に安すぎると思って」
アオイは少し考えた。ゴルドに相談しよう。
「では銀貨一枚にします」
「それが適正だと思う」ペトルは財布を出した。
「前払いでいいか」
「助かります」
ペトルは帰り際、扉のところで振り返った。
「……腐敗魔法って、思ってたより怖くなかった」
「三十分外で悩んだ割には呆気なかったですか」
ペトルは苦笑した。
「なんか、普通の薬屋みたいだった」
「ありがとうございます。褒め言葉として受け取っておきます」
ペトルは笑って帰っていった。
アオイは扉を閉めて、ノートを開いた。軟膏の配合を考えながら、今日一日を振り返った。
客が来て、物が売れて、人と話した。
還り家は、ちゃんと動き始めている。




