掃除
第9話
二日後、何とか立って体を動かすことが出来た有栖は、置きっ放しにしていた自分の服を取りに研究室へ向かった。
研究室へ入るのは、7日ぶりだ。
自分で作った”キー”を使って扉を開けた。
前に来た時は、キーをかざすと男の人の声で自分の名前を呼ばれ、お待ちしていましたと言われたが、今回は何もなく扉の鍵が開く音だけがした。
扉を開け、中にある電気のスイッチを手探りでつけた。
部屋の奥の方を見ると、すぐに自分が脱いだ服が見つかった。
今回は服を回収したらすぐに戻る予定だったが、前回暴走した時の爪痕が残っており、本棚の本や机の上に置いてあったものが床に散乱しているのが目に入った。
「あちゃー…」
予想はしていたが、散らかっているのを見たら片付けないと申し訳ない気分になりそうで、できれば見ないようにしようと思っていた。
だが、明らかに散らかっている為、それは無理というものだった。
「ちょっとだけ片付けていこう」
そう思って少しだけ片付けることにした。
とりあえず、服の周りに落ちている本を拾って本棚に戻した。
目の前の机の下にも本が落ちているのが目に入り、それを拾おうとすると、机の下にダンボールがあることに気がついた。
この前のユニフォームが入った箱とは別の箱だが、気になった。
「何が入ってるんだろう…」
この前のこともあるんだからやめておけば、という気持ちもあったが、怖い物見たさもあるのか、はたまた”何かでてきほしい”という気持ちもあった。
机の下からダンボールを引っ張りだし、箱をそっと開けた。
「これは・・・」
開けてすぐに見えたのは、白い布と掃除に使うハタキだった。
ハタキと一緒にある白い布を見て、まさかと思いながら、布を箱から出して広げた。
「えーーー!??」
見るからに、”掃除の人”みたいなエプロンと三角巾が現れた。
「えーー!!ちょ、え、なに、今度はこれを着ろってこと!?」
また何かのユニフォームでも出てくるのかと思っていたが、予想外のものが出てきたために驚きを隠せなかった。
「なんでこのタイミングで!?これを着て掃除しろってこと!?これを着れば前みたいに早く動いて掃除も早いってこと?いやいやいや!前みたいになったら余計散らかしちゃうんじゃないの?ってかこれ着るの恥ずかしいし!!」
状況の読み込めなさに加えて恥ずかしさも加わり、独り言が止まらない。
とはいえ、ちょっとした恐怖感と好奇心が混ざると、なかなかそれを止めることは難しいものだ。
案の定、着てみることに決めた。
「掃除の格好なら、前みたいに激しく動いたりはしないよね…」
自分に言い聞かせるように言ったあと、エプロンを身につけ、三角巾を頭に巻いた。
箱の中には、他にもマスクまで用意してあった。
「準備のいいこと…」
まずはマスクを耳にかけてつけ、その後ハタキを手に取ろうとした時に手を止めた。
「この前みたいになっちゃうかも…。いや、きっと大丈夫…」
目をつむって、えいっとハタキを掴んだ。
ドキドキドキ
シーン…
何も起こらなかった。
「まだ、大丈夫…」
まずはホッとしたが、まだ油断は出来なかった。
前にユニフォームを着た時は、ここから一歩動いた時に体が勝手に動き始めたのだ。
「動いても、きっと大丈夫…なはず」
何の根拠も無いが、そう言い聞かせた。
ハタキを胸の位置で両手で握りしめ、祈るように横へ一歩足を踏み出した。
ドキドキドキ
シーン…
また何も起こらなかった。
「………はぁ…」
息を止めていたらしく、肩で息をするようにして、溜めた息を吐き出した。
「本当にただの掃除用の服だったんだ…。緊張して損した…。せっかく服着ちゃったし、やっぱりもう少し片付けていこう」
そう思い、近くに落ちていた本を拾おうとした瞬間
「きゃっ!!!」
本に向かって一気に体をかがめ、目にも止まらぬ速さで右手が一直線に本に向かった。
一冊手に取ると、近くにある別の本に向かってまた手が伸ばし、また一冊を手に取った。
片手で持ちきれない分は左腕の脇に抱え、少し遠い場所に落ちている本は両足をササッと入れ替え、最短距離で体が本に向かう。
これ以上持ちきれないところまで本を持つと、体がぐるっと反転し、まるでクラウチングスタートをするように低姿勢で本棚へ向かって走り出した。
本棚の前に来ると、右手に持っていた本はサッと棚に戻し、左脇に抱えていた本は床に落とすように腕を脇からパッと離した。
本が床に落ちるように空中に投げ出されている間に、両手を使って一冊ずつ手に取っては棚へ戻し、全ての本を床に落ちるまでの間に棚に戻し終えてしまった。
そしてまた体がぐるっと反転し、次の本を拾う為に体を一気にかがめ、一直線に手を伸ばし、次々と本を拾っては棚へ戻していった。
「きゃーーー!!!いやーーー!!!掃除の…服…なんて…嘘…つきーーー!!!きゃーーー!!!」
誰も嘘は言っていないが、覚悟していたタイミングを外され、結局予想通りの展開になった悔しさでそういう気持ちになった。
本を片付け終えると、書類を元の位置に戻したり、高い位置にある本棚の上までジャンプし、一回のジャンプでその棚のホコリを全て払った。
本棚が終わると、着地と同時に隣の棚へ瞬時に移動し、またジャンプをしては一回のジャンプでホコリを全て払っていった。
全ての棚のホコリを払い終わると、どこから出てきたのか、モップで床に落ちたホコリを拭き、最後に自分の服を畳んで机の上に置いたところで、ようやく勝手に動いていた体が止まった。
掃除が完了したようだ。
途中、何度か手に持っているハタキを離そうとしたが、離したと思った瞬間に持つ手を変えたり、エプロンのポケットにしまったりなど、体から離れてくれなかった。
ではマスクは、と思ったが、ジャンプの衝撃やモップを持ったりなど、顔まで手が動いてくれなかった。
結局何もすることが出来ず、掃除が完了してしまった。
「もういや・・」
そう言って自分で畳んだ服だけ持ち、研究室を出て自分の部屋へ向かった。
服を取りに行っただけなのに、戻ってくるのが遅いと思っていたおばあちゃんは、掃除用の服を着た弱っている有栖を見て驚いた。
「あんた、また何してきたんだい!?」
「今度話す…。おやすみなさい…」
話す気力もなく、部屋に一人で戻って布団に入り、そのまま寝てしまった。
翌日、学校では。
「えー、有栖さんですが、筋肉痛のためもう2~3日お休みするそうです」
「えーーーーー!!!」
有栖は、またもや筋肉痛で動けなくなってしまったのだった。




