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ポンコツ海賊令嬢と人魚姫のドタバタ航海記――この恋、沈没寸前です!――  作者: 明石竜


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13/23

Voyage 13 珊瑚宮からの招待状

 深海図書館を探して二日が経った朝、ミルフィナが甲板に出てきて伝えた。

「手紙が来ました」

 手のひらに、小さな貝殻が乗っていた。螺旋状の貝殻で、内側が淡く光っている。王国の伝令に使われる貝殻だと、ミルフィナが説明した。

「海流に乗せて届ける方法があります。場所さえ分かれば、どこへでも届きます」

「誰から?」

リヴィアが尋ねた。

「母です」

 全員が少し止まった。

「女王陛下から」

ネリネが尋ねた。

「はい」

「内容は」

「読んでいいですか」

「どうぞ」

 ミルフィナが貝殻を開いた。内側に、細かい文字が光っていた。人魚の文字だ。ミルフィナが読んだ。声には出さなかった。

 少し間があった。

「招待状です。珊瑚宮へ、私とリヴィアさんたちを招くと書いてあります」

「招く? 捕まえに来るのとは違う?」

「違います。正式な招待です。礼儀に則った形で、客として迎えると書いてあります」

「罠じゃないの」

「……母が、罠を使う人かどうかは、分かりません。でも、この招待状の形式は、正式なものです。偽造はできません」

「なぜ」

「王国固有の魔法が込められています。女王本人が書かなければ、この光は出ません」

 リヴィアは腕を組んだ。

「行くつもり?」

「……話したいです。母と」

「危険かもしれない」

「危険でも、話したいです。王宮のことを、自分の口で伝えたい。オルカのことも」

「オルカの話を女王にするのは、リスクがある。オルカが先に動くかもしれない」

「動く前に伝えたい。だから今です」

 リヴィアはたこまるを見た。

「どう思う」

「罠の可能性はある。ただし、女王が直接動いたなら、オルカと独立して判断している可能性もある。女王がオルカと同じ方向を向いているとは限らない」

「女王はオルカについて知ってる?」

リヴィアがミルフィナに尋ねた。

「分かりません。知っていれば、動いているはずです。知らないから、まだオルカが動けているのかもしれません」

「だとしたら、女王に伝えることで状況が変わる可能性がある」

「はい」

「……行く。ただし、全員で行く。ミルフィナ一人を王宮に送り込むのは、駄目」

「全員で来ていいと、招待状に書いてあります」

「じゃあ決まり。ローザへの連絡は?」

「信号で伝えます」

ネリネが答えた。

「合流地点の変更と、珊瑚宮へ向かうことを知らせます。ローザなら状況を判断してくれるでしょう」

「そうね。連絡して」

 珊瑚宮への道は、ミルフィナが案内した。海流に乗る形で進む。普通に航行するより速い。

もっとも、ここへ来るまでに寄り道も多かった。当初の予定より航海は長くなっている。以前ならネリネが食費の帳面を開いて青い顔をするところだったが、今はローザが資金を出してくれたおかげで、しばらくは何とかなりそうだった。


