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第81話:親善交流会

「はぁあ?! 何で、何で俺……じゃなくて、自分だけ昇級できないんですか!?」


 ギルドの受付カウンター。

 俺は怒りを無理やり礼節の枠に押し込み、目の前の男に詰め寄った。出発前、ローラの救援を特例として認めた、あの口髭の伶俐そうな受付官だ。


 男は眉一つ動かさず、淡々と口を開く。


「私が昇級を認めると申し上げたのは『暁の戦陣』の四名です。勝手についていった貴方をランクアップさせるとは、一言も申し上げておりません」


 そこで一拍。

 視線が、俺の胸元――金属製のギルドタグへと落とされる。


「それに……言いづらいですが、カッパーランク。清掃依頼しか完遂履歴のない貴方が、C級指定のエルダー・ゴブリンを圧倒したという複数の証言。事務方の見解としては、到底にわかには信じがたい。現場の混乱による過大評価、あるいは虚偽報告と判断せざるを得ません」


 言葉遣いは丁寧だが、中身は完全な否定だった。


「ふざ――」


 バン、と卓を叩く音が響く。

 だが男は視線すら上げず、手元の書類を処理し続けている。抗議は受理されない。そういう空気が、嫌というほど伝わってきた。


 なおも食い下がろうとした、その時。


「邪魔だ。退け」


 背後から肩を押し退けられる。

 振り返ると、鎧に身を包んだ巨躯の冒険者が立っていた。


 ……殺すぞ。

 喉元までせり上がった感情を、無理やり押し殺す。ここで騒げば、ただの厄介者だ。俺は短く息を吐き、踵を返した。


 煮え繰り返る腹を抱えたまま、ギルドを後にする。


 本来なら、このまま依頼を積み、実績を重ねるべきだった。

 だが――そうもいかない。


 二日後。

 士官学校主催の親善交流会に、俺は三年生代表の一人として召集されてしまっている。


 正直、俺である必要はない。

 バルトロメウスやエレノア。あの辺の連中だけで十分だろ。


 会場となるのは、帝都の象徴――カエサル大宮殿。

 第一帝国陸軍士官学校のほか、第二帝国陸軍士官学校、竜騎空軍士官学校、第一海軍兵学校の生徒たちが集められ、皇帝や各派閥の重鎮と顔を合わせる。演武や模擬戦を披露し、形式的な交流を行う、伝統的な催しだ。


