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ポンコツ海賊令嬢と人魚姫のドタバタ航海記――この恋、沈没寸前です!――  作者: 明石竜


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21/23

Voyage 21 この恋、出航寸前です!

 出発の朝は、晴れていた。

 珊瑚宮の上の海面は、鏡のように凪いでいた。朝の光が水面を通り抜けて、海底まで届いていた。珊瑚宮の白い壁が、その光を受けて、いつもより明るく見えた。

 リヴィアとミルフィナが並んで日の出を見た。昨日の約束通りだった。

「今日も赤いですね」

「昨日と同じ太陽よ」

「でも、今日の方が赤い気がします」

「気のせいよ」

「気のせいでも、赤いです」

「そうね。赤いわね」

 たこまるが肩に乗ってきた。

「今日も見るのか」

「毎日見る」

「そうか」

「たこまるも見る?」

「見る。毎日見る」

「三人で毎日ね」

「四人目と五人目と六人目も来るだろう」

「そうね」

 案の定、ピピが走ってきた。

「日の出!」

「また遅かったわよ」

「少しだけ! 昨日より早かったです!」

「昨日よりは早かった」

「明日はもっと早くします!」

「じゃあ、明日こそ一緒に見ましょう」

「はい!」

 ネリネが出てきた。ベルが出てきた。全員が甲板に集まった。

「今日で珍しくもなくなりましたね」

ネリネが言った。

「全員で見るのが?」

リヴィアが突っ込んだ。

「はい。最初の頃は、こんな習慣はありませんでした」

「ミルフィナが来てから始まったのね」

「そうです」

「続けましょう」

「はい」

 日が上がった。

 準備が整った。

 シーラビット号が、出発できる状態になっていた。帆は白くなっていた。船体の傷は補修済みだ。

 セレナが来た。

「見送りに来ました」

「ありがとう」

「ローザさんも来るそうです」

「ローザが?」

「信号がありました。少し待ってほしいと」


 十分ほどして、小舟がヴァーミリオン号から来た。ローザだけではなかった。シェリーがいた。

「シェリー?」

「久しぶりね、リヴィア」

シェリーがいつもの、にこにこした顔を浮かべていた。

「たまたまこの辺りにいたのよ。見送りくらいはしないと」

「たまたまいたの?」

「情報屋は、いろんな場所にいるのよ。珊瑚宮の近くにいることだって、ある」

「珊瑚宮の近くに普通の情報屋はいないわよ」

「普通ではないから情報屋なのよ」

「……まあ、来てくれてありがとう。シェリー、地図の値段が高かった」

「適正価格よ」

「高かった」

「でも、役に立ったでしょ」

「役に立った。だから文句は言わない」

「それでいいのよ」

シェリーが笑った。それからミルフィナを見た。

「あなたが噂の人魚姫ね」

「ミルフィナと申します」

「よく自分から乗ったわね。あの海賊の船に」

「面白そうだったので」

「面白かった?」

「とても」

「そう。よかったわ」 

シェリーが手のひらに何かを乗せた。小さな貝殻だった。

「これを、餞別に持っていきなさい」

「何の貝殻?」

「歌う貝殻。人魚の声で歌う種類よ。ミルフィナが近づくと、いい音がするはずよ」

「シェルマーケットで売ってたやつ?」

「似たものね。こっちの方が質がいいわ」

「ありがとう」

「値段は取らないわよ。今回は無料」

「珍しいわね」

「無料にする時もあるわよ。気分次第で」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 ミルフィナが貝殻を受け取った。近づくと、小さな音がした。波の音に似た音だった。

