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ポンコツ海賊令嬢と人魚姫のドタバタ航海記――この恋、沈没寸前です!――  作者: 明石竜


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12/23

Voyage 12 たこまる、家出する

 翌朝、喧嘩になった。

 発端は、リヴィアの作戦だった。

 深海図書館を探すにあたって、リヴィアはひとつの案を出した。シーラビット号とヴァーミリオン号が別々の海域を探し、信号で連絡を取り合う。効率がいいし、広い範囲を同時に当たれる。そこまでは問題なかった。

 問題は次だった。

「図書館を見つけたら、ミルフィナに潜ってもらって、中の古文書を確認する。時間が限られてるから、見つけ次第すぐに入る。準備は省く」

「準備を省く、というのは」

たこまるが尋ねた。

「体力的に問題なければ、すぐに動く」

「昨日、時計塔で消耗した」

「今日は別の日よ。一日休んだ」

「一日で回復する消耗量ではなかった」

「ミルフィナ本人に聞けばいい。大丈夫なら――」

「聞くな」

「なんで?」

「あいつは大丈夫だと言う。自分が消耗していても。王宮でずっとそうしてきた。疲れたと言えない場所にいた。だから、本人に聞いても正確な答えが返ってこない可能性がある。船長が判断しなければならない」

「じゃあ、わたしが見て判断する」

「おまえの見立ては甘い。昨日の夜の顔色を、おまえは大丈夫と判断したか」

「大丈夫に見えた」

「おれには消耗が残っていた。まだ戻り切っていなかった」

「それは」

「おまえが見たいものを見る癖がある」

 そう言われ、リヴィアはぴくりと反応した。

「どういう意味よ」

「問題がないと思いたいから、問題がないように見てしまう。ミルフィナに対して、特に」

「そんな癖はない」

「ある」

「ないわよ」

「ある。認めろ」

「ないと言ってる」

「では聞くが、昨日、ミルフィナとローザが話していた時間、ミルフィナを何回見た」

「……確認のために見た」

「何回見た」

「数えてない」

「嘘をつくな。分かってて数えなかっただけだ」

「関係ない話よ」

「関係ある。おまえはミルフィナのことを、よく見ているようで、見たいように見ている。それが今回の作戦にも出ている。大丈夫だと決めてから、判断している」

 リヴィアは腕を組んだ。

「わたしの判断は間違ってるって言いたいの」

「間違っている可能性がある、と言っている」

「たこまるに指摘される筋合いはない」

「ある」

「ない。わたしが船長よ」

「だから言っている。船長が判断を誤ると、全員が困る」

「誤ってない」

「誤っている可能性がある、と言っている。同じことを繰り返させるな」

「うるさい。もういい」

「よくない」

「もういいって言ってる!」

 たこまるが足を止めた。

 リヴィアも止まった。

 甲板に、沈黙が落ちた。ネリネとピピとベルが、距離を置いて立っていた。ミルフィナも、少し遠くで聞いていた。

「……おれを、便利な足八本の雑用係だと思うな」

 たこまるの声は、さっきより低かった。

「料理して、操舵して、墨吐いて、突っ込んで。それがおれの役目だと思うなら、違う。おれはリヴィア、おまえのことを心配して言っている。その言葉を聞けないなら」

「聞いてる」

「聞いていない。うるさいと言った」

「……それは」

「いい」

 それだけ言って、甲板の縁に向かった。

「待って」

「いい」

「どこ行くの」

「少し出る」

「出るって、海よ」

「分かってる」

「あなた、陸にいられないわよ。水の中は――」

「人魚じゃないが、水には入れる。しばらく一人でいる」

「たこまる」

「呼ぶな」

 たこまるが、甲板から海に落ちた。落ちた、というより、自分で飛び降りた。小さな水音がして、消えた。

 リヴィアは縁から海を見た。たこまるの姿は見えなかった。

