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第69話:最前線

 俺は背中に背負った二本の戦斧のうち、一本を無造作に抜き放った。


 背にはイグナス家の双頭鷲が刻まれた外衣を靡かせ、魔法や矢が雨のように降り注ぐ地獄の最前線を、散歩でもするかのような無防備な足取りで進む。


 そのあまりに無謀な振る舞いに、周囲からは悲鳴とも怒号ともつかぬ声が響き渡った。


「馬鹿な、止まれ! 何を考えている!」

「イグナスの若君を死なせるな! 連れ戻せッ!」


 フレンも、まさか俺が先陣を切って単身白兵戦を仕掛けるとは思っていなかったらしく、血相を変えて周囲の配下に制止の指示を飛ばしている。だが、俺は止まらない。


 右手に握るは、エピック級の魔導斧「風神の断罪」。俺がその一振りを、大気を切り裂くように横に薙いだ。瞬間、武器の固有スキルが発動し、風属性の斬撃が不可視の刃となって王国軍の先頭集団を襲う。


 最前列にいた王国兵三人が、回避の動作すら間に合わず絶命した。一人は喉笛を真横に断ち切られ、噴水のような鮮血を撒き散らしながら崩れ落ちる。隣の男は胴体を斜めに両断され、溢れ出た内臓を泥塗れの地面にぶち撒けながら、数秒間だけ自身の欠損した下半身を見て絶叫し、そして事切れた。残る一人は頭蓋を正面から縦に割られ、脳漿と血が火花のように四散した。


「我が名はゼン・イグナス!! 申し訳ないが、鏖殺させて頂く」


 戦場に響き渡る俺の名乗り。それは敵軍の嘲笑を誘い、直後、俺一点を目掛けて何十本もの矢が、そして選りすぐりの精鋭魔導士たちが放つ火球や雷撃、重厚な魔導砲の斉射が殺到した。


 恐らく、この戦場を支配しているのは王国の魔法使い達だ。……魔法職とか小道具に頼るチンカス野郎は、昔から反吐が出るほど嫌いなんだよ。お前らみたいなNPC風情が、安全な遠距離からチマチマとダメージを稼いできやがって。キショいんだよ。


 俺は地を蹴り、王国兵の密集地帯へと突っ込んだ。バドから免許皆伝を授かった帝国式断罪戦斧術を、一切の容赦なく披露する。


 最初の一歩で、最寄りの重装歩兵の懐に潜り込む。防御を固めた大盾など、この斧の前では紙同然だ。斧の重みと遠心力だけで盾ごと男を叩き割り、そのまま返しの刃で隣の兵士の首を撥ね飛ばす。宙を舞う生首の断面から血の霧が立ち込め、周囲の視界を赤く染める。


 逃げ惑う槍兵の背後から斧を叩きつければ、脊椎が粉々に砕ける不快な感触が手に伝わった。肉と骨が潰れる鈍い音と共に、男の体はくの字に折れ曲がって絶命する。さらに、俺の首を狙って振り下ろされた剣を斧の柄で受け流し、そのまま石突で男の顔面を縦に粉砕した。眼球が弾け、鼻梁が陥没して顔の形を失った肉塊を蹴り飛ばし、俺は血の海を突き進む。


 十人、二十人。俺が斧を振るうたびに、人間だったものがただの「肉塊」へと成り果てていく。


 腹を割かれ、溢れ出た内臓を引きずりながら這いずる男。肩口から斜めに断たれ、肺を剥き出しにして喘ぐ男。泥濘は見る間に赤黒く染まり、王国兵たちの絶叫が、恐怖という名の和音となって戦場を支配した。


 ぐふっ。


 不意に胸へ衝撃が走った。視線を落とすと、いつの間にか胸の中心に太い矢が深く突き刺さっている。俺は歩みを止めることなく、貫通した矢の鏃側を叩き折り、残った軸を背中側から一気に引き抜いた。


 だが、ここは最激戦区だ。一人を屠る間に、四方八方から殺意が飛んでくる。


「死ねッ、帝国兵!」


 氷の魔導を付与された矢が、俺の喉元に突き刺さった。冷気が気管を凍らせ、呼吸を拒絶する。同時に、背後から突き出された槍が、脊椎を掠めて腹部を貫通した。銀色に輝く槍先が、血に濡れて俺の腹から突き出している。


