第40話:圧倒的な実力差
石畳が敷き詰められ、精巧な民家が立ち並ぶ再現市街地。その入り口で、俺は周囲の目を盗み、喉の奥からせり上がる不快な異物感を吐き出した。
指先ほどの黒い影が、音もなく石畳の隙間へと滑り込んでいく。胃袋の中から吐き出されたウルガの一体だ。一般的なゴキブリより一回り大きく、頭部に五本の角を持つその個体は、奇襲と偵察において真価を発揮する。
流石にこの演習で標的を殺すわけにはいかないため、今回は偵察に徹させるが、五本の角が正確に周囲の魔力を探知し、侵入する前から敵の位置が丸分かりになった。市街地の路地裏、建物内にまで潜り込ませたウルガが、俺に羽の羽ばたきの強弱、回数、触覚の動き。更には地図にマーキングを施す事で正確な位置を伝える。
「……南東の時計塔裏に二名。北側の路地、民家の二階に一人。残りの二名が中央広場の噴水付近だ。全部で五人、全員の位置は掴んだ」
俺が把握した敵の位置を具体的に伝えると、班の連中は「何故そんなことが分かるのか」と一様に困惑したような疑問を口にした。建物の遮蔽物越しに敵を特定するなど、通常の知覚では不可能な芸当だからだ。
「魔力に敏感なんだ。空気が揺れる感覚で、大まかな位置なら掴める」
適当な理由をつけて誤魔化したが、実際のところ俺には魔力なんて殆ど無い。敏感も糞もないのが現実だ。
試験前の評価であれば到底信じてもらえなかったに違いないが、バルトロメウスと同率一位という揺るぎない結果が、俺の出鱈目な言い分に「隠れた特殊能力」としての説得力を与えていた。やはり結果こそが全てなのだと、改めて思い知る。
もちろん、位置が判明したところで、その中の誰が倒すべき「王」なのかは実際に接触して制圧するまで分からない。この状況で誰よりも早く手柄を立てたいガストンが、獲物の居場所を聞いて殺気立つのを感じる。
そして、市街地防衛制圧模擬戦の開始を告げるベルが、再びけたたましく鳴り響いた。
俺はすでに、ガストンを戦力として数えていない。この組織戦において、統制を乱すだけの分子は邪魔なだけだ。適当に泳がせて、敵の注意を少しでも引くデコイ(囮)になってくれれば御の字だと割り切っていた。
その目論見は、望み通りの形で結実した。
カイルたち第十一班にとっても、まさか士官学校の模擬戦で、意思疎通すら放棄して単独で突っ込んでくる本物の馬鹿がいるとは計算外だったのだろう。
俺が伝えた敵の位置に向け、ガストンは本人気取りの「隠密」で接近を開始した。だが、遮蔽物の使い方も足音の殺し方も素人以下のそれは、敵からすれば丸見えの状態だ。
南東の時計塔付近。ガストンが物陰から飛び出した瞬間、待ち構えていた敵チームの二人組が牙を剥いた。
「そこだ、無能がッ!」
放たれたのは、対人制圧用の非殺傷魔法「重圧の衝撃波」だ。本来、殺傷能力を持たない魔力の塊だが、射出時の衝撃を一点に凝縮し、着弾した肉体に強烈な打撃と一時的な神経麻痺を与える、実技教練では定番の魔法である。
それが無防備なガストンの土手っ腹に、逃げ場のない角度で直撃した。
ドゴォッ! という、重い肉塊を叩いたような音が響く。
「が、ふぉ……っ!?」
衝撃で横隔膜が跳ね上がり、肺の空気が強制的に絞り出される。ガストンは胃の内容物を無様にぶちまけ、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。そのまま痙攣を一つ残し、戦闘不能を意味する魔導信号を発しながら気絶する。
あっけない幕切れだった。
倒れたガストンの首元へ、王の証であるネックレスの有無を確認しに一人の男子生徒が歩み寄る。その油断を、影に潜んでいたライナスが見逃さなかった。
「一人目ぇ!」
咆哮と共に、ライナスの重い木刀が振り下ろされる。不意を突かれた男子生徒は、魔法を展開する暇もなく、肩口への一撃で石畳に沈んだ。
それを見たもう一人の女子生徒が、悲鳴を上げながら後退し、杖を構えようとする。
だが、俺はすでに彼女の死角に潜り込んでいた。魔力を全く持たない俺の移動は、魔力探知を基本とする魔導師の索敵には一切引っかからない。文字通りの「透明人間」だ。
俺は無慈悲に、彼女の背後から踏み込み、無防備なみぞおちに向けて拳を叩き込んだ。
