研究室
第4話
有栖は研究室へ戻るとすぐに作業を始めた。
研究室にある機材を使って、頭の中にあるイメージのものを作っていく。
その作業の手際に、一切の迷いは無かった。
ようやく掴んだヒントを頼りに、早く正解に辿り着きたい一心で目の前の作業に没頭する。
まるでいつも行っていることかのように機材を組み合わせているが、決して今までこういったことをしたことがあるわけではない。
ただなんとなく、こうすればいいのではないか、こことここを繋げればこうなる、ということがイメージとしてハッキリ浮かんでくるのだ。
自分でもなぜこんなことが出来るんだろうという疑問すら湧いてこない。
出来ることが当たり前と思っているかのように、ただただイメージを具現化すべく作業に打ち込んでいる。
その迷いの無い作業スピードは圧巻だが、さすがに外は暗くなり始めていた。
なかなか戻ってこない有栖を心配して、おばあちゃんが研究室へ顔を出した。
「陽葵、まだここにいたのかい。とっくに夕飯の時間過ぎてるよ」
「…あとちょっと」
「あとちょっとって、どのくらい?」
「…もう少し」
「もう少しって、どのくらいだい?」
「…これが終われば」
「だから、いつ終わるんだい!」
「…できた!!!」
「なんだい、出来たのかい。そうしたら早く家に戻って夕飯にするよ」
「いらない!食べてて!」
そう言ってまた研究室へ急ぎ足で向かった。
「一体なんなんだい!まったく。今まであんなに夢中になることなんて無かったのに…。とうとうあの子も似てきたってことなのかね。子供は急に成長するんだねぇ」
有栖は扉の前に着き、RFIDの読み取りを始めた。
今度の準備は万全にしてきた。
読み取った情報をその場で使用できるよう、RFID読み取り機はタッチパネル式にし、その他のあらゆる通信規格に対応させ、使用できるまでにした。
有栖はこの後の展開のだいたい目星をつけていた。
読み取り機には、読み取りが完了したことを知らせるメッセージが表示された。
「よし」
一言言って読み取った情報を表示させた。
「えっ」
表示されたものを見て、呆気に取られた様子だ。
”名前””生年月日”
出てきた情報はこれだけだった。
「えっ、これだけ?」
もっと、クイズやなぞなぞのようなものが出てくると思っていた有栖は、少し戸惑った。
しかし、そう出てきたものはしかたがない。
問題は、名前と生年月日を一体どうすればよいのか。
口に出して言えばいいのか、紙に書けばいいのか、それ以外の情報は全くないのだ。
だが、有栖は迷わず読み取り機に入力を始めた。
あらかじめ、ある通信規格に目星をつけていた為、そこに入力を始めたのだ。
入力が終わると、読み取り機を壁にあてた。
ピピッ、と音が鳴った。
エラーメッセージは出てこない。
有栖の予想は的中した。
おサイフケータイで買い物をしたり、電子マネーで改札を通るときのように、ic通信をしたのだ。
RFID以外の電波を感知しなかったことから、これが正解だと確信していたようだった。
ブゥゥゥン
やや低く、重く感じるような音がした。
何かの機械が起動した時のような音だ。
「読み取りを開始します」
扉のあたりから機械の男性の声がした。
「ひゃっ!」
有栖はビクッとして、うわずった声を上げた。
この展開は予想していなかったようだ。
「照合が完了しました。陽葵様、お待ちしておりました」
「えっ、今あたしの名前…」
カチャッ
機械の男性は有栖の名前を呼んだ。
それに驚き、なぜなのかを理解する前に扉の鍵が開いた音がした。
本来ならここで扉が開いたことに大喜びする予定だったが、それ以上の疑問が次々と浮かんできた。
バーン!と中に入ってやるつもりだったが、有栖は恐る恐る扉に手を当て、ソーッと押して開けた。
扉を半分ほど開け、中の様子を探ろうと体も少しずつ中に入れていくが、中は真っ暗だった。
手探りで電気のスイッチが無いかを探し、スイッチらしき感触のするものを押した。