 二日かけて、珊瑚宮の上の海域に着いた。

 そこで、シーラビット号を停めた。珊瑚宮は海底にある。船では行けない。ミルフィナが水中に入って、王国側に連絡を入れた。

 しばらくして、海面に王国の迎えが現れた。

 セレナだった。

「来るとは思いませんでした」

セレナはリヴィアを見て、それだけ言った。

「招待状が来たから」

「それだけで来るのですか」

「ミルフィナが行くと言ったから」

「……」

セレナは少し黙った。

「ミルフィナ様、お体に変わりはありませんか」

「変わりありません。元気です」

「それは確認しました」

「何度でも確認してください」

「します」

セレナはそう言って、リヴィアを見た。

「今回は、案内役として参ります。戦闘の意図はありません」

「分かった」

「ただし、王宮内での行動には制限があります。案内なしに動くことは認められません」

「分かった」

「従っていただけますか」

「従う。ただし、ミルフィナと一緒にいる」

「ミルフィナ様の護衛として、動くということですか」

「乗組員の確認として、動く」

 セレナが少し複雑な顔をした。

「……では、参りましょう」

 珊瑚宮への移動は、ミルフィナの魔法で行った。全員が水中で息ができるようになった。海底まで降りると、広い建物が広がっていた。

 珊瑚でできた宮殿だった。白とピンクと赤が混じった色で、いたるところが光っていた。魚が宮殿の周囲を泳いでいて、海草が柱の周りを飾っていた。

「きれいですね。久しぶりに見ました」

「外から見るのと、どう違う?」

「……同じです。でも、今は少し遠く感じます」

「戻ってきたのに?」

「戻ってきたから、かもしれません」

 宮殿に入った。

 内部は広く、天井が高かった。柱が並んで、その間に光が揺れている。床は滑らかな石で、足音が響いた。

 リヴィアは歩きながら、滑らないように注意した。靴底が石に対して、あまり相性がよくない。

 一歩、二歩、三歩で、滑った。

「ひゃっ」

「船長!」

ピピが叫んだ。

 ミルフィナが反射的に腕を取った。リヴィアが体勢を立て直した。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。床が滑る」

「石が磨かれているので」

「もう少し滑らない素材にしてほしい」

「王宮の床に要望を出す海賊は、あなたが初めてだと思います」

「だと思う」

 セレナがそれを見て、小さく息を吐いた。呆れているのか、困っているのか、少し判断が難しい顔だった。

「すごいですね、船長! 床までぴかぴかで!」

「滑る床に感動しないで」

 ピピは目を輝かせたまま、柱の模様を見上げていた。

「柱の間、走ったら楽しそうです!」

「走らない」

 ネリネが、駆け出しかけたピピの腕を掴んだ。

「まだ走ってません!」

「“まだ”が一番危険です」

 その横で、ベルが壁の珊瑚に手を当てていた。

「……硬い」

「触らないでください」

 セレナが注意する。

 ベルは手を離して、真顔でうなずいた。

「丈夫です」

「強度の報告を求めたわけではありません」

「……そうですか」

「そうです」


 たこまるが、リヴィアの頭の上で足を組んで、ぐるりと宮殿を見回した。

「広いな」

「広い。食事も豪華なんでしょ、たぶん」

「食材には期待する」

「料理人魂が出てきた」

「いつでも出ている」

 広間に通された。

 広間の奥に、玉座があった。玉座に、人魚が座っていた。

 ミルフィナと同じ銀青色の髪だったが、もっと落ち着いた色だった。年齢は四十代に見える。目が静かで、深い。背筋が真っすぐで、座っているだけで、この場の空気を整えているような存在感があった。

