表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/85

第63話:終結

 俺はどろどろに溶け、原型を留めていないガリアスの肉片と骨の一部を持参した気密容器に回収した。


「……うわ、キモ。えぐいなこれ」


 自分で仕掛けた「事故」とはいえ、あまりの凄惨さに思わず顔を顰める。容器の蓋を閉めてもなお、鼻腔にこびりつくような腐敗と溶解の混ざった臭いが不快だった。


 だが、その腐肉の山に埋もれていた獲物は別だ。俺は酸性の液体に触れないよう、細心の注意を払って『女神の抱擁ディバイン・ガーディアン』を拾い上げた。


 指先に伝わるのは、周囲の惨状とは無縁の滑らかで冷涼な質感。それは細緻な銀の鎖の先に、涙滴型の透明な魔石が配されたネックレスだった。魔石の内部には、祈りを捧げる女神のシルエットが微かに浮かび上がり、見る角度によって真珠のような光沢を放っている。周囲の酸を完全に弾いたのか、一点の汚れすら付着していない。


 このチートアイテムをこの段階で回収できたのは、間違いなく僥倖だ。スロンでは最終的にプレイヤーの誰もが手に入れられる普及品となっていたが、ここは唯一無二の現実だ。同じ宝具が二つも存在する訳がない。


 つまり、現時点で俺は世界で唯一『女神の抱擁』を所有する人間になったわけだ。魔力消費すら必要としない、文字通りの真のチート。


 俺は早速そのネックレスを首からぶら下げた。肌に触れた瞬間に感じる、外界からの干渉を一切遮断するような絶対的な安堵感。


 それをフードの内に隠し、俺はまだ火の手と悲鳴の余韻が残る屋敷に向けて静かに歩き出した。


 屋敷の正門まで戻ると、バドとリダが先に待っていた。

 だが、その場の空気はひどく奇妙なものだった。リダは建物の陰で蹲り、胃の内容物をすべてぶちまけた後らしく、顔色は見るに堪えない土気色に染まっている。流石にこの惨状は刺激が強すぎたか? それにしても吐き過ぎ。


 対照的に、バドはどこからか拝借してきた高級そうな酒瓶を傾け豪快に中身を煽っていた。


 その足元には第一部隊隊長ゾルガンのものと思わしき、スキンヘッドの頭部だけが転がっている。首から下はおそらく形も残っていないのだろう。


「どうだった? そいつ」


 俺の問いに、バドは酒を飲み干すと、喉を鳴らして「んぐ……」と息を吐いた。


「ただのチンピラでしたね。威勢がいいのは最初の三秒だけで、心臓を握り潰した時には、母親の名を呼んで泣いていましたよ」


 あまりに淡々としたバドの報告に、背後でリダが再びえずく音が聞こえた。


 俺はバドに指示を出し、屋敷内に残された金貨や魔導具、さらには価値のありそうな美術品コレクションのすべてを接収させた。それらは現在ヴァレアスが制圧している港の倉庫へと一括で運び込ませる。


 あの堅牢な石造りの倉庫は、立地も広さも申し分ない。ガリアスから奪い取ったあの場所を、そのまま俺たちの新たな兵站拠点ロジスティクス・ベースへと転用するつもりだ。


「手続きと移送の指揮は任せるぞ、バド。事後処理も含めてな」

「御意に。ゼン様の御名の元、すべてを滞りなく完了させましょう」


 バドは深々と頭を下げた。


 こうして、帝都の闇に根を張っていた「針鼠」という組織は、その全財産と拠点、すると構成員の命に至るまで、すべてが俺の所有物へと書き換えられた。


 それから二日の月日が流れた。


 制圧した倉庫の整理と、新しく配下に加わった五人の適性判断に時間を割いていたが、ようやく外向けの「事後処理」に動く準備が整った。


 帝都の喧騒を抜け、俺は再び商業ギルドの重厚な門を潜る。


 傍らには不動の姿勢を保つバド、そしてその後ろには極度に緊張した面持ちのカナが控えていた。


 今日の彼女は、あの痛々しい露出の多い衣装ではなく、俺が用意させた仕立ての良い事務服に身を包んでいる。俺の「秘書」という設定で同行させているが、青白い顔で指先を震わせている彼女に、俺は事前に「とりあえず後ろに立っているだけでいい」とだけ伝えておいた。


