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ポンコツ海賊令嬢と人魚姫のドタバタ航海記――この恋、沈没寸前です!――  作者: 明石竜


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14/23

Voyage 14 王女は逃げない

 朝、珊瑚宮の広間に、女王がいた。

 昨夜より表情が固かった。侍女が二人、後ろに控えていた。セレナが隣に立っていた。セレナがリヴィアを見て、小さく頷いた。報告はすでに入れた、という意味だと取った。

「おはようございます、母上」

「おはよう、ミルフィナ。リヴィア・シルヴェイル、昨夜はよく眠れましたか」

「おかげさまで」

「では、話をしましょう。セレナから報告を受けました。オルカのことです」

 広間が静かになった。

「リヴィアさんが話したことを、セレナから聞きました。星潮の冠のこと、三つの鍵のこと、ルーンシェル家の守護者としての歴史のこと」

「全部、セレナに伝えた通りです」

「時計塔の記録の写しを、見せていただけますか」

「ネリネ」

「はい」

ネリネが手帳を取り出した。昨日のうちに清書していたらしく、文字が整っていた。セレナを通じて女王に渡った。

 女王が読んだ。読む間、表情が動かなかった。動かないのが、動いているより重かった。

「……これが、本物だとすれば」

 女王が呟くと、

「疑う理由があれば、言ってください。ただ、時計塔は実在しました。珊瑚宮の文字と同じ書式の記録が残っていました。ミルフィナが読みました」

 リヴィアが伝える。

「ミルフィナ、あなたが読んだのですか」

「はい。古い文字ですが、読めました。ルーンシェル家の名前が、守護者として明記されていました」

「なぜ、そのことが王宮に伝わっていなかったのか」

「分かりません。ただ、オルカが冠を求めているなら、守護者の存在を隠す理由があります」

 女王がネリネの手帳を閉じた。

「セレナ」

「はい」

「オルカの動きを、昨夜から追っています。報告してください」

「昨夜、珊瑚宮の外周に、王国の正規兵ではない者が複数確認されました。オルカの私兵と思われます。今朝は姿を消していますが、この海域に留まっている可能性があります」

「評議会は?」

「オルカは今朝、緊急評議会の召集を求めています。議題は、ミルフィナ様の安全に関わる問題、と登録されています」

「ミルフィナの安全を議題にして、私たちを批判するつもりね」

「おそらく。評議会での発言権を使って、リヴィアさんたちを危険な海賊として正式に糾弾する。そうすれば、王国として対応せざるを得なくなります」

「時間を作っているのよ。冠を手に入れるための時間を」

 リヴィアが突っ込む。

「その可能性があります」

 ミルフィナが前に出た。

「母上」

「ミルフィナ」

「私が、評議会で話します」

 女王が少し目を細めた。

「評議会に出るつもりですか」

「はい。私が自分で乗ったことを、自分の口で言います。リヴィアさんが誘拐したのではないと、私が証言します。オルカの主張に、当事者として答えます」

「評議会は、あなたが慣れていない場所です。オルカは経験豊富です。言葉で圧倒される可能性があります」

「それでも、言います」

「なぜですか」

「逃げてきたとは思っていません。外を見に来ました。見ました。知りました。知ったことに責任があります。知っていて黙っていれば、逃げることになります。それは、したくありません」

