インターハイ
第18話
「皆の練習もあるし、1ゲーム21点マッチでいいかな?」
「はい、お願いします」
「葉月さん、主審お願いできる?」
「は、はい」
「サーブは有栖さんからでいいわ。早速始めるけど、いい?」
「はい、大丈夫です」
有栖はそう言って、リストバンドを3回回した。
体育の授業では、結果的に10点の試合すら最後まで出来なかったことを反省し、後半に体力を残しておこうと考えた。
「じゃあ葉月さん、コールをお願い」
「はい。オンマイライト一ノ瀬さん、オンマイレフト有栖さん、有栖さんトゥサーブ、ラブオールプレイ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
チラッ
(・・・打っていいよ!)と葉月は合図を送り、ようやく有栖のサーブで試合が始まった。
「あの子、サーブのタイミングも知らないって・・。はぁ。試合になるわけないよ・・」
周囲の部員達は心配でハラハラしていた。
が、次の瞬間にその心配は吹き飛ぶことになった。
一ノ瀬が返したショットは、有栖の様子を見るため、あえてフォア側の頭上、つまり最もスマッシュを打ちやすい所にあがった。
有栖は、シャトルが弧を描く頂点に来る頃には、すでに落下点でスマッシュの姿勢を取っていた。
ショットを打つまでに余裕があるとき、スマッシュを打つか、ドロップやカットでネット際に落とすか、様々なショットを打つ選択肢があるが、有栖はスマッシュで迎える様子だ。
シャトルが打点まで落ちてきた時、捻って溜めていた体を思いきり解放し、より高い位置でシャトル捉えられるよう腕をまっすぐに伸ばし、一ノ瀬の体めがけて全力でラケットを振り下ろした。
バシッ!
パシッ
ポトッ
「・・・」
「・・・え?」
「サ、サービスオーバー、ワン、ラブ」
点を取ったのは一ノ瀬だった。
全力で打った有栖のスマッシュをドロップで有栖側のコートに落としたのだ。
「い、今の有栖さんのスマッシュ、完璧だったよね・・」
「う、うん、さっきまでのあの子と、なんか全然違った・・」
一番驚いていたのは、有栖本人だった。
姿勢も、打つ位置も完璧で、打った瞬間に決まったと思っていた。
しかし、こちらの次の姿勢が整う前に、すでにシャトルはこちら側のコートに来ていた。
「ふ~。ビックリしたぁ!本当に人が変わったみたいにスマッシュ打ってくるんだもん!今みたいに、大きいフォームでどこに来るかわかりやすいショットじゃなかったら、返せなかったな!」
でも、思いっきり打ったショットを返されるなんて、と信じられない様子だった。
この辺りが経験者とそうでない者との差である。
日頃から慣れている経験者は、来る場所があらかじめわかっていれば、早いショットでも反応してさばくことが出来てしまうが、初めてそのスキルを体験する者は信じられない気持ちになる。
今の有栖のように、実際にどこにくるかはわからないが、”おそらく自分のところにスマッシュを打ってくるはず”と感じることがある。
現に周囲の部員たちも、一ノ瀬が今のショットを返したことにはあまり驚いてはいなかった。
というより、有栖のショットがイメージしていたものと全く違うことの方に驚いていた。
その後、一ノ瀬のサーブから試合は進んだ。
有栖は、葉月との試合と同じように、時々レベル4に上げたり3に下げたりを繰り返しながら戦っていた。
点差は広げられる一方だったが、それでも有栖もポイントを取り返し、善戦しているといえた。
結果は21対12で一ノ瀬が勝った。
「ゲームウォンバイ一ノ瀬」
「お疲れ様。良い試合だった。ありがとね」
「あ、ありがとう・・ございます・・。でも、全然・・勝てませんでした・・。はぁはぁ・・」
「勝つ気でいたなんて・・先が楽しみだね!」
「あ、いえ・・そういう意味じゃ・・」
「葉月さんと良い試合したっていうのもわかるわ。これからよろしくね♪」
「は、はい・・」
有栖は一ノ瀬に認められたようだ。
「・・あの子、めちゃくちゃだ・・」
「先輩・・?」
「全然運動が出来ない子かと思ったら、本当に試合が始まったら別人みたいだった。それにバドミントンシューズも履いてないし、本当に初心者なんだろうけど、でもスマッシュは完璧だったし・・。一体何者なの?」
「タオル取ってくるから、皆は練習続けて」
「はい!」
部員達は一ノ瀬の言葉で練習に戻った。
「・・・はぁ、はぁ・・。あの子、なんて子なの・・。本気じゃなかったら、負けてた・・」
その後、練習に戻った有栖は一ノ瀬から基礎練習と体力作りをするよう指示を受けた。
練習と試合の差があまりにも大きいこと、公式の試合なら最低でも2ゲーム、2ゲームでも決まらなければ3ゲームやらなければならないのに、1ゲームで疲れてしまっていたからだ。
それだけではない。
公式の大会では、勝ち進んでいくと一日に5試合から6試合行うことになる。
今のままでは初戦突破すら難しいのである。
バド部の練習は、インターハイが終わるまでは勝ち残っている選手が中心の練習だった。
有栖が体験入部をしたこの時期には、すでに団体戦と個人予選は終わっており、残るは個人決勝トーナメントのみとなっていた。
決勝トーナメントに残っていたのは2組だった。
シングルスでは一ノ瀬、ダブルスでは一ノ瀬と雪野 七海のペアだった。
予選は、シングルス、ダブルスそれぞれ8グループにわかれ、各グループで1位になった組と、昨年の新人戦などの大会で上位に勝ち残った8組(予選免除)、計16組ずつで行われる。
このうち全国大会に行けるのは、決勝トーナメントで優勝した組と準優勝した2組のみである。
一ノ瀬は、新人戦の時に優勝した組と途中であたって負けるなど、今回は予選から出場し、見事グループ1位で決勝トーナメントに勝ち残った。
予選で敗退し、実質引退となった3年生も、自分のチームから全国大会出場者が出て欲しいと願い、部活に出続けていた。
今までの自分の練習、想い、チームのみんなの想いを乗せて、勝ち残った2組は決勝トーナメントに臨んだ。
シングルスとダブルスは、別の日に決勝トーナメントが行われる。
ダブルスが先に行われ、一ノ瀬、雪野ペアは、初戦を勝ち、2回戦で3ゲームまでもつれた後、もう一息というところまできて負けてしまった。
残すはシングルスのみ。
一ノ瀬は、ダブルスでの悔しさを晴らすかのように躍動し、初戦、2回戦と2ゲーム先取し、ストレートで勝ち上がった。
3回戦目は準決勝となり、都内ベスト4が出揃った。
準決勝の相手は、新人戦で敗れた因縁の相手だった。
ここまで体力は温存できているし、万全の状態で臨めことで負けるイメージは湧かなかった。
しかし、試合が始まると、相手はしつこいほどに前後左右に激しい揺さぶりをかけてきた。
1ゲーム目はなんとか取ったものの、2ゲーム目は落とし、ついに揺さぶられた疲れによりペースが乱れ、負けてしまった。
この時点で一ノ瀬のインターハイ出場は叶わないものとなってしまった。
せめて、最後は勝って終われるよう、今までの厳しいフットワーク練習を思い出し、出せる力を全て出し切り3位決定戦に勝利した。
一ノ瀬は試合後、部員全員の目の前で涙を流した。
そして、果たされなかった想いは、後輩達に託された。