 最上階へ至ると、ギルドマスターであるベルナルド・リッチモンドが、わざわざ執務室の扉の前まで出向いて俺たちを迎え入れた。


「おお、ゼン様! お待ちしておりましたぞ。約束の期日よりも随分と早いお越しですな」


 ベルナルドは揉み手をしながら、その脂ぎった顔に精一杯の愛想笑いを浮かべた。


「急な訪問にもかかわらず、お時間をいただき感謝いたします。事態が円滑に収束しましたので、まずは総代へ一刻も早くご報告をと思い、足を運ばせていただきました」


 俺は貴族としての形式美を崩さず、慇懃な礼を返す。

 執務室に招き入れられると、室内には前回と変わらぬ顔ぶれが揃っていた。財務部長のマルコ、そして鑑定士長のエリザベス。彼らは期待と不安が入り混じった眼差しを、俺の手元へと向けている。


 俺は早々に懐へ手を伸ばし、一つの小瓶を取り出して黒檀の机の上に置いた。


「……これが証拠、になりますかね?」

 俺が苦笑を浮かべて提示したのは、ドロドロに溶けたガリアスの肉片と、一部の骨片が浸された不気味な小瓶だった。


「ひっ……!」

「うっ、これは……」


 静まり返った室内に、短い悲鳴と嗚咽が漏れた。

 高価な香料が漂っていたプレジデント・スイートの空気が、一瞬にして死の臭気に侵食される。特に老女エリザベスは、眼鏡の奥の瞳を見開き、口元をハンカチで押さえて絶句していた。


 死体そのものを持ち込むのは流石に悪趣味かとも思ったが、これ以上の証明はない。魔法で細胞の魔力残滓や過去の断片を照合すれば、これが「ガリアス・ヴァン・ドレン」という個体の末路であることはすぐに判明するはずだ。


 「お約束通り、これで正式に許可をいただけますか?」


 慌ただしく小瓶の中身を解析し、魔導回路を用いてガリアスの生体情報を照合し始めたギルド側を無視して、俺は淡々と問い掛けた。


「も、もちろんですとも! あの難敵ガリアスをこの短期間で、しかも根こそぎ始末してくださったのです。我ら商業ギルドも約束は違えません。今日この時から、このライセンスを携帯していただければ、帝国の法に基づき、正式に奴隷売買の商いを行っていただいて構いませんぞ」


 ベルナルド総代は、額の汗を拭いながら、執務机の引き出しから一枚の書面を取り出した。


 それは、経年劣化を完全に防ぐ定着魔法エージレス・コートが施された、独特の光沢を持つ魔導紙だった。これこそが、数多の商人が喉から手が出るほど欲しがる、公式の商権認可状ライセンスだ。


 これでようやく、お天道様の下で堂々と金を稼げるわけだ。


 部屋の隅では、鑑定魔法を終えた職員が「間違いありません! 本人の残留思念および細胞核を確認。ガリアス・ヴァン・ドレンは死亡しております!」と、裏返った声で叫んでいる。


 改めて、俺という存在の底知れなさに驚愕の表情を浮かべるギルドマスターたち。その震える視線を背に受けながら、俺は形式通りの挨拶を済ませ、バドとカナを連れて悠然と総代執務室を後にした。


「バド。ベストバレーの倉庫と帝都を結んで、今以上に販路ルートを拡大してくれ。エラーとギレル、それに今いる人員を最大限に活用しろ」


 商業ギルドを出て、夜の街並みを歩きながら俺は命じた。隣を歩くバドの表情が引き締まる。


「とりあえず当面の目標は、金を稼ぎまくることと、戦力を増やすことだ。使えそうな奴隷は片っ端から買い漁っていい。兵士でも事務でも、適性があるなら構わない。とにかく組織を拡大しろ」

「御意に。ゼン様のお望みのままに」


 短く、だが確かな忠誠を込めた答えが返ってくる。

 これで帝都だけでなく、あのベストバレーにも強固な供給網サプライチェーンが伸びたことになる。しばらくは人員不足が続くだろうが、それは奴隷でも、金で雇った外部の人員でもいい。まずは圧倒的な資金力と組織の規模を確立する。


 バドは帝都の運営を、ヴァレアスはベストバレーの拠点を。


 二人の信頼できる「腕」に現場を預け、俺は再び学校へと戻ることにする。


 今後はこの戦力を活かして傭兵業にも手を広げていきたいところだが……まぁ、今は学生らしく、目先の成績のことを考えるとしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