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ポンコツ海賊令嬢と人魚姫のドタバタ航海記――この恋、沈没寸前です!――  作者: 明石竜


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11/23

Voyage 11 海賊少女、嫉妬する

 鏡海を抜けた翌日の朝、ローザの船が現れた。

 ヴァーミリオン号はシーラビット号の右舷に並んで、ローザが甲板から手を振った。やたらと様になる手の振り方だった。

「また会ったわね」

「また会った。なんで来たの」

「言ったでしょ。情報を共有する約束をした」

「こっちから連絡するつもりだったけど」

「待ってられなかったのよ。こちらから動いた方が早いと思って」

ローザは視線をミルフィナに移した。

「おはよう、ミルフィナ。元気そうね」

「おはようございます。ローザさんも」

「会うたびに思うけど、あなたは感じがいいわね」

「ありがとうございます」

「リヴィアと正反対だわ」

「そんなこと言わないで!」

リヴィアが叫んだ。

「事実を言っただけよ」

「わたしだって感じいい!」

「……まあ、あなたはあなたで、いいところがあるわね」

「褒め方が雑すぎる!」

 たこまるが帽子から顔を出した。

「ローザ。情報があるなら、さっさと言え。朝から騒がしい」

「そうね」

ローザの声が少し変わった。

「乗り込んでいい? 話しやすい方がいい」

「来なさい」

 ローザが小舟でシーラビット号に移ってきた。全員が甲板に集まった。

「オルカについて、新しい情報が入った。私の情報網から。信頼できる筋よ」

「どんな情報?」

「オルカは、星潮の冠の在処をすでに絞り込んでいる。星潮の海溝という場所に、冠が眠っていると考えているらしい」

「星潮の海溝」

「世界で最も深い海域のひとつ。空と海の境界が最も薄い場所と言われている。そこに、冠が眠っているという伝説が古くからある」

「オルカはそこへ向かってる?」

「準備を進めている。ただし、まだ動いていない。冠を使うために、何かが足りないらしい」

「三つの鍵のことかもしれません」

ミルフィナがそう言うと、ローザが少し目を細めた。

「鍵を知っているの?」

「時計塔で記録を読みました。冠は三つの鍵によって守られている。分断を望む者には使えない。ただし、壊せば力を取り出せる可能性があります」

「壊す、か。オルカが急いでいる理由が分かった。使えないなら壊す。その準備を進めているのかもしれない」

「壊されたら、どうなるの?」

リヴィアが尋ねた。

「分からない。でも、冠の力が制御できない形で解放されるとしたら、海流が乱れる。大規模に」

「海と陸の航路が断絶する?」

「最悪の場合は、そうなる可能性がある」

 甲板が静かになった。

 ミルフィナが口を開いた。

「私の一族は、冠の守護者でした。記録にそう書いてありました。でも、今の王宮ではそれが伝わっていない。あるいは、隠されている」

「オルカが隠したのかもしれないわね。守護者がいると分かれば、冠に近づきにくくなる。だから、その記録を消した」

「そういうことかもしれません」

「あなたが守護者なら、冠を守る鍵のひとつが、あなたにある」

「そう読めます」

「ならば、オルカはあなたを連れ戻したい理由がもう一つある。ミルフィナを王宮に閉じ込めておけば、守護者として冠に近づけない」

 リヴィアが腕を組んだ。

「セレナへの追加命令が、拘束だった理由がそれかもしれない」

「おそらく」

「ミルフィナを押さえておきたい。だから、わたしたちを捕まえようとした」

「そういうことね」

ローザはそう言い、ミルフィナを見た。

「大変なことに巻き込まれたわね」

「巻き込まれたとは思っていません。自分で来ました」

「そうね。あなたはそういう人ね」

ローザが少し笑った。

「いいと思う。そういう人の方が、面白い」

 ローザがミルフィナの近くに移動した。地図を広げて、説明しながら話した。ミルフィナが頷きながら聞いた。

 リヴィアはそれを見ていた。

 別に、何でもない。ただ見ていた。

「……」

