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第44話:光から闇へ

 八戦全勝。この学園始まって以来と言っても過言ではない、唯一無二の結果。その事実が確定した瞬間、第十六班の面々は、まさに飛び上がるように歓喜した。


「すげぇ……おい、ゼン! 本当に勝っちまったよ! お前、マジで何なんだよぉ!」


 ライナスが涙目のまま、俺の肩を壊さんばかりの勢いで何度も叩く。その重い手応えに顔をしかめながらも、俺は悪い気はしなかった。カレンとミナの二人も、興奮の冷めやらぬ様子で頬を赤らめ、深々と頭を下げてきた。


「……ゼン君、本当にありがとう。私、この班で本当に良かった」

「見直したわよ、ゼン。あんた、口は悪いけど……最高の指令役だった」


 女子二人からの混じり気のない感謝。まぁ、利用した側面はあるが、結果的に全員を勝者に押し上げたんだ。これくらいの賞賛は受け取っておいてやる。


 そして、視線の先にはもう一人。ガストン。

 奴は歓喜の輪に加わることすら許されず、すでに青い顔をして教官室に呼び出されていた。


 一戦目以降、市街地で縮こまって試験を放棄した行為は、団体戦における完全な「義務不履行」と見做された。奴の今回の得点はゼロ。当然だろ。他人の背中に寄生して甘い蜜を吸おうとするクソ野郎は、一刻も早くこの場から消えてくれ。


 その後、教官から学科試験、個人実技、そしてこの団体実技の総合点数が後日発表されると告げられ、一年生たちはヘトヘトになりながら宿舎へと戻った。


 明日からは二日間の休暇だ。


 今回の試験という「戦場」を経て、己の実力を見つめ直し、静かに立ち去る者もいるだろう。あるいは、さらなる高みを目指して泥を這う努力を始める者。自分の今の地位に驕る者。そして、ゼン・イグナスという異端の名を、全校生徒の記憶に刻みつけた俺。


 一人、宿舎の自室のベッドに身を投げ出し、俺は今日の戦いを反芻する。


 バルトロメウス・フォン・ヴォルフラム。

 奴との戦いで痛感した。やはり、武技と魔法、そして恩恵や加護を当たり前のように使いこなす連中と正面からやり合うのは、かなり厳しい。


 バルトロメウスはまだ十二歳。成長段階だ。

 もし相手が完成されたステータス、そして最適化された構築ビルドを持つ上級生や本物の軍人だったら、俺は一歩も動けずに一方的に殺されていただろう。


「……それに、使っちまったな、切り札を」


 俺は懐の空っぽになった容器を見つめる。

 漢方や滋養強壮の効果があるとされている『帝國大噛切カイザー・シザース』の幼虫。ウィッキーに頼んで大金をはたいて手に入れた逸品だったが、最後の最後でバルトロメウスに華を持たせるために、自爆させて粉々のミンチにしてしまった。


 馬鹿か、俺は。


 何が「爆散しろ」だ。あれ一匹にどれだけの金と労力を注ぎ込んだと思ってる。格好付ける代償としては高すぎる。

 まぁいい。俺の運営する奴隷業という不労所得がある限り、金は無限に湧いてくる。

 そんな盤石の態勢にたかを括り、少しだけ眠ろうとしたその時だった。


 枕元の通信機が不快な振動を刻んだ。

 嫌な予感がして通話を開くと、案の定、ウィッキーの部下の焦りきった声が部屋に響いた。


「――旦那! 大変です、トラブルですよ!」


 俺は思わず、今日一番の深さで舌打ちをこぼした。

 馬鹿な話し方、教養のない口調。ウィッキーの部下のタロからの報告を要約すると。安く買い取った奴隷を高値で売る、つまり転売がバレてあらゆる奴隷商人から商業ギルドへチンコロがあったとのこと。なんというか、何処の世でも転売は嫌われるんだな。


 ウィッキーが商業ギルドへ拘束されているから助けて欲しいと。まぁ、表向きの経営者はウィッキーだしな。


 このまま見捨ててもいいのだが、波に乗ってきた事業を手放すのは惜しい。それに、あのゴールドランクの冒険者が外部の圧力にどこまで耐えられるか、その点も未知数だ。


 商業ギルドへ向かうにあたって、懸念すべきはイグナス家の人間だと露呈すること。帝国を支える側の人間が奴隷業の糸を引いているなどという醜聞は、不労所得の基盤を根底から破壊しかねない。かといって、タロを含め、ウィッキーの部下や仲間の冒険者なんて一切信用できない。金のために俺を売るか、無能ゆえに交渉を台無しにするのが関の山だ。