 広間が静かになった。

 女王がミルフィナを見ていた。

長い間、見ていた。

「……変わりましたね」

「変わりました。でも、変わる前の私も、同じことを思っていました。言えなかっただけです」

「言えるようになったのですね」

「はい」

「誰のおかげですか」

「私のおかげです。ただ、言える場所にいられたのは、リヴィアさんの船のおかげです」

 女王がリヴィアを見た。

「シルヴェイル家の娘」

「はい」

「娘が言える場所を作ってくれたことに、礼を言います」

「作ろうとしたわけではありません。うちの船がそういう船なので」

「それでも、礼を言います」

「……ありがとうございます」

 評議会は昼に開かれた。

 珊瑚宮の評議の間は、広くて、壁に長い歴史の紋章が並んでいた。評議員は十二人。全員が人魚で、長い年月を宮殿で過ごしてきた者たちだ。

 リヴィアたちは評議の間には入れなかった。廊下で待った。

「ミルフィナが出るなら、おれたちにできることはない」

「待つしかない」

「苦手か、待つのは」

「苦手。でも、今は待つしかない」

「そうだ」

 ピピが廊下を行ったり来たりしていた。ベルが壁の珊瑚を観察していた。ネリネが手帳を読み返していた。

 リヴィアは扉を見ていた。

「たこまる」

「何だ」

「ミルフィナは、大丈夫?」

「消耗はしていない。昨夜よく眠れたし、今朝の顔色はよかった」

「体力の話じゃなくて」

「……精神的には、落ち着いている。恐れている様子はない。覚悟が決まっている顔をしていた」

「そうね。覚悟が決まってた」

「心配か」

「心配よ。でも、止めなかった。止める理由がない」

「止めれば止まったと思うか」

「止まらないと思う」

「だろうな。あいつは、言えなかっただけで、ずっと同じことを思っていたと言った。今日は、言える場所で、言える状況で、言いたいことを言う。それがあいつにとって大事なことだ」

「そうね」

「船長として、止める判断をしなかったことは、正しい」

「あなたに認められると少し安心する」

「珍しいな、素直に言うのは」

「最近、少し練習している」

「誰かさんの影響か」

「そうかもしれない」

 扉が開いた。

 セレナが出てきた。表情が、いつもより複雑だった。

「どうだった?」

リヴィアが尋ねた。

「ミルフィナ様が、最後まで話されました。オルカの主張に、全部答えました」

「内容は?」

「オルカは、ミルフィナ様が海賊に脅されていると主張しました。ミルフィナ様は、自分で乗ったと証言しました。オルカは、それは洗脳の証拠だと言いました。ミルフィナ様は、洗脳された者が甲板掃除に感動すると思うかと、評議員に問いました」

「……甲板掃除」

「評議員が少し笑いました。オルカが続けて、リヴィアさんたちが星潮の冠を盗もうとしていると主張しました。ミルフィナ様は、冠を盗もうとしているのは誰かと、オルカに直接聞きました」

「それは、かなり直接的ね」

「評議の間が静かになりました。オルカは答えませんでした。ミルフィナ様は、時計塔の記録を示して、ルーンシェル家の守護者としての歴史を述べました。そして、冠を壊そうとしている者がいるなら、それを止めるのが守護者の役目だと言いました」

「評議員の反応は?」

「賛否が分かれています。ただ、オルカへの信頼が揺らいでいる評議員が複数います。今日すぐに結論は出ませんが、オルカが評議会を完全に掌握している状況ではなくなりました」

