新人戦
第20話
初戦の相手は、高校に入ってからバドミントンを始めたような二人だった。
高校の名前も、バドミントンではあまり聞いたことがないと葉月は言っていた。
試合前のウォーミングアップでのプレーを見て、有栖は少し安心した。
(こういう人たちが出ることもあるんだ。私だけじゃないんだ)
試合は一方的なものとなり、有栖達は2ゲームを先取して初戦を突破した。
初戦に勝ったことで二人とも緊張がほぐれたようだ。
続く2試合目も伸び伸びとしたプレーで2ゲームを先取し、その勢いはその日一日続いた。
全ての試合を2ゲーム先取し、全く危なげなくグループ準々決勝も勝利した。
快進撃は留まることを知らず、なんとグループ優勝を決めただけでなく、決勝トーナメントも勝ち進みついに決勝戦まで上り詰めた。
二人の噂は都内の高校中に知れ渡った。
ここまで勝ち進んだ原動力は、二人の息を合わせたプレーはもちろん、有栖の活躍によるものが大きかった。
相手が嫌がるところをつくショット、左右に打ち分け、フォーメーションを崩して隙を作るプレーは他校の選手も勉強となるものだった。
そして二人の噂が一気に広まるきっかけになったのが、グループ決勝で勝利したあとに対戦相手と話をした際、葉月はケガで一時バドミントンを離れていたこと、有栖は最近になってバドミントンを始めたことを言ったことだった。
経験者にとって初心者に負けること以上の屈辱はなく、グループ優勝を持って行ってしまったという事実があまりにも衝撃的だった。
しかし、決勝トーナメントを勝ち進むと、実力を認める声が強くなり、偉業を達成し新しいヒロインが誕生する姿を見てみたいという気持ちが周囲に芽生え始めた。
二人も、周囲の視線や声が勝ち上がるごとに強くなっていることを感じ取っていた。
試合に勝つ、優勝するという自分たちの目標とプレッシャーの他に、全く別のプレッシャーが襲いかかってきた。
だが、恐らくもっとプレッシャーを感じているのは相手の方だろう。
目の前の試合に集中しなければいけないのに、まるで自分たちが悪役かのような空気に、有栖たち以上の重圧があるはずだ。
葉月は、試合が始まる直前、自分に言い聞かせるように有栖へ言った。
「私たちには失う者は何もない。きっと相手の方がプレッシャーを感じているはずだから、最初に流れを掴もう。私たちならやれる」
勝ち続けることで得られる喜び、膨らむ優勝への期待、全てが終わるまで続く緊張感、全てが初めてで、どう気持ちを保てばいいのかわからない有栖にとって、それはとても心強かった。
「私、葉月さんがいるから、心配してないよ。バドミントン部に誘ってくれてありがとう」
「はは・・!それは、こっちのセリフだよ・・」
作戦とか、動きの確認とか、仲間を本当に信じる気持ちを持つと、もう言葉はいらない。
仲間の視線、足の運び、息づかい、それらで何をしようとしているのか、自分が何をすればいいのか、全てが通じ合っているような気がしてくる。
二人は、互いに感謝の言葉を伝え合うことでその域に達した。
そして二人でもう一度目を合わせたところで、審判の号令により試合が始まった。
試合が始まると、二人は息の合ったプレーで、相手につけいる隙を全く与えなかった。
葉月が横に振られ、スペースが空いたと思うとそこには有栖が待ち構えていたり、突然早いラリーを浴びせては緩いショットに切り替えるなど、事前に打ち合わせをしていたかのようなプレーで相手を翻弄した。
1ゲーム目は21対8と、圧倒的だった。
相手の顔を伺うに、どうしたら勝てるのかわからないといった様子で、プレッシャーだけではなく力の差を感じているようだった。
バドミントンは、2ゲームを先に取った方が勝ちである。
次のゲームを取れば有栖達が勝ち、落とせば相手を勢いづかせてしまうかもしれない。
次のゲームが始まるまでの2分の休憩の間、先生は二人に「ここからが大事!」と、慌てず、大事な場面だからこそいつも通りのプレーを心がけるよう声を掛けた。