 女王マリシェル、とミルフィナが小声で言った。

「ミルフィナ」

女王が呼んだ。

「お久しぶりです、母上」

「元気そうですね」

「はい」

「そちらの方々が、あなたを乗せていた海賊ですか」

「乗せていただいていました。誘拐ではありません」

「分かっています」

女王はそう言って、リヴィアを見た。

「リヴィア・シルヴェイル」

「はい」

「シルヴェイル家の娘ですね。お父上とお母上のことは、話に聞いています」

「……ありがとうございます」

「ミルフィナを守ってくれましたか」

「守ったり、守られたりしました」

 女王が少し目を細めた。

「正直な答えですね」

「事実がそうなので」

「シルヴェイル家の方は、強がりが多いと聞いていました。あなたは少し違うようですね」

「強がりですよ。ただ、母上、と言われると正確に答えたくなります」

「なぜですか」

「ミルフィナが正直に答える人と話す姿を、見ていたので」

 女王がミルフィナを見た。ミルフィナは穏やかに女王を見ていた。

「ミルフィナ、あなたは外で、どうでしたか」

「楽しかったです」

「楽しかった」

「はい。本で読んでいたものが、全部本物でした。海賊船の甲板掃除も、港町の市場も、空飛ぶクラゲも、幽霊船のレストランも」

「危険ではありませんでしたか」

「危険でした。時計塔が崩れた時は、怖かったです」

「なぜそれを正直に言えますか」

「ここでは言えると思っているからです」

「ここ、というのは」

「この船が、という意味です。王宮では言えませんでした。でも、リヴィアさんの船では言えます」

 女王がリヴィアを見た。

「あなたの船では、そう言えるのですか」

「うちは騒がしいので。みんなが勝手に言いたいことを言っているから、ミルフィナも言いやすかったのかもしれません」

「それを作ろうとしたわけではない?」

「していません。ただ、うちはそういう船なので」

「……そうですか」

 女王が少し黙った。広間に波の音に似た音が響いた。珊瑚宮の魔法が作り出す音らしかった。

「リヴィア・シルヴェイル。あなたは、ミルフィナをどこへ連れていくつもりですか」

 リヴィアは、正確な答えを探した。

「……今は、星潮の冠の手がかりを追っています。その道で、一緒に動いています」

「冠を見つけたあとは」

「分かりません」

「分かりません、とは」

「ミルフィナ自身が決めることだと思っているので、わたしが決める話ではありません」

「娘の行く先を、あなたは決めないと言っている」

「決める立場にありません」

「では、娘が王宮に戻ると言ったら、戻すのですか」

「ミルフィナが戻ると言えば、戻るでしょう」

「あなたは、引き止めないのですか」

 リヴィアは少し間を置いた。

「……引き止めたい気持ちはあります。でも、それはわたしの話で、ミルフィナの話ではありません」

 女王がまたミルフィナを見た。

「ミルフィナ、この海賊は正直ですね」

「知っています」

「あなたが言えるようになったのと、関係がありますか」

「あると思います」

「どういう関係ですか」

「正直でいる人の近くにいると、正直でいやすくなります」

 女王が目を細めた。

「……あなたは、外で少し変わりましたね」

「変わりましたか」

「以前は、質問に対してこれほど真っすぐに答えなかった」

「質問をされなかったことが多かったです。王宮では、答えが決まっている質問が多かったので」

「そうでしたか」

「はい」

 沈黙が落ちた。

 それを破ったのは、ピピだった。

「あのー!」

 全員が振り向いた。ピピが手を上げていた。

「お腹が空きました! 晩ご飯とかありますか!?」

 セレナが目を閉じた。リヴィアが「ピピ!」と叫んだ。ネリネが「黙っていてください」と言った。

 女王が、少し表情を動かした。

 笑っていた。小さく、でも確かに笑っていた。

「騒がしい船ですね」

「申し訳ありません」

リヴィアが頭を下げた。

「謝らなくていいです。ミルフィナが言った通りの船だと分かりました。食事を用意しましょう」

 食事は豪華だった。

 深海の魚、珊瑚の実、海草の料理、発光する羊羹に似た甘いもの。皿も器も、全部が珊瑚か貝殻でできていた。

 たこまるが、料理を一口ずつ全部試した。無言で、真剣な顔で。

 そのあと、「うまい」と言った。

「ありがとうございます」

給仕の人魚が笑みを浮かべる。

「誰が作った」

「王宮の料理人ですが」

「腕がある。素材の扱いが、おれのとは違う方向で正確だ」

「お褒めいただき光栄です」

「褒めていない。観察している」

「……そうですか」

 ピピが次々に食べた。ベルが一皿ずつ丁寧に食べた。ネリネが量と種類を計算しながら食べた。

 リヴィアは食べながら、女王を見た。女王は食事をしながら、ミルフィナと話していた。声は小さくて聞こえなかった。でも、ミルフィナが答える顔は、落ち着いていた。王宮にいる時より、少し楽そうだった。

「リヴィアさん」

セレナが隣に来た。

「何?」

「少し話せますか」

「どうぞ」

「オルカ宰相について、何か知っていますか」

 リヴィアは少し考えた。ここで話すべきかどうか。でも、セレナが聞いてきたなら、セレナ自身も何か感じているはずだ。

「知っていることがあります。どうして聞くの?」

「オルカからの命令に、納得できないものが増えています。ミルフィナ様を連れ戻すだけでなく、リヴィアさんを拘束せよという命令がありました。しかし、その理由が説明されませんでした」

「理由を求めたの?」

「求めました。命令に従うのが私の役目ですが、理由なき命令には疑問を持ちます。オルカは、リヴィアさんが王国の宝珠を狙っていると言いました。でも」

「でも?」

「ミルフィナ様が笑っていました。甲板掃除をして、笑っていました。脅されていた人間の顔ではありませんでした。それから、ずっと考えています。オルカの説明が正しいのか、と」