 もっとも、幼年部である俺たちは基本的に付き添いに過ぎない。

 予科の生徒は原則不参加。本校の二年生、三年生が主役――メインキャストとして招かれ、帝国の次代を担う武威を示す。それが、この会の本旨だ。


 それでも、代表として名前を連ねてしまった以上、欠席は許されない。


 ギルドで門前払いを食らった直後に、皇帝の御前。まったく、タイミングが悪い。


 士官学校へ戻るまでの道中、頭の中は妙に静かだった。

 ギルドでの一件に腹は立っているはずなのに、感情だけが空回りする感じがしない。怒りを処理しきった、というより、優先度が下がったと言った方が正しい。


 正門が見えてくる。

 白い石壁と帝国旗。見慣れたはずの風景だが、今日はやけに視線を感じた。


 門をくぐった瞬間、空気が変わる。


 通路脇にいた一年生たちが、歩調を止める。

 一瞬の逡巡。確認するような視線。そして――揃って、帝国式の敬礼。


 右拳を胸に当て、背筋を伸ばす動作が、驚くほど揃っている。視線には、はっきりとした畏怖と尊敬が混じっていた。


 俺は一度だけ、最小限の動きで返した。それだけで、空気が弾ける。


「おぉ……」

「やっぱ本人だよな……」

「すげぇ……」


 声にはならないざわめきが、波のように広がっていく。はっきり言って、居心地が悪い。歩みを止めずに進むと、背後で抑えきれなかった感情がようやく声になる。


「やったな!」

「三年代表だぞ……!」


 やめてくれ。

 何度経験しても、この反応には慣れない。


 俺は軽く肩をすくめ、そのまま校舎の奥へ向かった。

 注目される理由と、評価される理由が、噛み合っていない感覚が残る。


 廊下を抜け、階段を上がり、自室の前に立つ。

 三年の成績上位者に与えられる個室。最低限の防音と結界が施された、思考用の箱だ。


 扉を閉め、施錠。ようやく、余計な視線が遮断される。机に腰を下ろし魔導端末を起動する。


 未読通知の数を見て、思わず眉が動いた。……多い。ギルドで一悶着あった直後にこれは正直しんどい。


 最初に開いたのは、バドからの報告だった。


《予定通り。南方街道の第二便、問題なく通過。

護衛を一段落としたが、察知される様子はない。

売却先は前回より二割増しで即決》


 淡々とした文章。

 だが、その裏にある数字は、淡々では済まない。


 視線を走らせながら、無意識に口角が上がるのを自覚する。


 護衛を削って、察知なし。

 条件は改善、価格は上振れ。

 余計なことをせず、ただ流しただけで、これだ。


 続いて、ヴァレアス。


《武器転売ルート、拡張完了。

旧式品を“整備済み”として再定義しただけで、回転率が跳ね上がっている。粗利、前月比で三八%増。》


 三八%。

 笑うところか? これ。


 一度端末から目を離し、天井を仰ぐ。いや、冗談じゃない。普通に考えて、増えすぎだ。


 さらに続く添付資料を開き――俺は、思わず声を漏らした。


「……ほへぁ?」


 完全に間の抜けた音だった。原因は、その下に並んでいた項目。


 ――魔導巻物スクロール販売実績。


 読み書きと基礎魔導理論を叩き込んだ奴隷たちに、

 単純構文の魔法を書かせているだけだ。

 着火。集水。簡易修復。灯火。

 誰でも使える。誰でも欲しがる。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 その結果。


《販売数:想定の二・七倍》

《利益率:予測超過》


 ……馬鹿みたいに増えている。

 いや、馬鹿みたいに“増えすぎている”。


 椅子に深く座り直し、端末を膝の上に置いたまま、しばらく数字を眺める。特別な工夫はしていない。高位魔法も、希少素材も使っていない。量産できるものを、量産して、必要な場所に、必要な数だけ流しただけだ。


 それでもこの数字。


 口元が勝手に緩む。隠そうとしても、無駄だった。

ギルドでの昇級拒否が、急にどうでもよくなる。評価や肩書きより、今はこの数字のほうがずっと正直だ。


 端末を閉じ、席を立つ。時間を見ると、昼の鐘を少し回ったところだった。久しぶりに士官学校の食堂へ向かうことにする。


 扉をくぐった瞬間、鼻腔をくすぐるのは、焼き立てのパンと香草の匂い。白大理石の床、天井から吊られた魔導照明、磨き上げられた銀器と厚手のリネン。


 さすが貴族の子弟を詰め込むだけあって、内装だけは一流だ。


 ……設備だけは、な。


 相変わらずの混み具合だった。貴族の御曹司がこれだけ集まるんだから、もっと広くしてくれればいいものを。


 視線を巡らせると、端の壁際に固まる一年生たちの姿が目に入る。二年、三年が食べ終わるまで待機するか、諦めて引き返すか。


 立ち尽くしたまま様子を窺う背中から、居心地の悪さが滲み出ていた。


 その列の横を抜けて進むと、自然と道が空く。

 誰かが気づき、誰かが合図を送り、気づけば通路ができている。この扱いだけは正直ありがたい。


 空いている席を探す手間が省ける。


 料理を受け取り、空いた長卓へ腰を下ろす。

 周囲の視線が集まるのは分かっているが、気にしても仕方ない。俺はひたすら、皿の上の肉とパンをかき込んだ。


 その時だ。


「隣、失礼するよ」


 椅子を引く音。

 背中に突き刺さっていた視線が、まとめて一点に集まるのが分かる。


 俺は顔を上げない。

 この声を聞き間違えるはずがない。


「……いいって言ってないだろ」


 低く返すと、向かいから小さく笑う気配がした。


「はは。ごめんね。どうしても、ここが一番落ち着きそうだったからさ」


 感情を抑えた、いつもの丁寧な口調。

 バルトロメウス・フォン・ヴォルフラム。


 食堂のざわめきの中で、俺たちの周囲だけ、妙に静まり返っていた。


「珍しいね。ゼンが食堂に来るなんて。最近は演習や講義も欠席気味だったし。……まあ、流石に交流会はサボれないか」


 あぁ、うるせぇ。

 食事は一人で黙々と済ませるのが俺のルーチンだ。なのに、よりにもよってこんな目立つ奴が正面に座るせいで、視線が集まって仕方がない。


 まるで見世物だ。

 パンダとコアラを同時に檻に入れたみたいな注目度。いや、この世界にパンダとコアラって存在するのか? どうでもいいな。


 周囲のざわめきを無視してスプーンを動かす。だがどうしても口を開かずにはいられなかった。


「お前とエレノア、それに他の連中でいいだろ。なんで俺なんだよ。魔力もねぇし、ああいう場にとことん向いてないのに」


 真正面から投げたつもりだった。

 だが、返ってきたのは拍子抜けするほど軽い声だ。


「うん? まあ、僕が推薦したからね」


 スプーンを持ち上げた手がぴたりと止まる。

 ……この糞野郎。


 殺せるなら殺してやりたい。

 だが、現実的に無理だ。力量差は嫌というほど理解している。


 睨みつける俺を見て、バルトロメウスは肩をすくめた。


「そう睨まないでくれよ。僕が口を出さなくても、イグナス家の三男を呼ばない理由がない」


 淡々とした口調。

 だが、その言葉の裏にある計算が透けて見える。


 皿の上の肉を噛み砕きながら内心で舌打ちした。

 こいつは――分かった上で、俺を前に引きずり出している。


「当日は上級生たちと一緒に向かう予定だから。遅刻しないようにしてくれ」


「あぁ」


 面倒くさそうに手を振り、追い払うような仕草をする。

 用件はそれだけだろ、という意思表示のつもりだった。


 バルトロメウスは小さく笑い、椅子を引いて立ち上がる。

 その瞬間を待っていたかのように、周囲の空気が動いた。


 ――女子生徒たちが、いっせいに群がり始める。

 声をかける者、袖を引く者、さりげなく距離を詰める者。

 さっきまでこちらに向いていた視線が、きれいさっぱり消え失せた。


 ちちくりあうなら、他所でやってくれ。

 俺は皿に残った最後の一口を掻き込み、立ち上がる。


 食堂のざわめきが背後で遠ざかっていく。

 交流会。大宮殿。上級生同行。


 ……本当に、面倒な予定ばかり増える。


 そう思いながら、俺は静かに食堂を後にした。

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