決意
第2話
有栖は、自宅のベッドの上にいた。
「うぅ…苦しい。でも、私50m走れたもん…。変わるんだもん…」
筋肉に負荷をかけたせいで熱を出し、体温は39度を超え、自分を励ますような寝言を言いながらうなされてていた。
結局、熱がおさまりなんとか動けるようになるまで3日を要した。
立つのもやっとな状態だったが、明日から学校に行くんだという気持ちが体をなんとか動かし、4日目は重い足をひきずりながら学校へ向かった。
有栖が学校へ行くまでの間、2つの出来事があった。
1つ目は、有栖が50m走を走り終えたあと、葉月はその後も看病していた為に50m走を走れなかったことで、後日一人で走った時のことだ。
葉月は、陸上競技をやっていましたというような体型そのままに、スタート前のフォームから走っているときのフォーム、ゴールの時に上半身を前に倒す仕草まで、まさに陸上選手ばりの走りを見せ、男子を含め1位のタイムでゴールしたのである。
これには男子で3位だった生田も完敗という顔をした。
皆惚れ惚れした目で彼女の走りに注目し、有栖が走った時とは別の意味で一様に沈黙した。
走り終えた彼女を見て、皆同じ言葉を心の中で呟いた。
「かっこいい…」
そして、全員が彼女に拍手を送った。
皆から「すごいねー!」などと声をかけられ、照れたように笑みを浮かべながら彼女は謙遜していた。
中学ではバドミントン部だったらしいが、引退試合で利き腕の手首を痛め、それからはバドミントンがもう一度できるようにと、足腰を鍛える為に陸上部に入ったのだという。
短い期間でこれだけの本格的な走りができるところからすると、かなりの身体能力の高さがうかがえる。
2つ目の出来事は、有栖が4日ぶりに学校に来る日の朝のことだった。
出来事といっても葉月の件のような派手なものではなく、有栖と東雲が同じ中学校出身だということがわかったことだった。
「なんでもっと早く言わねーんだよ!」
と生田に言われていたが、それは有栖にも言えることである。
もっとも、有栖は自ら自分のことを話すタイプではないし、二人が卒業した中学校から来たのはこの二人だけなので、話すタイミングを失うとなかなかたどり着かない話題なのかもしれない。
「ごめんごめん!別に黙ってたわけじゃないけど、クラスも違って仲良かったわけじゃないし。」
「だからってなぁ。でも、普通あんだけ足遅かったらみんな騒ぐだろ」
「まぁ運動神経が良くないみたいなことはよく聞いてたけどね。体育はほとんど見学してたとか。体弱いのかもね」
「ふーん。他にはなんか知ってることないのか?」
「ん?なに、もしかして気になってるの?」
「ば、ばかそんなんじゃねーよ!ただ、あいつそんなにクラスの奴と仲良くしてるの見たことねーから、来たら話かけてやろーと思っただけだよ!」
「ふーん。まぁそういうことにしとくよ。」
「ふん!で、他にはなんかないのかよ」
「んー、そうだなぁ。あ、そういえば今はおばあちゃんと二人で住んでるとか。だいぶ前に有栖さんの親、どっちも事故で…」
ガラガラガラ
「有栖さん!大丈夫だった!?心配したんだよ~!」
「体調悪そうだけど、学校来て大丈夫なの!?」
「え、あ、え…」
4日ぶりに学校に来た有栖をクラスの女子たちが出迎えた。
有栖は予想外の出来事に困惑しているようだ。
「もしかして、筋肉痛で休んでたって本当なの?」
「う、うん」
「えー!ほんとにー!昔から体弱かったとか!?」
「体が弱かったわけじゃないけど、その、運動神経悪いから、あんまり運動してなくて…」
言いにくそうにしながらクラスメートからの質問に答えた。
「えー!でも50m走って筋肉痛で休むって、ある意味すごいね!」
「もしかして体育休めまくり?うらやましい~」
「う、うん、いや、あの」
「おい、その辺にしとけよ!久しぶりに学校来て囲まれてびたらっくりすんだろ。そろそろHR始まるぞ」
女子たちの質問が、有栖にとってやや無神経な言葉に聞こえ始めたところで生田が話にわって入り、皆を席につくよう促した。
女子たちは「なに、その言い方」などと小さい声で言っていたが、生田は聞こえても「ふん!」といった様子で聞こえないフリをした。
間もなく担任の先生が教室に来てHRが始まり、その日はそれ以上有栖が質問責めにあうことなく終わった。
朝と変わらず重い体を引きずるように有栖は一人で家に帰った。
有栖は家に着いてから何やら考え事をしているようだった。
そのことに気づいたのか、家にいたおばあちゃんが声をかけてきた。
「陽葵、学校はどうだった?楽しかったかい?」
東雲が話した通り、有栖はおばあちゃんと二人で暮らしていた。
「うん、楽しかったよ!学校に行ったら皆が私のところに来て心配してくれて、びっくりしちゃった!」
「まぁ!皆いい子たちなんだね。」
「うん!今までそんなことなかったから、すごく嬉しかった!」
「おやおや、あんたのそんな嬉しそうな顔を見るのは久しぶりだねぇ。中学校までは体育の授業ずっと休んでたのに、急に50m走ったなんて言うもんだから心配だったけど、走ってよかったんだねぇ」
「うん!でも…」
「どうしたんだい?」
「でも、やっぱり皆と同じくらいに走ったりできるようになりたい。ねぇ、お父さんとお母さんって運動できた?」
「おや、あんたがお父さんとお母さんのこと聞くなんて珍しいね。お母さんは、あんたと同じように全然駄目だったよ。お父さんの方の小さい頃はよく知らないけど、やっぱり駄目だったみたいだね」
「そっかぁ…。じゃあ私も駄目なままなのかなぁ…」
「お父さんとお母さんも同じように悩んでたよ。なんとか克服しようと頑張ってたけど、丸っきり駄目でね。せめて娘のお前にはって、一生懸命何か研究してたね。でも、その研究の調べものに出て事故を起こして…ね」
「…私、研究所に行ってくる!」
「研究所って、あんた、あそこは入れなかったんじゃ…」
おばあちゃんの声を聞かず、有栖は研究所に向かった。
有栖のおばあちゃんの家の裏には、科学研究所があった。
有栖の両親が以前、自身たちの研究の為に建てたものだったが、今では使われず当時のまま残されている。