「船長」

たこまるが耳元で囁いた。

「何」

「海より分かりやすいと言ったが、今日は特に分かりやすい」

「何が」

「顔が」

「どんな顔してる」

「眉の間に皺がある」

「考えてるから」

「何を」

「航路のことを」

「ローザとミルフィナが地図を見ながら話しているのに、航路を考えるなら自分も地図を見るはずだ」

「……」

「でも、おまえは地図を見ていない」

「見てる」

「どこを見てる」

「地図を」

「ミルフィナを見てる」

「見てない」

「見てる」

 リヴィアは視線を逸らした。

「見てたとしても、それは確認よ。乗組員の確認」

「乗組員の確認を、あの顔でするのは珍しい」

「どんな顔よ」

「面白くない顔」

「面白くなくはない」

「面白くない顔だ」

「……うるさい」

 ローザが笑う声がした。ミルフィナが何か言って、また笑う声がした。

 リヴィアは前を向いた。前を向いて、全然別のことを考えた。次の航路のこと、深海図書館の場所のこと、食費のこと、帆の黒ずみのこと。

 全然別のことを考えたが、どうしても耳が向こうの会話を拾った。

 ローザの声だった。

「リヴィアは昔から強がりなのよ。きっと今も、何か一人で抱えてる」

「分かります。でも、少しずつ言えるようになっています」

「そう?」

「はい。ここでは言えると、思ってくれているようです」

「あなたのおかげかもしれないわね」

「リヴィアさんの船だからだと思います」

「どっちもじゃない?」

「……そうかもしれません」

 リヴィアは舵を握った。握る必要はなかったが、握った。

「……」

「不機嫌が悪化した」

たこまるが突っ込んだ。

「不機嫌じゃない」

「悪化した」

「してない」

「ローザとミルフィナが話すたびに悪化している。これは記録だ」

「記録しなくていい」

「貴重なデータだ」

「捨てて」

 ローザが戻ってきた。リヴィアの隣に立った。

「情報を整理したわ。次は深海図書館でしょ。私も情報を持っている」

「どんな情報?」

リヴィアは努めて普通の声で尋ねた。

「クジラの移動パターンに規則性がある。今の季節なら、東の外海に出ている可能性が高い。具体的な場所は、海流を読まないと分からないけど」

「ミルフィナが海流を読める」

「ならば、二人で協力すれば見つかるかもしれない。ただし、私も一緒に行く」

「なんで?」

「深海図書館には、私も用事がある。古代海図の原本があると聞いた。それを見たい」

「……別行動じゃダメ?」

「同じ場所に行くなら、一緒の方が効率がいいでしょ。非効率な別行動を好む理由がある?」

 リヴィアは答えられなかった。論理的には、ローザの言う通りだ。一緒に行った方が効率がいい。それは分かる。

「……分かった。一緒に行く」

「いい返事ね」

ローザはそう言って、またミルフィナの方を見た。

「ミルフィナ、海流の読み方を教えてもらえる? この海域の特性を知りたいの」

「もちろんです」

 二人が船首の方へ歩いた。

 たこまるが言った。

「おまえ、今、何かを我慢しているな」

「我慢してない」

「してる。何を我慢してる」

「何もしてない」

「リヴィア」

「何よ」

「ローザが何かを盗もうとしているか」

「……してない。ローザはそういう人じゃない」

「ミルフィナが嫌な思いをしているか」

「してない。楽しそうにしてる」

「では何が問題だ」

「問題はない」

「では、なぜ面白くない顔をしている」

 リヴィアは黙った。

「面白くない顔をしているのに、理由がないはずがない。ただし、理由は本人が一番よく分かっているはずだ。おれは知らない」

「知らないなら言わなくていい」

「ただ、一つだけ言う」

「何」

「分かってることを、自分に嘘をついて誤魔化してると、あとで面倒になる」

「何が分かってるって?」

「おれは言わない。おまえが知ってることだ」

 たこまるが帽子に戻った。

 リヴィアは前を向いた。

 船首で、ミルフィナとローザが並んで海を見ていた。ミルフィナが何かを説明して、ローザが頷いていた。ミルフィナは、誰に対しても同じように話す。距離を置かない。警戒しない。それがミルフィナという人間だ。