「いい音がします」

「気に入った?」

「はい。ありがとうございます」

「お礼を言わなくていいわよ」

「言います。嬉しいので」

「……そう。じゃあ、持っていきなさい」

 ローザが前に出た。

「行くの?」

リヴィアが尋ねた。

「行くわ。わたしも次の場所へ行く。深海図書館から写した海図があるから、新しい場所を探しに行く」

「またどこかで会う?」

「会うでしょ。腐れ縁なんだから」

「腐れ縁はなかなか切れないわよね」

「そうね。切れないから腐れ縁よ」

「じゃあ、またどこかで」

「またどこかで」

ローザはミルフィナに向いた。

「ミルフィナ、また会いましょう」

「はい、またいつか」

「あなたとリヴィアの話、次に会う時には進展しているといいわね」

「進展、というのは?」

「今のまま、ということはないでしょ。いい方向に変わっていくでしょ、という意味よ」

「そうですね。変わっていくと思います」

「楽しみにしているわ」

ローザはリヴィアを見た。

「あなたもね」

「わたしは何も言わない」

「言わなくていいわよ。顔が言ってるから」

「どんな顔?」

「いい顔よ。今日一番いい顔をしている」

 ローザとシェリーが小舟に乗った。

「またね」

ローザがリヴィアに向かって言った。

「またね」

「腐れ縁を大切にしなさいよ」

「大切にする」

「それでいい」

 小舟が離れた。ヴァーミリオン号に向かっていった。

 セレナが最後に前に出た。

「出発前に、一つだけ」

「何?」

「ミルフィナ様」

「はい」

「王宮を出てから、よく笑うようになりました。それが一番の変化です」

「気づいていましたか」

「気づきませんでした。でも、今日のあなたの顔を見て、分かりました。王宮にいた時と、今とで、顔が違います」

「どう違いますか」

「今の方が、軽いです。重さがなくなった、という意味ではなく、背負いすぎていたものが減った、という感じです」

「減りました。リヴィアさんの船で、少しずつ降ろせました」

「よかったです」

「セレナも、変わりましたよ」

「変わりましたか」

「はい。前は、命令がなければ動けない人でした。今は、自分で判断して動きます」

「……そうですね。変わりました」

「よい変化です」

「ありがとうございます」

「元気でいてください」

「ミルフィナ様も」

「はい」

 セレナが下がった。


「それじゃ、出航するわね」

「待ってください」

「何?」

「帆を見てください」

 見た。

 帆に、何か書いてあった。白くなった帆の端に、小さな文字があった。王国の文字だった。

「なんて書いてある?」

「自由航路と書いてあります。帆を修理してくれた職人が、入れてくれたようです」

「知らなかった」

「私も今気づきました」

「ネリネ、見た?」

「昨日から気づいていました。言おうか迷いましたが、出発の時に気づく方がいいと思いまして」

「そういう判断をするのね」

「たまには」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 帆を見た。白い布に、小さな文字。自由航路。

「いい帆になったわね」

「はい。とても」

「行くわよ」

「はい」

「ネリネ、北東の海流に乗る準備を」

「準備できています」

「ピピ、帆を全開で」

「はい!」

「ベル、最後に船体の確認を」

「……今やった。問題ない」

「たこまる、補助操舵に入って」

「了解だ」

「ミルフィナ、海流を読んで」

「はい。今、読んでいます。北東の流れが安定しています。この方向で問題ありません」

「では、出航する」

 帆が風を受けた。

 シーラビット号が動き始めた。

 珊瑚宮が、ゆっくりと遠ざかっていった。セレナが手を振っていた。リヴィアが手を振り返した。ミルフィナも振り返した。

「また来る?」

リヴィアがミルフィナに尋ねた。

「また来ます」

「いつ?」

「必要な時に」

「必要じゃなくても来てもいいわよ」

「では、来たい時に来ます」

「それでいい」

 珊瑚宮が見えなくなった。

 深海から上に向かって、シーラビット号が浮上した。水面を突き抜けた。空気が来た。太陽の光が来た。

 海の上に出た。

 青い空だった。雲が少なかった。風が程よかった。波は小さかった。

「綺麗ですね」

「いつもこうよ」

「いつもこれを見ていたのですね」

「当たり前になっていたけど、あなたが言うと特別に見える」

「では、これからも言います。綺麗ですね、と」

「毎日?」

「毎日、綺麗な時に」

「毎日綺麗よ」

「では、毎日言います」

「……言って」

「はい。言います。今日も綺麗です」

「そうね。今日も綺麗よ」

 ピピが走ってきた。

「港町まで何日ですか!」

「二日半よ」

「途中で何かありますか!」

「何かあるかは行ってみないと分からない」

「じゃあ、何かあるといいです!」

「何かある方がいいの?」

「冒険ですから!」

「冒険ね」

「はい! 何かあった方が楽しいです!」

「何かあると大変よ」

「大変な方が楽しいです!」

「……そうかもしれない」


 ネリネが来た。

「航路の確認です。このまま北東へ進めば、二日後の昼に港町が見えてきます。食料はじゅうぶんあります」

「帆の状態は?」

「修理してもらったので、以前より良い状態です」

「船体は?」

「ベルが確認済みで、問題ありません」


 ベルは船縁に手を置いたまま、海面を見ていた。

「……水の中より、上の風の方が好き」

「ベル、そういうこと言うんだ」

「船が乾くから」

「理由が船大工だった」

 ピピがその横で両手を上げた。

「じゃあ、次は港町です! 港町ってことは、屋台と、買い物と、もしかしたら事件ですね!」

「事件を予定に入れないで。たこまるの補助操舵は?」

「問題ない」

 たこまるが伝えた。

「では、このまま進むわ」

「承知しました」

 シーラビット号が、北東へ向かって進んだ。

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