「オルカが嘘をついているかもしれない」

「かもしれない、と思っています」

「……オルカは、星潮の冠を求めています。海と陸を閉ざすために」

 セレナが黙った。

「冠には三つの鍵がある。ミルフィナがその守護者の家系です。オルカはミルフィナを王宮に閉じ込めることで、守護者が冠に近づくのを防ごうとしている可能性があります」

セレナは黙って続きを待った。

「ローザという海賊からの情報で、信頼できる筋から来ています。確定ではないけれど、整合性がある」

「女王陛下は、ご存知ですか」

「たぶん知らない。だから、招待状を出したのかもしれません。状況を把握しようとして」

「……報告すべきですね」

「そうだと思う」

「ただし、私が報告しても、オルカを通じた反論が来ます。オルカは評議会での発言力が高い」

「ミルフィナが証言する」

「ミルフィナ様の証言だけでは、不十分かもしれません。王族が評議会で宰相を弾劾するには、複数の証拠が必要です」

「時計塔の記録があります。ルーンシェル家が守護者の家系だという記録が、石板に残っていました」

「……それは、重要です」

「ネリネが書き留めています。必要なら提供できます」

 セレナが少し間を置いた。

「リヴィアさん」

「何」

「あなたを、誘拐犯として追っていました」

「知ってる」

「今も、命令上はそうです」

「知ってる」

「でも、今は、違う判断をしています。個人として」

 セレナは言う。

「どんな判断?」

「あなたは、ミルフィナ様の敵ではない、という判断です」

「そうね。敵じゃないわよ」

「……遅い判断でした」

「早くなくていい。気づいた時でいい」

「そう言えますか」

「言える。わたしも、自分の間違いを認めるのが遅かったことが、最近あったから」

 セレナが、少し表情を変えた。柔らかくなった、とは言い切れないが、少し違う顔になった。

「……そうですか」

 食事が終わったころ、ネリネがリヴィアを呼んだ。

「船長」

「何」

「広間の外に、人の気配があります。王国の兵ではない動きです。オルカの私兵の可能性があります」

「オルカがここに来てる?」

「本人かどうかは分かりません。でも、私たちの動きを把握しているかもしれません」

「女王への報告を阻もうとしているか」

「それが一番可能性が高いです」

 リヴィアはミルフィナを見た。ミルフィナと女王の会話が続いていた。

「今夜は動かない。招待客として、普通に過ごす。明日、女王への報告と、オルカへの対応を同時に動かす」

 リヴィアは伝える。

「同時に、というのは」

「オルカが動く前に、女王がオルカの行動を把握する。そのために、セレナと協力する」

「セレナ隊長を信頼しますか」

「信頼する。さっき話した。腑に落ちている人間の顔をしていた」

「……分かりました」

 夜になった。

 珊瑚宮に、客室が用意された。リヴィアたちが泊まる部屋だ。天井が珊瑚で、壁が薄く光っていた。

 全員が部屋に入った。

 ミルフィナがリヴィアの部屋に来た。

「リヴィアさん」

「何」

「母と話しました」

「どうだった?」

「……思ったより、聞いてくれました」

「よかった」

「外で見たことを、話しました。甲板掃除のことも、クラゲの島のことも、時計塔のことも。全部」

「聞いてくれた?」

「最後まで聞いてくれました。王宮にいた時は、途中で止められることが多かったです。でも今日は、最後まで」

「変わったのかもしれない。お母さんが」

「私が変わったのかもしれません。話し方が変わっていれば、聞いてもらえることも変わります」

「どっちもかもしれない」

「そうかもしれません」

 リヴィアは壁の光を見た。

「明日、オルカのことを女王に伝える。セレナも動く。うまくいくかは分からないけど、やる」

「はい」

「危なくなったら、すぐに逃げる。珊瑚宮であっても、ミルフィナの安全が先」

「リヴィアさんの安全も先です」

「わたしは大丈夫」

「二人とも先です」

「……分かった。二人とも先」

「はい」

 ミルフィナが部屋を出る前に、振り返った。

「リヴィアさん、今日の母への答え、聞いていました」

「どの答え?」

「引き止めたい気持ちはある、でも、ミルフィナの話だと言っていたところです」

「……聞こえてたのね」

「はい」

「恥ずかしい」

「なぜですか」

「正直すぎることを言ったから」

「正直で、よかったです。私は、嬉しかったです」

「嬉しかった?」

「はい」

「引き止めたいって言ってただけよ」

「それが、嬉しかったです」

 リヴィアは視線を逸らした。

「……おやすみ」

「おやすみなさい、リヴィアさん」

 扉が閉まった。

 珊瑚宮の光が、穏やかに揺れた。

 たこまるが帽子の中から言った。

「引き止めたいと言った。正直になったな」

「うるさい。聞いてたの?」

「いつでも聞いている」

「プライバシーは?」

「高貴なる深海知性体に、そういう概念は薄い」

「ないのね」

「ない。ただ」

「何」

「よかった」

「何が」

「正直に言えた。それがよかった」

 リヴィアは何も言わなかった。

 珊瑚宮の夜は、静かだった。海の底の静けさで、波の音もない。ただ、壁の光が穏やかに揺れていた。

 明日、動く。今夜は、それだけを決めて、眠った。


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