相手が女だろうが、年頃だろうが関係ない。俺の辞書に女尊男卑なんて甘い概念は存在しない。戦場に立った時点で、その肉体は等しく排除すべきオブジェクトだ。
もちろん、心臓を止めない程度に加減はした。
「……お、えぇ……っ!?」
彼女は、淑女とは程遠い、酷い嗚咽を漏らして膝をついた。内臓を直接揺さぶられた激痛と吐き気に顔を歪め、そのまま子供のように号泣しながら投降の意志を示した。
ライナスの方も、距離を詰めさえすれば魔法使い相手に白兵戦で負ける道理はない。即座に男子生徒を制圧し、危なげなく快勝を収めた。
だが、二人の首を改めて確認したが、どちらにも王のネックレスは掛かっていない。
ハズレだ。この二人もまた、王を守るための駒に過ぎなかった。
ウルガが随時敵の場所を把握し、俺の肩に戻ってきて情報を伝達。奴らがどこに隠れようが、どのルートで接近しようが丸分かりだ。敵からすれば常に位置情報を透視されているようなもの。ウォールハックでも使われているような理不尽な糞ゲーを押し付けられている状況に、一瞬だけ同情しそうになる。
「ライナス、西の方角から来る。お前はあの建物から回り込んで奇襲の準備をしろ。カレンは二階の窓から衝撃波で牽制。ミナはまだ隠れてて。……あいつら馬鹿だから、絶対にカイルを王にしてるよ。十万G賭けてもいい」
俺の指示に合わせて三人が動く。直後、残った三人組が慌てた様子で近づいてきた。仲間を二人やられたことで完全に冷静さを欠いている。
あまりにレベルが低すぎてこっちが恥ずかしくなってくる。こんな連中が帝国最高峰の士官学校に籍を置いているなんて、スロン基準で言えば序盤のチュートリアル雑魚以下だ。
建物の物陰に隠れ、コソコソと移動している馬鹿三人の頭上。位置を正確に把握しているカレンが、詠唱と共に魔法を放った。
「逃がさないわよ! 『重圧の烈風』!」
空気を凝縮した不可視の弾丸が、奴らの足元で炸裂する。たまらず物陰から飛び出してきた、模擬槍を構えた男子生徒。そこへ、回り込んでいたライナスが肉体のリミッターを外す武技を発動させ、一気に踏み込んだ。
「らぁぁッ!」
重厚な一撃が男子の防御を粉砕し、一撃で沈める。「あ、あぁっ」と、一瞬の壊滅に絶望する四人目の生徒は、カレンの追撃によって背後の壁まで吹き飛ばされた。
そのまま戦意を喪失したのか、醜く悲鳴を上げながら逃走していく。
残されたのは、カイル一人。
杖と模擬刀を両手に構えた、歪な二刀流。ムカつくクソガキの成れの果てだ。
「……手を出すなよ」
俺は他の四人を制し、ガクガクと震えるカイルに向けて歩み寄る。そして、底冷えするような獰猛な笑みを浮かべて叫んだ。
「おい! 昨日までの威勢はどうした? あの豚みたいな気持ち悪りぃ親父みたいに、ブヒブヒ泣いて許しを請うてみろよ、カイル!」
あぁ、最高に気持ちいい。弱者を一方的に煽り散らかす行為は、SNSでも現実でも同じように脳からアドレナリンがドバドバと分泌されるのを感じる。
流石に家族を侮辱されて血が上ったのか、カイルが顔を真っ赤にして叫び返した。
「黙れ、欠陥品が! 父上を……ベルシュマンの名を汚すヤツは、僕が、僕が焼き尽くしてやる! 『火炎弾』ッ!」
放たれた炎系魔法。だが、威力も速度もゴミ同然だ。論外すぎて避けるまでもない。俺は最小限の動きでそれをかわすと、手にした模擬用の棍棒で奴の杖を叩き落とした。
杖を失い、震える両手で模擬刀を握り直すカイル。俺は自分の額の傷を親指でコンコンと叩きながら、極上の微笑を向けてやった。
「この額の傷、格好良いだろ? わざと残したんだ。……お前にも同じのを、いや、もっと深いのをつけてやるよ」
「うわあああああッ!」
パニックに陥ったカイルが、猪突猛進に突っ込んでくる。その無防備な模擬刀を軽くいなし、はたき落とす。がら空きになった胴体へ、俺は容赦なく膝蹴りを一発ぶち込んだ。
「ごふっ……げ、はっ……!」
その場に吐瀉物を撒き散らし、両膝をつくカイル。涙と鼻水、そして股間からは小便まで漏らし始めたクソガキ。その首元に、王の証であるネックレスが鈍く光っているのが見えた。
「あぁ、やっぱりお前が王で良かったよ。期待を裏切らない馬鹿で助かった」
絶望に染まったカイルの顔面へ、俺は仕上げの膝蹴りを叩き込む。崩れ落ちる衝撃と共に、第十六班の完全勝利が確定した。