 氷の矢が喉を裂き、槍が内臓を掻き回す感覚。あぁ、痛過ぎワロタ。


 だが、胃袋のムカデがそれを許さない。損傷した細胞を瞬く間に修復し、凍りついた喉を繋ぎ合わせ、腹の穴を塞いでいく。


 俺は、パチリと目を開いた。


「なっ!?」

 驚愕に引き攣った王国兵が叫び声を上げるより早く、俺は下から跳ね上げるように斧を振った。男の首は、驚愕の表情を浮かべたまま空高く舞い上がった。


 俺は立ち上がり、そのままドンドンと戦場を突き進んでいく。狙うは後方――魔法使い達が安全圏だと思い込み、悠々と詠唱を唱えている第二の塹壕だ。


 死を欺き、戦火を真っ直ぐに突破してきた俺の姿を、奴らは理解不能な怪物でも見るような目で凝視していた。


「え?」


 最前列にいた女魔法使いが、短杖を構えたまま呆然と声を漏らす。なぜここに敵がいるのか? 理解に達する前に、俺の戦斧が彼女の脳天をかち割った。熟れた果実が弾けるような音と共に、魔導の光が霧散する。


 俺はそのまま、動揺する魔法使い達の群れに飛び込み、次々と魔法使い達を虐殺していく。防御障壁を張る暇さえ与えず、細い喉を切り裂き、杖を持つ腕を肩から断ち切り、無力な背中に斧を叩き込む。かつて俺を遠距離から嘲笑った精鋭たちが、今はただの、血を流すだけの肉の塊へと変わっていく。


「ふぅ、疲れた」


 血溜まりをピチャピチャと音を立てて歩きながら、遭遇する敵をただ淡々と殺していく。


 すると、一部の魔法が止まったおかげで味方の士気が最高潮に到達した。


「今だ! ゼン殿に続けッ!」


 フレンの合図が響き渡る。俺が持ち込んだ魔導阻害石が敵の攻撃を無効化し、戦場を支配していた圧力が霧散していく。そこからは、一方的な蹂躙だった。


 農民でも、弱気な平民でも関係ない。俺が与えた最新式の連発クロスボウを手にした兵士たちが、歴戦の王国軍を一方的に蹂躙し始めた。かつて自分たちを追い詰めた鉄の壁が、雨あられと降り注ぐ鋼の矢に貫かれ、ボロ切れのように倒れていく。


「貴様、若いのにやるな」


 足元に転がっていた王国兵が、最期の力を振り絞って吐き出した血を思いっきり顔面に浴びせかけてきた。


 汚ねぇんだよバカが。さっさと死ね。


 俺は左腕でその返り血を乱暴に拭うと、声のした方向を冷淡な眼差しで振り返る。


「誰だお前」


 そこに立っていたのは、手入れの行き届いた立派な髭を蓄えた初老の騎士だった。鈍色に光る重厚な全身鎧を纏い、その上から王国の高貴な身分を示す青いマントを羽織っている。男は優雅な所作で細身のレイピアを抜き放つと、その先端を正確に俺の喉元へと向けた。


「王国の気高き騎士、フェイダー。名もなき兵ではなく、誇りある武人と戦えることを光栄に思うぞ、少年」


 俺は背中に残っていた二本目の戦斧、「雷神の断罪」を迷わず抜き放った。そのまま重厚な刃を地面へとドンと落とす。衝撃で周囲の砂塵が激しく舞い上がった。


「キェェッーー!!」

 フェイダーが鳥の鳴き声のような甲高い雄叫びを上げると同時に、視認不可能なほどの速度でレイピアの刺突が繰り出された。回避する暇もなく、鋭い切っ先が俺の胸へと深く突き刺さる。


「油断したな、若いの。心臓は頂いた」

「ごふっ……おまえ、がな」


 俺は口から溢れる血を気に留めることもなく、ニヤリと笑った。そのまま頭上から「雷神の断罪」を全力で振り下ろす。


 フェイダーは驚愕に目を見開きながら、紙一重で直撃を回避した。だが、真の脅威はそこからだ。地面に激突した斧の固有スキルが発動し、迸った極大の雷撃が蛇のように男を追い詰める。


