第52話:因果応報
おごぁっ
胃の腑の底からせり上がってくる、蠢くような不快な塊。俺はそれを、ジリジリと腰を引かせながら詰め寄ってくる雑魚共に向けて、一気にぶちまけた。
俺が口を開けた瞬間、湿った嫌な羽音と共に無数の黒い影が飛来する。
「な、なんだ!? 虫……ひぎぃっ!?」
「うわあああ! 口の中に、口の中にぃい!!」
目の前の光景に、賊たちは揃いも揃ってマヌケな悲鳴を上げた。だが、戦場において敵の前でそんなに大きく口を開けたらダメだろ。虫さん達が招待されたと勘違いしちゃうって。
指先ほどのサイズしかないウルガの幼体たちは、彼らの口腔へと迷わず飛び込み、滑り込むように喉を通って胃袋へと癒着していく。
数瞬後、さっきまで武器を構えていた男たちが、一斉に腹を抱えて泥の中に転がった。
「あ、あああ……! 殺して、頼む、殺してくれぇ!」
内側から内臓を直接咀嚼される苦痛。俺は共鳴させたウルガを通じ、彼らが発狂して死を懇願するまで、その神経を執拗に嬲り続けた。
一方、鼻を潰され、右腕を肩まで裂かれた長髪の男は、その惨状を見てなお、残った左腕と両足で這いつくばりながら無様に逃げようとしていた。
俺は冷めた視線でその背中を見下ろし、指を鳴らす。
今度は口内からではない。周囲の瓦礫の隙間に潜ませていた、成虫のウルガを呼び寄せた。
「待て、来るな、やめ……が、あ、あああああ!!」
成虫のゴキブリが、男の剥き出しの傷口や、鼻の欠損部分から、文字通り「外側」の肉を食い破って潜り込んでいく。寄生されるその瞬間、男の眼球が裏返り、全身の筋肉が弓なりに強張る。これだけ情報を得るための「肉塊」がいれば、今は充分だ。
生き残った数人の賊と、虫に支配されたリーダー。俺は彼らを引き連れ、家畜を追うようにして、裏外区の奴隷達を保管する汚らしい小屋へと向かった。
奴隷小屋の扉を開けると、そこにいたのは十歳ほどの少女だった。
名をクレア。かつて奴隷として売り飛ばされ、路地裏で餓死を待つだけだったところを、ウィッキーが俺の指示で買い取った個体だ。
彼女にはウルガを寄生させていない。だが、逃げ出す気配も微塵もなかった。彼女にとってここは、理不尽な暴力がなく、十分な飯と「奴隷管理」という役割が与えられた、この世の楽園に他ならないからだ。彼女の辞書に、ここから逃げるという選択肢は存在しない。
「主様。その人たちは?」
「新しい奴隷だよ。ちょっと騒がしくなるけど、奥の部屋を使ってもいいか?」
「いいよ直ぐに準備する。ちょっと臭いかもしれないけど」
淡々と、澱みのない声でクレアが応じる。彼女はすぐに食事の配膳や、この場所のルールを新入りに叩き込む準備を始めた。役に立つならガキだろうと関係ない。相応の報酬と役職を与えるのが俺のやり方だ。
俺は隣の部屋へ、九人の手下と死にかけのリーダーを放り込んだ。
瀕死だったリーダーの男に対し、俺は体内のウルガを通じて無理やり生命力(HP)を注ぎ込ませることで「治癒」を施し、欠損した部位を強引に繋ぎ止めて意識を覚醒させ、椅子に座らせた。
「……調子に乗んなよ、クソガキが。俺を殺さなかったこと、後悔させてやる……ッ!」
ひび割れた声で悪態を吐く男。映画ならよく見る強がりの場面だが、こいつは自分の体内に、神経系を直接掌握する「生きた拷問器具」が潜んでいることを理解していないらしい。
俺は男の挑発を無視し、傍らにいた手下の一人をその場に跪かせた。
「あ、ああ……やめ、やめてくれ!」
俺が指を鳴らすと同時に、跪いた男の喉からヒュッという短い音が漏れた。
男の体内に潜伏していたウルガが、その鋭い顎で胃壁を削り、腸を内側から少しずつ、丁寧に咀嚼し始める。神経を直接逆なでされるような、麻酔なしの開腹手術を意識があるまま行われる地獄。
男は眼球を剥き出し、指の爪が剥がれるほど床を掻きむしった。絶叫すら出ない。ただ、内臓が攪拌されるたびに口から粘つく血と胆汁が溢れ、腹部が不自然な蠢動を見せる。
「やめろ! やめてくれぇ! 殺すなら俺を殺せッ!!」
長髪の男が悲痛な叫びを上げるが、その直後、手下は泡を吹いて絶命した。ショック死だ。
「……チッ、このカス。いいところで死にやがって。効率が悪いな。おい、次はお前だデブ」
俺は冷淡に舌打ちし、隣にいた肥満の男を指差した。
「ひ、ひぃぃ! 嫌だ、助けて、嫌だあああ!!」
デブの男は涙と鼻水、そして股間から小便を垂らしながら必死に首を振る。
どうやらこいつらは、裏外区の連中にしては珍しく「なかよしこよし」の部隊だったらしい。仲間が蹂躙される様に我慢できなくなった長髪のリーダーが、激昂して俺に飛びかかってくる。
「てめぇ……! いい加減にしろッ! よくも俺の部下をぉ!!」
だが、その身体が俺に触れることはない。
彼の中に潜む成虫のウルガが、脊髄の横を力強く噛みちぎった。
