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ポンコツ海賊令嬢と人魚姫のドタバタ航海記――この恋、沈没寸前です!――  作者: 明石竜


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15/23

Voyage 15 シーラビット号、指名手配最大級

 珊瑚宮を出た直後、セレナが追いついてきた。

「女王陛下から許可が出ました。私も動きます」

「一緒に来る?」

リヴィアが誘った。

「近衛として動く許可です。ただし、部下は連れていけません。私一人です」

「一人でいいの?」

「命令に疑義を持つ者を、今すぐ集めるのは難しいです。私が信頼できるのは、私自身の判断だけです」

「じゃあ、一緒に来て」

 シーラビット号に戻った。全員が甲板に上がった。セレナが船を見回した。くたびれた帆、傷だらけの甲板、黒くなった帆の一部。

「……これが、ミルフィナ様が乗っていた船ですか」

「そう」

「小さいですね」

「いろいろ言われ慣れてる」

「でも、この船でここまで来たのですね」

「来た」

「……分かりました」

セレナは、それ以上は何も言わなかった。

 ネリネが信号の準備をした。ローザへの連絡用だ。珊瑚宮の方向が変わったこと、オルカが宝珠を奪ったこと、追跡に移ることを伝える短い信号を、海面に光の形で出した。

「届くかしら」

リヴィアがそう呟くと、

「ローザさんなら、この海域に信号の見張りを立てているはずです。情報収集を怠らない方です」

 ネリネがこう伝えた。

「そうね」

「あとは、向こうの判断次第です」

「合流できれば、心強い」

「できなくても、動きます」

「そうね」

 オルカの痕跡を追った。

 セレナが海流の乱れを読んだ。人魚の私兵が通ったあとには、海流に微妙な乱れが残る。それを辿ることで、方向が分かった。

「南東です。早い速度で移動しています」

「星潮の海溝への方向?」

「直接ではありませんが、中継地点に向かっている可能性があります。準備なしに海溝へは入れません。どこかで態勢を整えるはずです」

「中継地点が分かれば、そこで捕捉できる」

「距離があります。追いつくのは難しいかもしれません」

「追いつかなくていい。場所を特定するだけでいい」

「なるほど……では、海流を読みながら、私が先行します。シーラビット号は後ろから来てください」

「単独で先行するの?」

「人魚の方が速いです。痕跡を追うなら、人魚が有利です。ただし、戦闘は避けます。確認だけして戻ります」

「危険じゃない?」

「私一人の方が、痕跡を消しながら動けます。集団で動くより、見つかりにくい」

「……分かった。でも、三十分で戻ってこなければ、追う」

「三十分で戻ります」

 セレナが海に入った。速かった。あっという間に見えなくなった。

 シーラビット号が南東へ進んだ。


 二十分足らずで、セレナが戻ってきた。

「中継地点が分かりました」

「どこ?」

「この先の海底、沈没船の群れがあります。古い船が何十艘も重なっている場所です。その中に、オルカの私兵が入っています。十五人ほど確認しました」

「オルカ本人は?」

「いました。宝珠を持っています。まだ移動していません。何かの準備をしているようです」

「星潮の海溝へ向かう前の、最後の準備か」

「そう思います。時間は、そう長くありません。今夜か、明日の朝には動くと思います」

「ローザへの信号は届いたかしら」

「届いていれば、この方向に来るはずです」とネリネが言った。

「待てる時間は限られてる。ローザの到着を待ちながら、位置を保つ」

「承知しました」

 シーラビット号を、沈没船の群れから二キロほど離れた場所に停めた。近づきすぎると気づかれる。遠すぎると、動きに対応できない。

 セレナが甲板で海流を監視した。

 たこまるが食事を作った。待機中だからといって、腹は減る。

「たこまる」

リヴィアが呼んだ。

「何だ」

「ミルフィナ、大丈夫かな」

「珊瑚宮にセレナの部下が残っている。王宮の中にいる限り、すぐに危険にはならないと思う」

「体力の方は」

「休んでいれば回復する。珊瑚宮の環境は、あの子にとって楽なはずだ。深海の水が周囲にある」

「そうね」

「心配なのは、体力より気持ちの方か」

「両方よ」

「今日、かなりのことをした。言えなかったことを、評議員の前で言った。消耗するのは当然だ」

「でも、落ち着いた顔だった」

「覚悟が決まっている者は、ああいう顔をする」

「たこまる、人のことをよく見てるのね」