 法務的な駆け引きが必要な商業ギルドという場。そこで俺の影として動き、必要とあらば相手の喉元を躊躇なく掻き切れるだけの「格式」と「暴力」を併せ持つ駒。


 金が欲しくて、俺が信用できて、どんな問題にも対処出来る人間。思い当たるのは一人しかいなかった。


 バド・レックス。

 帝国軍元千人長。その名は、かつての戦場で「断罪の斧」として敵味方問わず恐れられた。彼の振るう『帝国式断罪戦斧術』は、一撃で重装歩兵の盾ごと肉体を断つことを目的とした、帝国が誇る最も凄惨な戦闘技術の一つだ。その歴史は古く、反逆者や大罪人を処刑するための技を戦場用に昇華させたものと言われている。


 外見は一九〇センチメートルを超す巨躯。短く刈り上げられた金髪は、まるで鋼の針を植え付けたかのように硬質で、その威容は立っているだけで周囲の空気を圧迫する。


 俺が今、この士官学校での苛烈な試験においても冷静に立っていられたのは、間違いなくこの男のおかげだ。八歳から十歳までの二年間、俺はバドから容赦のない鍛錬――という名の殺し合いを叩き込まれた。


 そして何より、バドが信用できるのは、彼が金以外に一切の執着を持っていないという点だ。「金のためなら神でも殺す」とまで囁かれるその徹底した現実主義こそ、裏の商売において最高の保証となる。


 今は金のためにイグナス家の騎士団に籍を置いているようだが、そこでの給与がいくら高給だろうと知れたものだ。こっちは「人の命」を商品として動かす商売。騎士団の給料とは、動く金の桁が違う。


 この奴隷業という餌を投げれば、あの強欲な元千人長が食い付かないはずがない。


 俺は枕元の通信機の周波数を、記憶の底に眠っていた特定の番号へと合わせる。コール音が数回。深夜にもかかわらず、受話器の向こうからは一切の眠気を感じさせない、低く重厚な声が響いた。


「……はい、バド・レックスです。この番号に連絡を寄越すということは、相応の用件とお見受けしますが。ゼン様」


 バド・レックス。通信越しでも、その威圧感は健在だった。受話器から漏れる吐息一つに、戦場を支配した男の殺気が混じっている。


「金を稼ぎたくないか?」


 端的に切り出すと、しばらくの沈黙が落ちた。バドがこちらの「真意」を測っている。


「……いえ、御父上からしかるべき俸給を頂いておりますから」


 形式的な拒絶。だが、声色には隠しきれない期待と、鋭い打算の色が混じっている。分かりやすい奴め。主君への忠誠よりも、金貨の重みこそが奴の正義だ。


「取り分は5対5。一夜で100万以上稼げるが……仕方ない、他を当たるよ」


 そう言って切ろうとした瞬間、空気が変わった。


「6、4。ゼン様、私が6でいいなら乗りましょう。このバドを選んだという事は、相応に喫緊かつ、煩累極まる障礙があるのでしょう? ――それは、譲れません」


 思わず口元が緩む。ウィッキーのように初めから五分五分のつもりはない。7対3、あるいはもっと毟り取られてもおかしくないと思っていた俺からすれば、4も貰えるなら僥倖だ。困難な盤面であるほど、奴の提示する報酬は跳ね上がる。それがプロフェッショナルの理屈だ。


「分かった、それでいい。学校まで来てくれるか? たんまり稼がせてやるよ」

『承知いたしました。すぐに……。期待以上の「断罪」をお見せしましょう』


 短く、規律に則った返答を残して通信は切れた。

 金にしか執着のない怪物。その行動原理ほど、俺にとって信用に値するものはない。感情や義理などという不確かなものではなく、ただ黄金の輝きによってのみ、奴の忠誠は担保される。


 俺は通信機を枕元に置くと、試験の疲弊で襲ってきた眠気に身を委ねた。

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