 甲板がしばらく静かだった。

「……行ってしまいましたね」

ミルフィナは苦笑いを浮かべていた。

「うん」

「追いますか」

「海の中には追えない。たこまるの方が速い」

「では、待ちますか」

「……待つしかない」


 ネリネが冷静に言った。

「船長。たこまるさんの言っていたことは、筋が通っていました」

「分かってる」

「であれば」

「分かってるって言ってる」

「……はい」

 リヴィアは操舵輪を握った。

 誰も何も言わなかった。波の音だけが続いた。

 一時間ほどして、ピピが叫んだ。

「あ! たこまるさん!!」

 指差した先、シーラビット号から百メートルほど離れた場所に、小さな浮島があった。浮島というより、岩が一つ、海面から出ているだけだ。その上に、丸い影があった。

「たこまるだわ」

「行きますか」

ミルフィナが尋ねた。

「ボートで近づけるか確認する」

 岩に近づくと、たこまるは岩の上で八本の足を折りたたんで丸まっていた。目は開いていたが、こちらを見なかった。

「たこまる」

「……帰れ」

「帰れないわよ。あなたを置いて行けない」

「置いていけばいい。ここで干物になる」

「ならないわよ。岩の上にいれば乾かない。潮が来たら流される」

「流されてもいい」

「よくない」

「おれが決める」

「わたしの船の乗組員でしょ」

「船を降りた」

「降りてない。飛び降りただけ」

「……屁理屈を言うな」

 リヴィアはボートを岩に寄せた。

「屋台で皿洗いをしていたって聞いた。港町でもないのに、ここで何をするつもりだったの」

「……ここには屋台はない」

「そうね」

「見つからなかった」

「岩の上で干物になる予定だったのね」

「そうだ」

「やめて」

「おれが決める」

「わたしが決める。乗組員のことは、船長が決める」

「間違えた判断をする船長の言うことを聞く理由はない」

「間違えた。認める」

 たこまるが少し動いた。足の一本が動いた。

「認めるの?」

「認める。あなたの言う通りだった。ミルフィナの状態を、見たいように見ていた。大丈夫だと思いたかったから、大丈夫に見えた」

「……」

「昨日の夜、ミルフィナが疲れが残っていると言った時も、すぐに大丈夫かを確認しなかった。あなたに言われるまで動かなかった」

「それは」

「あなたが突っ込んだから、気づけた。今回も、あなたが言わなかったら、作戦をそのまま進めていた。それは間違いだった」

 たこまるがリヴィアを見た。

「分かっていて、なぜうるさいと言った」

「……怖かったから」

「何が怖い」

「自分の判断が間違っているって認めるのが、怖い。船長だから。間違えたら、全員に関わるから。だから、指摘されると、反射的に否定した」

「それは分かる。でも、おれは雑用係じゃない」

「分かってる」

「おまえのことを心配して、言った」

「分かってる」

「うるさいと言われると、心配した甲斐がない」

「……ごめん」

 たこまるは目を見開いた。

「謝るのか」

「謝る。あなたの言葉を、うるさいと遮った。それは間違いだった。ごめん」

 岩の上で、たこまるが丸まったままでいた。波が岩を叩いた。

「……まあ、おまえが謝るのは、珍しい」

「滅多に言わないわよ。大事な時だけ」

「今が大事な時か」

「そうよ。あなたが岩の上で干物になりかけてる。大事な時でしょ」

「干物になりかけてはいない」

「なりかけてる」

「……」

「戻って。お願い」

 たこまるが足を伸ばした。

「お願い、とも言えるようになったか」

「滅多に言わない」

「今日は大事な時だから?」

「そうよ」

 たこまるがゆっくりと立ち上がった。岩の上で、少し伸びをした。

「戻ったとして、作戦はどうする」

「変える。ミルフィナの状態を、あなたと一緒に確認してから判断する。あなたの見立ての方が正確だから」

「おれを頼るのか」

「頼る。高貴なる深海知性体の判断を、借りる」

「……借りる、ではなく、参考にする、という形が正しい」