「観察が得意だ。昔から」

「昔から、ということは、だいぶ長く生きてる?」

「そうかもしれない。記憶が定かでないが」

「守護獣の末裔なら、長い歴史があるのね」

「あるのかもしれない。ただ、記憶がないので、あまり実感がない」

「怖くない? 自分の過去が分からないことが」

「怖くはない。今がある。今が分かれば、過去が何であれ、今は今だ」

「……そういうものかな」

「おまえも、シルヴェイル家の過去に引っ張られてきた。でも、今のおまえはおまえだ。それが正しいんじゃないか」

 リヴィアは空を見た。星が出ていた。

「……そうね。今のわたしが、わたしよ」

「分かってきたじゃないか」

「少し前から、分かってきた気がする」

「誰かさんのおかげか」

「うるさい」

「ただの観察だ」


 夜が深くなったころ、海面に光が現れた。

 ヴァーミリオン号の信号だった。

「来た」

リヴィアが叫んだ。

 ローザが小舟で移ってきた。

「信号を受け取った。状況を教えて」

 リヴィアが経緯を説明した。珊瑚宮での評議会、宝珠の奪取、オルカの現在地。ローザは黙って聞いた。途中で質問を挟んだ。的確な質問だった。

「つまり、今夜か明日の朝には、オルカが動く。止めるなら、その前に動く必要がある」

「そうなる」

「戦力は。向こうが十五人」

「シーラビット号に五人とたこまると、セレナ一人。ヴァーミリオン号は?」

「精鋭が八人乗っている。海賊としての戦闘経験がある」

「合わせれば、互角以上にはなる」

「ただし、オルカの私兵は人魚だ。水中戦になると、こちらが不利になる。水面上に引き出すか、封じ込める必要がある」

「セレナ、水中戦で対応できる?」

リヴィアが尋ねた。

「私一人では、複数を同時には厳しいです。ただし、相手の海流を乱すことはできます。動きを制限すれば、水面上に引き出せる可能性があります」

「ミルフィナの歌があれば、もっと大きく乱せる」

「ミルフィナは珊瑚宮に残した」

たこまるが言った。

「分かってる。今の戦力でやる」

「作戦は?」

ローザが尋ねた。

「ヴァーミリオン号で沈没船の群れを塞ぐ。逃げ道を絞る。セレナが海流を乱して、私兵を水面上に引き出す。シーラビット号で受ける。オルカを捕捉して、宝珠を取り返す」

「シンプルね。シンプルすぎるくらい」

「複雑な作戦は、慣れていないとずれる。シンプルな方が確実よ」

「同意する。ただし、一点だけ変える」

「何を?」

「シーラビット号は使わない。小さすぎて、受けに使うには不安定だ。受けはヴァーミリオン号がやる。シーラビット号はセレナの補助に回る」

「それは――」

「正しい判断です。リヴィアさんの判断は戦略的に正しいが、実行の部分でローザさんの修正が妥当です」

 セレナが言った。

「……分かった。ローザの案に乗る」

「珍しいわね、素直に受け入れるのは」

「正しいことを言ってるなら、受け入れる。それだけよ」

「成長したわね」

「うるさい。時間がない、動くわよ」

 動いたのは、夜明けの一時間前だった。

 ヴァーミリオン号が、沈没船の群れの出口を塞いだ。大きな船が、逃げ道を埋めた。

 セレナが海中に入った。ローザの精鋭二人が海中に続いた。海流が変わった。沈没船の群れの中で、流れが乱れ始めた。

 動揺する気配が伝わってきた。

 私兵の何人かが水面に出てきた。ヴァーミリオン号の乗組員が対応した。

 シーラビット号はセレナの補助に回った。たこまるが墨を展開して、視界を絞った。ピピが大砲を撃った。今日は当たった。

「当たりました!」

ピピが叫んだ。

「狙ってたの?」

リヴィアが尋ねた。

「狙ってました!」

「……本当に?」

「半分くらい!」

「正直ね」

 混乱が続いた。

 ヴァーミリオン号が抑えていた出口から、数人の私兵が突破しようとした。ローザが自ら出て、それを止めた。動きが速くて、無駄がなかった。

 セレナが海中から戻ってきた。

「オルカが動いています。宝珠を持って、別の出口から出ようとしています」

「どこの出口?」

「北側です。気づいていませんでした」

「追える?」

「追えます。ただし、海中での追跡になります」

「たこまる、行ける?」

「行く」

「セレナ、たこまると一緒に追って。わたしはここで残りの私兵に当たる」

「承知しました」

 セレナとたこまるが北側に向かった。

 残りの私兵への対応が続いた。ヴァーミリオン号の乗組員が優秀で、数の上での劣勢をカバーしていた。ベルが甲板で敵が上がってくるのを片手で押し返していた。ネリネが航路の計算を続けながら、状況を報告し続けた。