「なっ、ぐあああああッ!!」


 雷光がフェイダーを直撃し、その端正な顔面を瞬く間に炭化させるほど焼き尽くした。ビグビグと不気味に痙攣しながら倒れ込んだ騎士の頭を、俺は容赦なく踏み潰して引導を渡す。


 その光景を見て、周囲の王国兵たちは完全に戦意を喪失し、腰を抜かして後退り始めた。俺は逃がすつもりなど微塵もない。懐から、帝国の禁制品であり、暗殺部隊さえ恐れる違法魔導具――「爆破玉エクスプドラ」を取り出し、奴らの密集地帯へ無造作に放り投げた。


 ドォォォォォンッ!!


 視界が白銀に染まるほどの爆発が巻き起こる。至近距離にいた俺自身をも木端微塵に吹き飛ばすほどの猛烈な衝撃波。肉体がバラバラに弾け飛び、意識が一度完全に消失する。


 ……流石に死んだ。


 だが、すぐに胃袋の力が肉体を繋ぎ合わせ、俺を現世へと引き戻す。


 パチリと目を開け、俺は起き上がった。目の前には巨大なクレーターが口を開け、先程までそこにいた王国兵たちは指先一つ残らず消滅している。その光景を見て、俺は思わず声を出して笑ってしまった。


「……はは、威力やば過ぎだろ。これだけでええやんもう」


 一つ、二つ。


 俺は懐から取り出した爆破玉を、逃げ惑う王国軍の陣地へ容赦なく投げ込んだ。


 連続する轟響。爆風が吹き荒れるたびに、鉄兜を被った頭部がラグビーボールのように跳ね、千切れた四肢が虚空を舞う。赤い肉片が噴水のように天高く吹き上がり、熱波に焼かれた臓物の臭いが戦場に充満した。


 叫び声、泣き声、断末魔。あぁ、無双するって気持ちええ。


「……おい、ガキ。そりゃあ、駄目だろ」

 凄まじい土煙の向こう側から、ゆらりと影が歩いてくる。


 リーバイス・ヘンダーソン。


 黄金の獅子を彷彿とさせる豪奢な金髪に、筋骨隆々とした体躯。白銀の重装鎧には幾多の返り血が模様のようにこびり付き、手にした大剣からは、触れるだけで魂が凍りつくような圧倒的なプレッシャーが放たれている。


「そんな代物をポイポイ投げやがって。やっぱり帝国ってのは、根っこから腐りきった最低の糞だな」

「生ぬるいな、お前。正義が勝つんじゃねぇ、勝った方が正義なんだよ」


 ……決まった。完全に決まった。


 人生で一度は言ってみたかった台詞。リーバイスは虚を突かれたように、一瞬だけ衝撃を受けたような表情を浮かべている。やっぱり日本の国民的漫画の金言は、異世界でも通用するらしい。


「『重圧グラビティ』」


 無詠唱の重力魔法。出たよ、チート魔法。


 ギチギチと嫌な音を立てて、全身の骨が瞬く間に粉砕される。俺は地面に無様に押し潰され、泥濘に顔を埋めた。肺が拉げ、内臓がドロドロに潰れる感触。何度も死ぬが、再生の方が早い。


「……嘘だろ。化け物か、お前」


 戦慄を滲ませるリーバイス。うるせぇ、平然と重力操ってるお前の方がよっぽど化け物だろ。背後の魔導士団へ向けて剣を掲げた。奴の周囲の魔素が、一箇所に凝縮され始める。


「全魔導士、接続! 座標固定、事象崩落のことわりを刻め!」


 リーバイスの厳かな声と共に、天地を震わせる詠唱が戦場に響き渡った。


「『天なる星の重なり、地の底に沈む静寂。万象を統べる理を歪め、絶対なる重力の檻とならん。逃れられぬ運命をここに。一点重砲グラビア・ボルガ!!』」


 あ、やば。


 今まで以上の重力が全身を襲い、俺の意識はそこで飛んだ。飲み込んだ爆破玉を胃袋の虫たちが発動してくれると信じて。

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