「ミルフィナは今?」

「まだ中にいます。女王陛下と話しています」


 しばらくして、扉が開いた。

 ミルフィナが出てきた。

 疲れた顔だったが、落ち着いた顔だった。リヴィアを見て、少し息を吐いた。

「終わりました」

「お疲れ様」

「うまくできたかどうかは分かりません。でも、言いたいことは全部言いました」

「甲板掃除のくだり、セレナから聞いた」

「よかったですか」

「よかった。評議員が笑ったなら、効いてる」

「緊張して、とっさに出た言葉でした」

「とっさに出た言葉の方が、本当のことを言ってることが多い」

「そうですか」

「そうよ」

 たこまるが言った。

「ミルフィナ。消耗度合いを確認する。今の状態を、正直に言え」

「疲れました。かなり」

「正直に言えた」

「はい。練習しました」

「いつ練習した」

「今朝、一人で練習しました。正直に言う練習を」

「……そうか」

たこまるは珍しく、穏やかな声だった。

「よくやった」

「ありがとうございます」

「今日は休め。これ以上動くな」

「でも、オルカが――」

「今日は休め。おまえが倒れると、全員が困る」

「……はい」

 そのとき、廊下の奥から音がした。

 足音ではない。何かが動く音だ。水の音に近いが、もっと重い。

「何の音?」

リヴィアが尋ねた。

「分かりません」

セレナの表情が変わった。

「宮殿内でこの音は――」

 遠くで、叫び声がした。王国の兵の声だ。

「何が起きた?!」

「確認します」

セレナはそう伝えて、走った。


 数分後、戻ってきた。

「オルカの私兵が、王宮内の宝物庫に入りました。古い宝珠が、一つ保管されていました。星潮の冠の手がかりになる宝珠です。それが、持ち出されました」

「宝珠が奪われた?」

「はい。評議会の間、王宮の警備が手薄になっていました。そこを突かれました」

「オルカが評議会を利用した。時間を作るために」

「そうなります。評議会に集中させておいて、その間に動いた」

 リヴィアは拳を握った。

「オルカは今、どこに?」

「宮殿内にいません。評議会の途中で姿を消しています。私兵と合流したと思われます」

「宝珠を持って、星潮の海溝へ向かってる可能性がある」

「星潮の海溝へ行くには、準備がまだ必要なはずです。すぐには動けない」

「どのくらい時間がある?」

「分かりません。ただ、準備の段階で動きが出れば、捕捉できます」

「追う」

「船長、今の戦力で、オルカの私兵に当たるのは――」

 ネリネが突っ込む。

「追って、場所を把握する。直接当たるのは今じゃない。でも、先手を打つなら今追わないと間に合わない」

「ローザへの連絡は?」

 ネリネが確認する。

「信号を出す。合流できれば、戦力が増える」

「私も動きます。女王陛下からの許可を得ます」

 セレナが言った。

「許可が出るの?」

「出ます。女王陛下は、今日の評議会でオルカへの疑念を持ちました。宝珠が奪われた事実があれば、動く理由になります」

「急いで」

「はい」

 セレナが走った。

 ミルフィナが呼んだ。

「リヴィアさん」

「何」

「私も行きます」

「今日は休めと、たこまるが言った」

「でも、守護者として――」

「ミルフィナ」

「はい」

「今日は休む。追跡は初日だから、体力を温存する方が大事よ。これから長くなる」

「でも――」

「守護者として動くなら、万全の状態で動いてほしい。今の状態で無理をしたら、本当に必要な時に動けなくなる」

 ミルフィナが立ち止まった。

「……それは、正しいです」

「だから今日は休む。わたしたちが追跡する。情報を持って戻ってくる。その後、一緒に動く」

「約束しますか?」

「約束する。情報を持って戻ってくる」

「……分かりました」

ミルフィナはそれから少し間を置いた。

「リヴィアさん」

「何」

「戻ってきてください」

「戻る」

「約束しましたね」

「約束した」

「では行ってください」

 リヴィアが動こうとした時、ミルフィナが言った。

「もう一つだけ」

「何」

「今日、評議の間で、緊張した時にリヴィアさんのことを考えました」

「わたしのことを?」

「岩礁の中でも舵を離さなかった、という話を、自分に言い聞かせました。それで、言えました」

「……うちの船の話が、役に立ったのね」

「役に立ちました」

「じゃあ、また役に立てるように、戻ってくる」

「はい」

 リヴィアが走った。

 たこまるがついてきた。ネリネがついてきた。ピピもついてきた。ベルもついてきた。

 廊下を抜けて、宮殿の外に出た。

 海の底から、上を見ると、遠くに光が見えた。シーラビット号の灯りだ。

「行くぞ」

たこまるが言った。

「行く!」

リヴィアが叫んだ。

 珊瑚宮の外、海の底から、一行は上へ向かった。


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