「分かった。参考にする」

「おれが言ったことを全部正解とするのも違う。判断するのは船長だ。ただ、おれの見立てを無視するな」

「無視しない。約束する」

 たこまるがボートに飛び移った。

「帰るか」

「帰ろう」

 ボートをシーラビット号に戻した。

 甲板に上がると、全員が待っていた。ミルフィナが一歩前に出た。

「たこまるさん」

「なんだ」

「さっき、私のことを心配してくれていたと、聞こえていました」

「聞こえていたか」

「はい。ありがとうございます」

「礼を言うな。当然のことだ」

「当然でも、ありがとうございます。私は、自分の状態を正確に伝えるのが、あまり得意ではありません。これからは、正直に言います。消耗した時は、消耗したと言います」

「それでいい」

「私も、たこまるさんの見立てを頼りにします。私自身より、正確に分かることがあると思います」

「分かる。おれの方が、外から見えるものがある」

「はい」

 たこまるがリヴィアを見た。

「飯にしろ。腹が減った」

「干物になりかけてたから?」

「岩の上にいたら空腹になった。それだけだ」

「分かった。たこまる、作って」

「おれが作るのか」

「高貴なる深海知性体の料理が食べたい」

「……まあ、いい」

 たこまるが厨房に向かった。

「私が作ります」

 ネリネがすぐについていく。

「おれがやる」

「今日は私が」

「昨日もそう言った」

「昨日はあなたが勝手に作りました」

「うまかっただろ」

「……それは否定しません」

リヴィアは、そのやり取りを聞いて、少しだけ息を吐いた。

 ピピが走り回り始めた。ベルが黙って甲板の修理を再開した。

 リヴィアはミルフィナの隣に立った。

「聞こえてたのね」

「はい。全部」

「恥ずかしい」

「なぜですか」

「ごめんなさいなんて、あまり言わないから」

「言えていました。かっこよかったです」

「かっこよくない。失敗したのよ」

「失敗して、認めて、謝れる人は、かっこいいです」

「そういうもの?」

「そういうものです。本にも書いてありました」

「海賊小説に?」

「はい。主人公が仲間に謝る場面がありました。その後、仲間との絆が強くなりました」

「……そういう展開ね」

「今日も、そうなると思います」

「なるといいけど」

「なります」

ミルフィナは迷いなく言った。

 リヴィアは空を見た。

「あなたの状態、ちゃんと確認するようにする。見たいように見るんじゃなくて、ちゃんと」

「ありがとうございます」

「消耗してる時は言って。たこまるの見立てと合わせて、判断する」

「はい」

「約束よ」

「約束です」

 厨房からたこまるの声が聞こえた。

「リヴィア、さっきの作戦だが、変えるにしても方向性は間違っていなかった。ミルフィナの状態を確認してから、同じ方針で動けばいい。根本は正しかった」

「……そう言ってくれるの」

「間違いは間違いとして指摘したが、全部が間違いだったとは言っていない。正しい部分は正しいと言う」

「ありがとう」

「礼を言うな。当然のことだ」

「当然でも言う」

「……勝手にしろ」

 ミルフィナが小さく笑った。

「やさしいですね」

「やさしくない」

「やさしいです」

「やさしくない」

「やさしいです」

「……飯ができたら呼ぶ。待ってろ」

 シーラビット号に、いつもの声が戻った。波の音と、厨房の音と、ピピの声と、ネリネとたこまるの言い合いと。

 リヴィアは操舵輪を握った。今日は必要があって握った。

 前を向いた。水平線が見えた。

 まだ先がある。深海図書館も、星潮の冠も、三つの鍵も。分からないことだらけだ。

 でも、いつもそうだった。分からないまま進んでいる。それで今日まで来た。

「行くわよ」と小さく言った。

 波が答えるように、シーラビット号を揺らした。

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