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第四十五話FUUKA☆イン ニヴルヘイム(視点変更有)


(二ノ宮陸也視点)


 風花ちゃんの変化はゆっくりと顕れた。月の満ち欠けのように、ほころび始めた花びらのように、羽化し始めた蝉のように、ゆっくりと、だけど確実に変化が起こっていた。


「お待たせ、陸也さん」

 図書館の談話ルームで待ち合わせる。風花ちゃんは微笑を湛えていた。

「何かいいことがあった?」

 俺もほほ笑み返す。

「はい」

「良いお返事だね」

 風花ちゃんはにっこりほほ笑みながら、トートバッグの中から紙片を取り出して見せた。

「三年二組佐竹風花、数学……百点じゃないか!」

「中間テストですけどね。でもね、今回百点はクラスで三人しかいなかったんですよ」

「すごいじゃない。何かご褒美をあげないとね」

「私が陸也さんにお礼をしますよ」

 俺は目を細めて風花ちゃんを見つめる。あれから風花ちゃんは、俺の前で二度と涙を流さなかった、二度と尚吾の名前を口にしなかった。ほっそりと痩せてシャープになった輪郭が少女から大人の女になりつつあることを告げていた。風花ちゃんは、誰もがふと視線を止めてしまうくらい美しい女性になっていた。

「これは?」

 トートバッグから答案用紙を取り出した時に一緒に引きずられて出てきたらしい。封筒の角がはみ出している。

「ああ、これは!」

 風花ちゃんは少し困ったように封筒を引っ張りだした。水色の封筒に角ばった文字が書かれていた。佐竹風花様と書いてある。

「誰だよ、こいつ」

 送り主の名前を見て俺は顔をしかめた。

「二年生の男子なんですけど、文通をしたいって言われて……今どき文通って言うのも珍しいですよね」

 風花ちゃんは苦笑した。

「文通するって返事をしたの?」

 俺は思いっきり顔をしかめる。

「いえ、返事はまだ。受験だし、さすがに文通はできないかもって口頭では伝えてあるんですけど、とにかく一度読んでほしいって言われてて……」

 俺は封筒を勝手に開封して読んだ。

 憂いを含んだあなたの横顔が……云々。文学青年もどきの文章に目が点になる。

「駄目ですよ、封書は本人以外があけちゃいけないんですよ?」

 風花ちゃんがたしなめるように言って俺から手紙を取り上げた。

「これ、読んで返事を書くの?」

 俺は眉をひそめた。

「とりあえず読まなきゃ失礼にあたりますよね」

 風花ちゃんは手紙の冒頭をちらりと見て苦笑した。

「読む必要ないよ」

 俺は再び手紙を取り上げて、手紙をびりびりと破った。

「陸也さん!」

「そいつに言いなよ、彼が怒って手紙を破いちゃったって。何度書いてもまた破くって言ってるってさ」

「……陸也さん」

 風花ちゃんは困ったように眉をひそめた。

「さ、さっさと勉強やっちゃおう」

 困っている顔の風花ちゃんも良い、そう思って笑みがこぼれる。なんだかこれじゃあ俺の方が子供みたいだなと苦笑した。


 勉強が終わってから、電車の中で読む本を借りたいからと、風花ちゃんは荷物を置いたまま本を探しに行った。俺はチラリと風花ちゃんのトートバッグを見つめる。あの封筒以外に良からぬ手紙とかは入ってないんだろうなと心配になってくる。俺は周りをチラリと見回してから、そーっとトートバッグの中を覗いてみた。大学ノートやペンケースや問題集の間に、何かカラフルな紙がピラピラくっついている参考書があった。俺は首を傾げてそれを引っ張りだした。そして凍りつく。カラフルな紙片はすべて付箋紙で、その付箋紙には見なれた字体の文字がびっしりと書き込まれていた。俺はゴクリと唾を飲み込むと、その参考書をそっと元に戻した。



(佐竹風花視点)


 手軽に読める歴史の本を探していた私は、背後に人の気配を感じて振り向いた。陸也さんが立っている。待ちくたびれて探しに来たんだろうか。

「ごめんなさい、なかなか良い本が見つからなくて……」

 なぜだか陸也さんはこわばった顔をしていた。

「風花……」

 私ははっとして陸也さんを見上げる。いつもは私のことを、ちゃん付けで呼ぶ陸也さんなんだけど、何故かキスするときだけは呼び捨てにする。

「陸也さん?」

「風花、俺のこと好き?」

 手首を掴まれて、体を引き寄せられる。

「陸也さん、どうしたんですか?」

 ヒソヒソ声で問いかける。図書館でキスするわけにもいかないだろう。

「俺のことを好きかって訊いてるんだよ、答えられないのか?」

「……好きですよ」

 私は少し動揺する。いつもの穏やかな陸也さんらしくない攻撃的なもの言いだ。

「愛してる?」

 陸也さんは懇願するような口調になった。

「……愛……してますよ……どうしたんですか?」

 戸惑いながら小声で早口で囁く。

「じゃあ、風花からキスしてよ」

「え?ここでですか?」

 切羽詰まった様子の陸也さんに動揺しつつ、背伸びをして軽く口づけた。陸也さんは、そのまま私を抱きしめて口づけを返す。咬みつくような深い口づけに眩暈がする。誰かの咳ばらいが聞こえたような気がして、私はようやく解放された。


「……もう帰らないと両親が心配します」

 陸也さんはさっきからずっと私を抱きしめたまま離さない。図書館の帰り、どうしても見せたいものがあるからと陸也さんの部屋に連れて行かれた。だけど……ごめん、見せたいものなんて本当はないんだ、部屋に着くなり陸也さんはそう言って、私を抱き寄せた。

「今日は帰さないって言ったら?」

「そんなことしたら、もう二度と私一人で街に出られなくなりますよ」

 突然態度が変わってしまった陸也さんに戸惑う。文通のことがそんなに嫌だったんだろうか?

「尚吾の家には泊ったんだろ?」

「……どうして一之瀬さんの話をするんですか?それに私が泊ったのは一之瀬さんのお母さんの家です」

 私は唇をかみしめる。尚吾を一之瀬さんと呼ぶことにした。私は未だに足掻いていたのだ。尚吾を忘れるために……。それなのに尚吾のことを持ち出す陸也さんに、私は苛立つ。

「ごめん、俺どうかしてるな。風花がまだ尚吾のことを忘れられてないんじゃないかって疑って……」

 私は陸也さんの悲しげな瞳に、辛そうな言葉に、抱きしめる腕の強さに、息がとまりそうになる。陸也さんは……気づいたんだ。私の中の尚吾に……。でも、どうして?

 私は途方に暮れる。

 だって、私にはさっぱり分からなかったのだ。どこへ向かえばいいのか、どこが出口なのか、どうしたらこの気持ちを鎮めることができるのか……

 右も左も分からない霧の世界(ニヴルヘイム)を……私の心は彷徨っていた。


 自室のベッドの上で、参考書を広げる。はらりとピンク色の付箋紙が剥がれて落ちた。私はそれを拾い上げて、めくれて少しカールした接着面の角を伸ばして再び貼り付ける。努力の甲斐なく、その付箋紙は、はらりとすぐに落下した。私はため息をついて、その付箋紙を手帳の透明カバーの間に挟み込む。これで八枚目だ。

尚吾と最後に会ってから、既に二カ月が経とうとしていた。


読んでくださってありがとうございます 招夏

 

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