パッと部屋全体が明るくなった。
眩しさに目を少し細めたが、すぐに慣れた。
部屋はさほど広いわけではなく、部屋の奥の壁にはスクリーンがあり、その前にはプロジェクタが置いてある。
それ以外にはPCが2台置いてあり、研究室にあったような作業机や研究に使う機材などが置いてある。
壁には本棚や各機材を閉まっておく棚が並んでおり、二人で作業するのにちょうど良い広さとなっているようだった。
初めて入る部屋だったが、妙に懐かしさを感じた。
10年以上放置されていた部屋のはずだが、ホコリっぽさは無く、きちんと整理されすぐにでも使えるようだった。
入り口付近から一通り部屋全体に目を通し終わると、一歩一歩、ゆっくりと部屋の中を進み始めた。
懐かしさを感じたのは、おそらく父と母、二人だけがこの部屋を使っていただろうという予感がしたからかもしれない。
机に残されていたメモ書きには、二人が書いたものと思われる文字が書かれていることからも、そう感じ取れた。
少しずつ部屋の奥へ進んでいくと、プロジェクターの近くに箱が置いてあることに気がついた。
その箱に近づいてみると、箱の前に紙が一枚置いてあった。
その紙を手に取り、中を見てみると、”陽葵へ”と書かれていた。
「えっ…」
有栖は驚いた。
なぜこんなものが用意してあるのだろう、と。
それに、両親が今まで自分の為に残したものを見たのが初めてだった。
小さい頃、まだ両親がいた時に服などを買ってもらったことはあったが、体が大きくなり、着れなくなってからはおばあちゃんに買ってもらっていた。
まさか自分たちが帰ってこなくなると思っていなかっただろうから、自分の為に何かを残すなんて普通は考えないし、残していないのが当たり前だと思っていた。
しかし、この紙に自分の名前が書いてある状況からすると、もしかしたら…と疑問を持たずにはいられなかった。
そんな疑問を持ちながら、目の前の箱に視線を送った。
箱に手をかけ、ゆっくりと開けた。
中身が現れた。
「えっ…」
またも驚いた。
「えっ、これって…ユニフォーム…?」
そう、箱の中身はユニフォームだった。
ユニフォームを手に取り、持ち上げて広げてみた。
「これって…バスケ…?」
スポーツをほとんどしてこなかった陽葵には、何のユニフォームかいまいちピンと来なかった。
しかし、箱の中を見てみると、細長く、カバーに入った物があることに気づいた。
カバーごと取り出し、中を見ると、ラケットが出てきた。
「これは…バドミントン!」
そう、バドミントンのラケットとユニフォームだった。
ユニフォームを裏返しにしてみると、丁寧に陽葵の名前まで刺繍されていた。
「えっ、ちょ、これって…。私に着ろってこと???」
一体何が起こっているのか、もうわからなかった。
なぜ両親は私に残しものをしたのか、なぜそれがバドミントンのユニフォームなのか、さっぱり理解できなかった。
せっかく形見のようなものに出会えたと思ったのに、なぜこんなものを、とイラっとする感情も芽生えた。
様々な想いが頭の中を駆け巡り、整理できる気がしなかった。
おそらくほんの数秒のことだったのだろうが、数分も、数十分も考えている気がした。
そうなると、巡り巡って出る答えは、シンプルに原点に戻ってくるものだ。
「…着ろってこと?」
最初の疑問に戻った。
「きっと、着ろってことだ…」
何がどうなっているのか、さっぱり状況が読み込めていないのはさっきから変わっていないが、着るという選択をしたことで、少しだけ状況は先に進んだ。
後で着るという選択はなかった。
着ている服を脱ぎ、下着だけの状態になり、箱の中にあったユニフォームを上下ともに着ていった。
ここまで変わった様子はないが、上下とも着終わり、どうせなら最後まで、とリストバンドも腕につけた。
もう箱の中には何もなく、変わった様子もない。
着ればわかると思ったのに、何も変わらない。
両親は何がしたかったのか、謎が深まる一方だった。