有栖は、緊張感と、勝っている今の状況への高揚感に、自分が興奮しているのを感じていた。
それらは初めて経験するもので、早く勝ちを掴みたい気持ちと、このまま終わってほしくない気持ちが入り交じっていた。
にも関わらず、頭の方は冷静だった。
「慌てるな」という先生の方が落ち着いてよ、と思ったし、客席から応援しているチームメイトの声もハッキリと聞こえていた。
その客席の方にふと目をやると、チームメイトの後ろの方には東雲と、おばあちゃんの姿があった。
「おばあちゃん・・!」
有栖は、今日大事な試合があるとおばあちゃんに言っていたが、「そうかい、頑張ってくるんだよ」と言われただけで、場所や時間などは伝えていなかった。
きっと、有栖が頑張る姿を見たい気持ちと、負けてしまった時の姿を見たくない気持ちが混ざっていて、おばあちゃんも聞けずにいたのだろう。
「今日応援に行くよ」と言ってくれていた東雲が横にいるところを見ると、きっと東雲くんが連れてきてくれたんだ、と有栖は理解した。
「二人が見に来てくれている」
それは何よりも嬉しく、”勝ちたい”ではなく、”絶対に勝つ”という覚悟を有栖へ与えた。
「葉月さん、絶対勝とう」
「有栖さん・・。あぁ、もちろん!次で決めよう!!」
二人の強い意志は、相手に通じた。
2ゲームが始まると、相手はさらに強くなったプレッシャーから、体が思うように動いていなかった。
これがもし違う場面、例えば練習試合などで戦っていたのなら、こんなにも差が開くことは無かったのかもしれない。
しかし、今は新人戦の、約1,000チームの中から優勝チームを決めるための試合である。
重圧を感じるのが普通だろう。
今は、有栖達にとって初心者ゆえの怖いもの知らずさが、一番の武器なのだろう。
有栖は、頭も体も冴え渡っていた。
プレーの合間にコートの外の出来事も見え、もう一度おばあちゃんの方を見ると両手を体の前で握り、勝っているのに心配そうな顔をしていた。
「おばあちゃん、大丈夫だよ」
一人で小さく呟くと、葉月が放ったスマッシュを相手が拾ったシャトルが、ポーンと頭上にあがった。
「すぐに安心させてあげるからね」
有栖は、少し遠かったが、スマッシュを決めようと落下点へ移動するため素早く後ろへ下がった。
ドンッ!
「きゃっ!」
ドサッ
カランカラン
パキン
後ろに下がった有栖は、葉月と激しく衝突してしまった。
二人とも倒れ、ラケットは床に転がった。
有栖は、倒れながら(やばい)と思い、葉月を少しでも守ろうと自分の腕を葉月の背中へ回し、そのまま倒れた。
「ご、ごめん・・!!!葉月さん大丈夫!?」
「う、うん、ビックリしたけど、私も声かけなかったの悪いし、大丈夫・・痛っ・・」
「えっ!?」
「二人とも、どうしたの!?」
先生も二人の元へ寄ってきた。
「み、右の手首が・・」
「え・・手首・・?」
有栖は固まった。
自分が良いところを見せようとして、いつもより下がってしまったこと、それによって葉月が手首を痛めてしまったことに青ざめた。
「ちょっと手首動かせる?」
「ちょっと待ってください・・痛みはありますけど、なんとか・・」
「そう、じゃあラケット持ってみて」
「はい・・。(痛っ・・)」
目の前では有栖が、血の気の引いたような顔をして立っていた。
「だ、大丈夫です。ちょっと打っただけでした」
「大丈夫ですか?」
審判も声をかけてきた。
「試合は続けられますか?」
「はい!大丈夫です!!」
葉月は、有栖に心配をかけさせまいと問題ないフリをした。
「有栖さん、大丈夫だから、そんな顔をしないで!」
「・・・」
「有栖さん!」
「は、はい・・!!」
「だいじょーぶ!ほら、試合に戻るよ!」
「ほ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だってば!そんなに心配なら、試合早く終わらせよ!」
「う、うん・・!!」
試合は再開された。




