第42話:激戦
俺たち第十六班の快進撃は、周囲の予想を裏切り続けていた。
現在、七戦全勝。
もちろん、対戦相手の運に恵まれたという側面はある。だが、俺が事前に放つウルガの偵察と、それに基づいた冷徹な各個撃破が、盤石の勝利を積み上げてきた。
だが、次が最後だ。
最終戦、対峙する相手は俺たちと同じく全勝を維持し続けている第一班。バルトロメウス・フォン・ヴォルフラム率いる、この学園における正真正銘の猛者たちだ。
「おい、ゼン……。あいつら、さっきの試合も三十秒足らずで終わらせてたぞ。バケモンかよ」
あのライナスでさえ、いつになく落ち着きがない。普段の猪突猛進な勢いは影を潜め、何度も剣の柄を握り直しては深呼吸を繰り返している。逆にカレンとミナの方が、「やるしかない」と覚悟を決めているのか、静かに戦局を見据えていた。
そして、視界の端に映る、見るに堪えない粗大ゴミが一人。
ガストンだ。
初戦のカイル戦で無様に気絶して以来、彼は完全に心が折れていた。二戦目以降、彼は市街地に入った瞬間に物陰へ隠れ、時間いっぱいまで震えて過ごすだけの置物と化した。
俺たち班員はもちろん、教官席のヴィクトリアからも、その視線には一欠片の期待すら残っていない。完全に見放されている。この教練が終われば、彼は間違いなく脱落、あるいは最低評価で再教育行きだろう。
正直、早くこのポンコツから解放されたい。補充要員は、戦えなくてもいいからせめて指示に従う「壁」であってほしいと切に願う。これ以上、味方の皮を被った足手まといにリソースを割くのは御免だ。
やがて、演習場を包む熱気が一段と跳ね上がった。
最終戦を見届けるために、一学年のみならず、二年生や三年生の上級生たちまでもが見学席に姿を現し始めている。全戦全勝の「期待の星」第一班と、突如として現れた「異端の塊」第十六班の激突。
バルトロメウスが、黄金の瞳を細めてこちらを見ている。
彼の背後に控える精鋭たちの魔圧が、石畳を伝ってこちらを圧迫してくる。
審判のベルが鳴るまで、あと数秒。
今までの相手と決定的に違うのは、バルトロメウスがウルガの存在に気づいていることだ。浴場であれだけの殺気を見せてカマをかけてきた奴だ、見破られているのは確実だろう。
それでも、ウルガの偵察なしに勝てる相手ではない。スキル、加護、魔法、武技の使用が全て認められている実技試験において、俺がスキルで使役している災虫を運用するのはルール違反でもなんでもない。申し訳ないが、今回は偵察だけではなく、明確に「武器」として使わせてもらう。
『――開始!』
始まりの合図。
ガストンはいつものように、スタート地点の物陰から一歩も動こうとしない。もはや視界に入れる必要もない。俺は王であるミナを守るため、カレンとライナスを護衛に付け、俺自身は単独行動に出た。俺が仕留められればその時点で十六班の敗北が決まる。そのリスクを理解している三人は、反対することなく俺の単独行を承諾した。
いつも通り、放たれた複数のウルガが全身を使って、敵の情報を知らせてくる。
しかし、その情報網の一角が突如として遮断された。
「……チッ」
思わず舌打ちが漏れる。やはり気づかれていた。あの野郎、一瞬の隙もなく処理しやがった。だが、何匹もバラ撒いている現状、一匹始末されたところで戦況に大きな影響はない。
一班のバルトロメウス以外の四人も非常に優秀なのは認める。だが、鍛えられたとはいえ所詮は十二歳の子供の肉体だ。ウルガが持つ強力な神経毒に耐えられるはずがない。俺は潜伏させていた四匹のウルガを、バルトロメウス以外の四人の背後に音もなく張り付かせた。
盤石の「王手」を隠し持ち、俺は傲岸不敵に第一班の面々の前に姿を現した。
「……気が狂ったか? ゼン・イグナス」
取り巻きの一人が不快感を露わにする。流石は一班、警戒態勢に一切の隙がない。だが、お前のような雑魚に用はない。
「バルトロメウス! 分かってんだろ、お前は」
俺が叫ぶと、バルトロメウスは「ああ」と短く応じ、堂々と陣の前に出てきた。
「だから、彼らを傷つけるのはやめてくれ」
「ちょ、ちょっとバルト! 何やってんのよ!」
アイリスたちが慌てて彼を制止しようとするが、バルトロメウスは振り返りもせず答える。
「いや、これでいい。君たちを救うためだからね」
この言葉の真意を理解している者が、この場に何人いるだろうか。少なくとも、当事者であるアイリスたちは理解できず、困惑の色を隠せない。
「ゼン・イグナス。俺が『王』だ。つまり、君が俺を倒せば君たちの勝ち。だが、君が負ければ、もう俺たちを止められる者はいなくなる。つまり――」
「一騎打ちだろ?」