 分かっている。

 分かっているが、面白くなかった。

 面白くない理由も、分かっていた。

「……面倒ね」

リヴィアは小声で呟いた。

「何が面倒?」

ネリネが通りがかりに尋ねた。

「独り言よ」

「そうですか」

ネリネは立ち止まって、呼んだ。

「船長」

「何」

「あくまで私の観察ですが」

「何」

「ミルフィナさんは、ローザさんと話していても、定期的にこちらを見ています」

「……そう」

「五分に一回くらい、こちらを確認しています。ローザさんとの会話が続いても、視線はよく飛んできます」

「それがどうしたの」

「別に。ただの観察です」

 ネリネが行った。

 リヴィアは船首の方を見た。

 ミルフィナが、ちょうどこちらを見た。目が合った。

 ミルフィナが少し笑った。

 リヴィアは視線を逸らした。でも、顔が少し緩んだ。緩んだのが分かったので、また引き締めた。

 昼になった。

 たこまるが昼食を作った。全員で甲板で食べた。ローザも一緒に食べた。

「これ、誰が作ったの」

ローザが尋ねた。

「おれだ」

「美味しいわね」

「当然だ」

「ヴァーミリオン号の料理人より上かもしれない」

「当然だ」

「随分自信家ね」

「実力がある者が自信を持つのは妥当だ」

「……そうね」

ローザが笑った。

「嫌いじゃない、その言い方」

「どうでもいい」

「たこまる、ローザに感じよくしなくていい」

「感じよくしていない。事実を言っているだけだ」

「褒められてるわよ」

「料理を評価されているだけだ。料理人として当然の反応をしている」

「料理人なの?」

「料理をする者は料理人だ」

「高貴なる深海知性体じゃなかったの?」

「どちらも兼ねている」

 ローザが笑い続けた。リヴィアはそれが少し悔しかった。ローザがシーラビット号の空気に馴染んでいることが、何となく。

「ミルフィナ、さっき話していた海流の件、もう少し詳しく聞いていい? 食後に」

「はい。喜んで」

「リヴィアも来る?」

 リヴィアは少し間を置いた。

「行く」

「意外ね。あなたは海流の話には興味がないかと思ってた」

「あるわよ」

「そう?」

「あるの。海賊だから」

「じゃあ、三人で話しましょう」

 食後、三人で船首に集まった。ミルフィナが海流の話をした。リヴィアは聞きながら、ミルフィナの隣に立った。さっきよりローザとの間に入る形になった。

 たこまるが後ろから見ていた。何も言わなかった。

 ミルフィナが話し終えたあと、ローザが呼んだ。

「リヴィア」

「何」

「さっきより顔がよくなったわね」

「どういう意味よ」

「さっきはずっと面白くない顔してた」

「してなかった」

「してた。今の方がずっといい顔をしてる」

「……うるさい」

「素直じゃないわね」

「うるさい」

 ローザが笑って、離れた。

 ミルフィナがリヴィアを見た。

「リヴィアさん、今日は一緒に来てくれました」

「まあ、海流の話だったから」

「ありがとうございます」

「礼を言うことじゃないわよ」

「でも、嬉しかったです」

「なんで」

「隣にいてくれたので」

 リヴィアは前を向いた。

「……うちの船員だから。把握しておく必要がある」

「はい」

「どこにいるか、何をしているか」

「はい」

「それだけよ」

「はい」

ミルフィナはそれから少し間を置いて、続けた。

「でも、嬉しかったです」

「……もうそれ以上言わなくていい」

「はい」

「言わなくていい」

「言いません」

「よし」

「でも、思います」

「思うのは止めない」

「ありがとうございます」

 たこまるがぽつりと言った。

「海より分かりやすい、ということは、おれの観察眼が正しいということだ」

「何が分かりやすいの?」

ピピが走ってきた。

「船長の顔だ」

「船長の顔がどうしたんですか?」

「さっきまで面白くない顔をしていたが、今はいい顔をしている」

「本当だ! 船長、今すごくいい顔してます!」

「してない!!」

「してます!」

「してないわよ!!」

 夕方、ローザが戻る前に、リヴィアに言った。

「明日、外海に出る。深海図書館を探す。合流地点を決めましょう」

「分かった。どこに?」

「北の外海、岩柱群の手前。知ってる?」

「知ってる。半日で着く」

「では、明後日の夜明けに。それまでにどちらかが図書館の場所を掴んでいれば、信号を出す」

「了解」

「それと、リヴィア」

「何」

「さっきよりさらにいい顔をしているわ」

「……黙って帰って」

「素直に認めればいいのに」

「何を認めるの」

「自分で考えなさい」

 ローザが小舟に乗った。ヴァーミリオン号に向かって漕ぎ始めた。

 ミルフィナがその背中を見ていた。

「ローザさんは、面白い人ですね」

「そう?」

「はい。からかいながら、本当のことを言います」

「そういう人よ。昔から」

「リヴィアさんとは、長い付き合いですか」

「長い。腐れ縁よ。好きじゃない」

「嫌いですか」

「……嫌いでもない。嫌いならこんなに付き合ってない」

「では、好きですか」

「好きでもない」

「どちらでもない?」

「……ライバルよ。ライバルは好きでも嫌いでもない。ただ負けたくない相手」

「負けたくないのは、大事に思っているからですか」

「そうじゃない」

「では?」

「……負けたくないのは、負けたくないからよ。それだけ」

「そうですか」

ミルフィナは少し笑った。

「では、私はどうですか」

「何が」

「好きですか。嫌いですか」

 リヴィアは少し考えた。

「……乗組員よ」

「それはどっちですか」

「どっちでもない。乗組員」

「乗組員は、好きでも嫌いでもないのですか」

「……好きよ。乗組員は、みんな」

「みんな、の中に私も入りますか」

「入る」

「ありがとうございます」

ミルフィナは嬉しそうな声で言った。

「礼を言うことじゃない」

「でも嬉しいです」

「もう分かった」

「ありがとうございます」

 たこまるが言った。

「おまえら、出航前から沈みそうだぞ」

「沈まない」

「顔が赤い」

「夕日よ」

「今日は曇っている」

「夕日よ!!」

 シーラビット号は、夕の海に静かに浮かんでいた。


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