これが大事
一人の新人選手が試合中に代打を任された。
コーチが声をかけてくる。
「『鶴の恩返し』という話を知っているか?」
新人選手はうなずく。当たり前だ。有名な昔話である。助けた鶴が恩返しに来る話だ。
「あの話で大事なのは、『たった一回の失敗ですべてが台なしになる』という教訓だ。この打席を大事にしろよ」
コーチの言葉を聞いて、新人選手はプレッシャーを感じる。ひょっとして、この打席で凡退したら二軍落ち?
これこそがコーチの狙いだった。この新人選手には特に期待している。いずれチームの中心選手になるはずなので、今の内から「プレッシャーに打ち勝つような、強い精神力」を鍛えておきたい。
とはいえ、無茶を言っているつもりはなかった。相手投手は敗戦処理だし、どう見ても打ちごろの球ばかりを投げている。この新人選手なら普通に打つだけで、良い結果につながるだろう。まずは、このくらいのプレッシャーから慣らしていく。
ところが、まさかの凡退に終わった。どう見ても力みすぎだ。さっきの声かけが原因っぽい。
(うーむ。どうしたものか・・・・・・)
コーチは考え込む。凡退したものの、監督を説得して、この新人選手をそのまま守備につかせた。試合に出し続ける。
しばらくして、この新人選手の打席がまたもや回ってきた。
コーチは笑顔で声をかける。
これに対して、露骨に嫌そうな顔をする新人選手。
しかし、コーチはそれを無視して堂々と言う。
「さっきの話は、きれいさっぱり忘れてくれ。プロの世界では、『図太さ』が一番大事だと思う。そう、今の俺のようにな」
凡退してもいいじゃないか、そのくらいの心の持ちようが大事だと伝える。
「Z・U・B・U・T・O・S・A!」
そう言って、新人選手を送り出した。
次回は「目覚まし時計」のお話です。