「おぎゃあああっ!?」という、戦士とは思えぬ情けない悲鳴を上げ、男は顔面から床に突っ伏してうずくまる。内側から食い破られる激痛は、精神を容易に粉砕する。
俺はその脂ぎった長髪を乱暴に掴み、無理やり顔を持ち上げさせた。
「いいか。知っていることを全部吐け。手下共は別の部屋へ移し、一人ずつ別々に話を聞く。もし一人でも回答に食い違いがあったら……お前には、今以上の苦痛を三日間たっぷり味わわせた後で、文字通り塵も残さず殺してやる。わかったな?」
もはやこいつらに抵抗の意思はない。少しでも俺に対して殺意や敵愾心を抱けば、自動で体内のウルガが内臓への攻撃を開始する。その恐怖を骨の髄まで刻み込んだ後、俺は五人と五人のグループに分け、数時間を掛けて尋問を繰り返した。
「主様、もう寝ていい?」
「あぁ、ごめん。終わったから寝ていいよ。なんか必要なものがあれば言うんだぞ」
「ご飯があるから大丈夫」
なんと無欲な子供なんだ。この劣悪な環境ですら、彼女にとっては満たされた場所なのだろう。
そして、長髪――名前はユーエン。こいつから引き出した情報は、期待以上に有益なものだった。ガリアスの販売網の末端から中枢、潜伏しているアジトの構造、そしてこいつら三番隊以外の一番隊、二番隊の詳細な戦力。極めつけは、次回の闇オークションの日程と会場の場所まで。
隔離した手下の一人も全く同じ供述をしていた。情報の整合性は取れている。
もしこれがフェイクだとしたら、ガリアスという男は、部下を情報の断片すら共有させない徹底した「排他的利己主義」の権化だということになる。組織を機能させるための信頼すらコストとして切り捨てるそのやり方は、ある意味で合理的だが。
「じゃあお前は皮剥ぎ決定で、あと三人。他は奴隷として売り飛ばす」
俺の絶望に満ちた宣告に、部屋の空気が凍りついた。
こいつらが見せしめとして、俺が管理していた奴隷たちの皮を剥いで吊るしたんだ。ならば、俺が同じやり方で報復を完遂するのは当然の権利だよなぁ?
まぁ、これでガリアスが冷静さを欠いて誘き出せたら御の字だ。
死が確定したユーエンは顔を土気色に染めて絶望し、残りの三人が誰になるのかを察した連中は、全身を震わせながら必死に命乞いを始める。そんな雑魚共に、俺はただ一言だけ、冷淡な事実を突きつけた。
「俺の国の言葉で因果応報って言うんだよ」
翌朝。
そこには、ウルガによって生きたまま皮を剥がれ、果てしない苦痛の中でショック死した四体の肉塊があった。同室でその地獄を一夜中見せつけられていた残りの奴等は、もはや生きる気力すら失い、ある者は精神を崩壊させて虚空を見つめて笑っていた。
俺は正気を保っている奴隷たちに、その四体を裏外区の最も目立つ場所に吊るせと命じた。
朝日が昇り始める。俺は返り血のついた装備を処理し、急いで朝の点呼に間に合わせるべく士官学校へと戻った。もちろん、一睡もしていない徹夜の状態でだ。
なんとか早朝の点呼に間に合い、俺は内心で安堵の吐息を漏らした。
重い瞼をこじ開け、平然を装って列に並ぶ。そんな俺の微かな違和感を察したのか、教官としての職務を終えたバドが、周囲に悟られぬよう静かに歩み寄ってきた。
「進展がありましたか。ゼン様」
バドの低い声に、俺は昨夜の出来事を簡潔に、だが詳細に伝えた。ユーエンの排除、情報の奪取、そして組織「針鼠」の実態。俺はそのまま、次回のオークションに向けて装備の調達を急ぐよう彼に指示を出す。
「既に揃っております。ゼン様が次に何を仰るかなど、私には容易に想像がつきますので」
有能すぎて怖いわ、この男。だが、そんなバドが冷静に、隠すことなく不快感を露わにして苦言を呈した。
「一つ進言を。あのような目立つ報復をすれば、敵が警戒して影を潜めてしまうのではありませんか? 恐怖で縛るのも一手ですが、獲物を追い込みすぎれば、かえって尻尾を掴ませなくなるのが道理かと」
その通り、ド正論だ。
勢いでユーエンを吊るしたはいいが、三番隊のリーダーがあんな無惨な死に方をすれば、ガリアスが警戒して姿をくらます可能性が高くなる。まぁ、それならそれでアジトや奴の商売を徹底的に潰すだけだが。
「そのオークションには絶対参加すると思いますわ」
背後から現れたエラーが、確信に満ちた声で会話に割って入る。
「すでに出品が決まっている状態で、出品を取り消して逃亡などすれば、ギルドだけではなく闇の大御所達すべてを敵に回すことになりますもの。彼にそんな度胸はありませんわ」
なるほど。メンツと利権が絡む闇の社交場こそが、奴にとっての逃げられない檻になるわけか。
とりあえずエラーにはこのオークションについて詳しく調べてもらい、俺はイグナス家の三男として、このオークションに真っ向から参加できないか方法を模索してみることにした。
対峙の時は近い。