俺が答えると、一班の面々はなおもバルトロメウスを止めようと詰め寄った。しかし、バルトロメウスが静かに指差したその先――アイリスたちの背中に、禍々しい紫色の虫が張り付いているのが見えた。
「――っ、いやああああああああッ!!」
アイリスの絶叫が市街地に響き渡る。そりゃあゴキブリだし、しかも紫色の異形だ。年頃の令嬢からすれば、気持ち悪くて当然だろう。
「これはゼンが使役している虫、いや、災虫だ。こいつに近付かれた時点で、君たちは既に負けているんだよ」
そう言いながら、バルトロメウスは自分に肉薄しようとしたウルガを一匹、目にも止まらぬ速さで捕らえ、素手で握りつぶした。
鉄さえも溶かす腐食性の体液。致死性の神経毒。それらが皮膚に直接触れているはずだというのに、奴は無傷。
やはり、バケモノだ。だから加護付きのチート野郎は嫌いなんだ。
バルトロメウスの得物は、身の丈ほどもある模擬用の大剣だ。あんな代物をバケモノじみたステータスでぶつけられたら、比喩表現ではなく確実に死ぬ。
正面から戦うのは愚行だが、ウルガによる奇襲も失敗した以上、コソコソ隠れていても勝ち目はない。
狙うは一点。なんとか奴の口から、ウルガを体内に侵入させる。それ以外に俺が勝つルートは存在しない。
厳密に言うなら、俺の胃袋にある卵嚢をすべて孵化させ、数百匹の物量で押し切れば、流石のバルトロメウスといえどひとたまりもないだろう。それをしないのは、結果として相手を確実に殺してしまうからだ。
俺は口内で三匹のウルガの幼体を転がしながら、頃合いを計ってバルトロメウスの顔面へ向けてぷっと吐き出した。
ほら、小さい死神が鎌を振り上げてるぞ。
「――『獅子炎陣』」
バルトロメウスが短く唱える。それは前方180度に炎を撒き散らす単純な武技だったが、炎に弱い虫たちは一瞬で炭化し、黒い灰となって石畳に散った。
襲いかかる炎を紙一重で掻い潜りながら、俺はさらに連続してウルガを吐き出していく。
「芸がないね。ゼン、そんなものかい?」
バルトロメウスは大剣の腹を使い、執拗に迫る虫たちをまるで羽根を払うかのように器用にはたき落としていく。
芸がないのはしょうがないだろ。こっちはスキルしか持ってないんだから。
「次はこっちから攻めさせてもらうよ」
直後、バルトロメウスの姿が掻き消えた。
気づいた時には、大剣の重圧が眼前にまで肉薄している。
――ッ!
俺は手に持った棍棒を掲げ、死に物狂いで最初の一撃を弾いた。
重い。一撃ごとに骨が軋み、内臓が震える。大剣と棍棒がぶつかり合うたび、火花が散り、衝撃波が周囲の窓ガラスを叩き割った。
圧倒的な力だ。バルトロメウスの振るう暴力は、俺の抵抗を力ずくでねじ伏せてくる。
「終わりだ」
バルトロメウスの振り下ろしが、俺の防御を真っ向から粉砕した。
激しい破壊音と共に、愛用の棍棒が木っ端微塵に砕け散る。防ぎきれなかった衝撃がそのまま俺の体に伝わり、俺の肉体は紙屑のように後方へと弾け飛んだ。
視界が回転し、背中に煉瓦造りの家の感触が走る。
凄まじい轟音を立てて、俺は民家の壁を突き破り、そのまま暗い家屋の奥へと倒れ込んだ。
あぁ、やっぱり圧倒的だ。奴はまだ本気どころか、半分の力すら出していないだろう。
予想通りの結果であり、観客の誰も俺が勝つとは思っていない。それは、俺自身も同じだ。
バルトロメウス・フォン・ヴォルフラム。
既に記憶が混濁して曖昧だが、あいつはスロンのDLC第一弾のラスボスだ。あまりの理不尽な強さに、配信後すぐに弱体化パッチが入ったほどの化け物。
元はCランク、農民たちを貪って成長した個体でも良くてBランク止まりの現状のウルガ・ゴキブリでは、やはり限界がある。
仕方ない。隠し札を切るか。
俺はウィッキーに頼んで無理矢理手に入れてもらった、ある魔物の干からびた死骸を取り出した。
俺のスキル、『超肥満』の副次的効果。
『本能力は対象の生死を問わず取り込みが可能であり、死体であってもその肉組織を自身の細胞と癒着させることで、腐敗を防ぎ、鮮度を保ったまま体内で保持し続けることができる。その際、たとえ死骸であっても損壊箇所を爆発的な速度で再生させ、強制的に蘇生・使役することが可能となる』
死体だろうがなんだろうが、無理矢理蘇生させる。ただ、条件がある。それは、俺が飲み込めるサイズに限られるということだ。
逆に言えば、喉を通りさえすればどんなものでも蘇生・再生させ、俺の駒にできる。
手の中にあるのは、干からびたごぼうのような物体。
俺は凄まじい拒絶反応に嗚咽しながらも、それを無理矢理飲み込んだ。
胃袋の中で、異物が急速に膨張し、熱を帯びていく。
内臓を内側から作り替えられるような激痛に耐え、俺はそれを――ゲボァッ、と吐き出した。
家屋の闇の中に、蠢く物体が落ちる。それは俺の胃液に濡れて、禍々しく光を反射するのだった。