 二十分ほどして、たこまるが戻ってきた。

「追いつけなかった」

「オルカが逃げた?」

「速い。私兵の中でも段違いに速い。セレナも追いきれなかった」

「宝珠は」

「持っていった」

 リヴィアは拳を握った。

「方向は分かる?」

「南東。星潮の海溝に向かっている可能性が高い」

「追う?」

「今は無理だ。私兵への対応が終わっていない。それと」

「それと?」

「セレナが怪我をした」

「どこ?」

「腕に、軽い切り傷だ。大きな傷ではないが、今すぐ動かせる状態ではない」

 リヴィアは状況を整理した。オルカが逃げた。宝珠を持って。しかし私兵を置いていった。このまま追っても、疲弊した状態で星潮の海溝に入ることになる。

「今日は引く」

リヴィアはそう判断した。

「それで正しいと思います」

ネリネが言った。

「ローザに伝えて。残りの私兵を確保したら、ここで休む。明日、改めて動く」

「承知しました」


 残りの私兵を確保したのは、夜明けが来るころだった。ヴァーミリオン号の乗組員が拘束した。私兵は戦意を失っていた。オルカに置いていかれた者たちだ。

 ローザがシーラビット号に戻ってきた。

「一段落ね」

ローザが言った。

「オルカが逃げた。宝珠を持って」

「聞いた。残念だったわね」

「でも、今日で分かったことがある。オルカは早い。単独での追跡は難しい。それと、私兵の数が減った。今日の戦力差を、次に活かせる」

「前向きね」

「落ち込んでいても仕方ない。次を考える」

「そうね」

ローザは海を見た。

「ミルフィナのことを考えているでしょ」

「……そうね」

「珊瑚宮に戻る必要がある?」

「ミルフィナを連れてこなければ、次は動けない。守護者として、冠に近づく鍵が必要だ。それに」

「それに?」

「約束した。情報を持って戻るって」

「ミルフィナに?」

「うん」

 ローザが少し笑った。

「では、珊瑚宮に戻りましょう。セレナの治療もしなければならないし」

「そうね」

 シーラビット号が向きを変えた。夜明けの光が海を染め始めていた。橙と金が混じった色で、波が細かく光を砕いていた。

 たこまるが肩に乗ってきた。

「疲れたか」

「疲れた。でも、まだ動ける」

「そうか」

「たこまるは?」

「おれは疲れない」

「そんなことないでしょ」

「……少し疲れた。ただし、次も動ける」

「じゃあ、一緒ね」

「そうだな」

 海が明るくなった。

 セレナが甲板で腕の手当てをしながら、水平線を見ていた。リヴィアが近づいた。

「大丈夫?」

「傷は浅いです。問題ありません」

「今日、一緒に動いてくれてありがとう」

「私の役目です」

「命令ではなかったでしょ。自分の判断で動いた」

「……そうです」

「それが、ありがとう、ということよ」

 セレナが少し間を置いた。

「リヴィアさん」

「何」

「今日の作戦。シーラビット号をセレナの補助に回すという修正を、素直に受け入れましたね」

「ローザの判断が正しかったから」

「でも、受け入れるのは簡単ではなかったと思います」

「……そうでもないわよ。最近、そういう練習をしているから」

「誰かの影響ですか」

「まあ、そうね、ミルフィナが、わたしは自分に正直でいると思えるようにしてくれた。それが、人の意見を聞くことにも繋がってる気がする」

「そうですか」

「セレナも、最近変わったんじゃない」

「……変わりましたか」

「ミルフィナが笑っているのを見てから、迷い始めたでしょ。それは、変わり始めたということよ」

「迷うことが、変わることですか」

「迷わない人間は、考えていない。迷える人間は、考えている。それが変わることの始まりよ」

 セレナが少し黙った。

「リヴィアさんは」

「何」

「海賊小説のような人ですね」

「どういう意味よ」

「ミルフィナ様がよく読んでいた海賊小説の、主人公のような人だということです」

「わたし、全然かっこよくないわよ。船酔いするし、方向音痴だし、地図を逆さに持つし」

「海賊小説の主人公も、完璧ではありません。でも、大事な時に正しいことをします」

「……そうかな」

「そう思います」

セレナが、珍しく、まっすぐな声で言った。

 リヴィアはそれを聞いて、何も言わなかった。言わなかったが、少し前を向いた。

 シーラビット号が、朝の海を進んでいた。珊瑚宮への道を、戻っていった。

 ミルフィナが待っている。

 約束した。情報を持って戻ると。

「行くわよ」と小さな声で言った。

 波が答えるように、船を揺らした。


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