葉月との対戦
第16話
「有栖さんは、バドミントン経験者?」
葉月が有栖に話しかけた。
「えっ!?あ、いえ、特に経験者とかでは・・」
「えー!さっきのショット見ると経験者かと思ったけど。(運動たしか苦手だったと思うけど、他に何かやってたのかな・・)ルールはわかる?」
「ネットで動画を見て、少しは・・」
「そっか。そしたら、先生、少しルールの説明をしてもいいですか?」
「ん?あぁ、いいぞ」
葉月は有栖に、主にコートの範囲やサーブを打つ際の注意点について説明をした。
コートには外側の線の他に内側にも線がひいてあり、シングルスとダブルスでコートの範囲が違う。
テニスコートと同じような作りになっているが、違う点は、テニスコートよりもコートの奥にも線が一本多くひいてあることだ。
この奥の線はサーブの時に意味があり、シングルスは横は内側の線、縦(奥行き)は外側の線、ダブルスは横は外側の線、縦(奥行き)は内側の線がサーブ範囲となる。
シングルスの場合は縦長、ダブルスの場合は横長と覚えておくとよいだろう。
ちなみに、サーブを打った後の範囲は、シングルスの場合は横は内側の線、縦(奥行き)は外側の線、ダブルスは横も縦(奥行き)も外側の線、つまりコート全部が範囲となる。
他にも、ネットには触らないように、などの簡単な確認をして、どちらが最初にサーブを打つかをジャンケンで決めた。
ジャンケンの結果、葉月がサーブを打つことになった。
「有栖って、経験者かな?」
「どっちが勝つと思う?」
「葉月って、中学の時強かったんだろ?始まったら一方的だったりして」
周囲の生徒たちは思い思いに話をしている。
「時間つぶしてくれてラッキー!」
と、あまり動きたくない女子の中には、サボれて喜んでいる者もいるようだ。
「じゃあ、本当の試合だったら21点で試合を決めるが、授業中だし10点で1ゲームってことにするけど、いいかな?」
「はい」
「はい・・」
「よし、じゃあ、二人で握手して始めるぞ」
先生の誘導で握手をし、それぞれサーブ側とレシーブ側で位置についた。
(この辺でいいのかな・・)
有栖は、動画を見てなんとなくレシーブ側の位置を知っていたが、いざ自分が立つとここでいいのか少々不安になった。
「よーし、二人ともいいかな?じゃあ・・始め!」
「行きまーす!」
パシッ
葉月は、いわゆる下打ちでサーブを打った。
経験者同士の試合では、バックハンドサーブというサーブが主流だが、有栖の様子を探る為、下から打った。
シャトルは有栖のやや後ろの方にあがったが、高くあがったため軽いステップで1,2歩移動するだけですぐに落下地点で待つことが出来た。
ベストな位置を取った有栖は、左手をシャトルに狙いを定めるように高くあげ、右肘を後ろに引き、ラケットを頭の上に来るように構え、シャトルが落ちてきたところを振り抜いた。
バシン!
パシッ
ポスッ
有栖が打ったスマッシュは、葉月の正面をつき、葉月も反応して打ち返したが、返しきれずネットにあたって落ちた。
「す、すげーーー!!!」
「さっきより速かったんじゃないか!?」
周囲の生徒は期待以上の有栖のショットに興奮した。
しかし、このプレーに葉月の火がついた。
「ちょっと、予想以上だね」
独り言のようにボソッと呟き、落ちたシャトルを拾って有栖へ渡すと、さっきまでのような様子見はやめようと決めた。
有栖は、周囲からの声に驚きつつも嬉しかった。
その声に応えたいという気持ちが芽生え始め、勝ちたいと思い始めた。
次は有栖の番だ。
有栖は、動画で見たバックハンドサーブを試してみようと思い、ぶっつけ本番でやってみた。
葉月は少々意表をつかれたが、相手は素人ではないと思うようにし、低く構え、ラケットを高い位置で構えてどんなサーブにも対応できる姿勢を取った。
有栖は、左側から相手の右側のコートに打つことになったが、自分から見て右手前に落とそうと、チョコンとだけ打った。
そのサーブに葉月は即前進し、プッシュして有栖のいないところに落とした。
有栖にとっても葉月のプレーには意表をつかれたかたちとなり、反応しきれなかった。
このプレーに、葉月の本気さが伝わってきた。
「おいおい、葉月も負けてないぞ!」
「さっきのは様子見だろ!これからだこれから!」
周囲の熱は高まる一方だった。
「葉月さん・・」
葉月の本気さを感じ、自分にまだ少し遊び心が残っていたことを反省した。
気を引き締めないと、と思い、葉月の真似をするように、姿勢は低く、ラケットは高く上げ、相手を有栖なりに睨むようにしてサーブを待った。
葉月は、次はバックハンドサーブに切り替え、有栖の頭の上を過ぎていくロングサーブを打った。
有栖はさっきよりも素早いステップで下がり、相手のコート奥へ打つハイクリアを打った。
葉月も後ろに下がり、速いスマッシュを打った。
それに対し有栖はドロップでネット際に落とし、前後に揺さぶり始めた。
葉月はネット際からネット際に落とすヘアピンを打つと、有栖もヘアピンで返した。
お互いにヘアピンで返した後は、後ろに打たれても反応できるように一旦後ろに下がる動きをする。
下がっては前に、前に来ては下がってを繰り返し、互いの出方を伺っているようだ。
葉月は次のヘアピンで、有栖の頭の上を抜くロビングを打った。
有栖は即座に後ろに下がり、体勢を整えてスマッシュを打った。
葉月はネット際に落とすドロップを打ったが、有栖はそれを狙っていた。
スマッシュを打った後、ダッシュをしてネットに向かい、葉月が打ったショットのやや高くあがったところをプッシュし、葉月が対応しきれずシャトルが落ちた。
2点目の奪い合いは激しい攻防となった。
有栖は、葉月のプレーを見て、真似をしてはさらにそれを超えるショットを打ち込もうと工夫している。
葉月は、そんな有栖を見て、1ショット1ショットずつ上達しているのを感じていた。
3点目以降、互いに点を取り合い9点ずつとなった。
どちらもマッチポイントを迎えると、本来であれば先に相手より2点差を多く取った方が勝ちとなるが、あくまで10点目を先に取った方の勝ちで良いかの確認が先生から入り、二人は承諾した。
有栖は、ここまでリストバンドの設定をレベル3と4を変更しながら戦っていた。
自分の体力を考えてそうしていたが、激しい打ち合いが続きかなりの体力を消耗していた。
先にマッチポイントを迎えていたのは有栖で、あと一歩のところで葉月に追いつかれた。
もし、本来のルール通り、2点差をつけなければいけないことになっていた場合、そこまで続ける体力はもう無かった。
しかし、葉月にどうしても勝ちたかった。
周囲の期待に応えたいという気持ちもあったが、それ以上に勝ちにこだわりたい気持ちが強かった。
葉月がサーブを打とうとする瞬間、有栖はリストバンドを時計回りに1回回し、レベルを5にあげた。
葉月がロングサーブを打つと、それまで以上のスピードで落下地点へ到達し、体を半身にして完璧な姿勢で高い打点からスマッシュを打った。
その動きに今まで以上の強さを感じた葉月は、今までで一番速いスマッシュに反応しつつ、よりギリギリのドロップショットを狙った。
有栖がスマッシュを打った地点から、一番遠い場所に打った。
有栖はネット際のそのショットに反応し、素早い反応で、タイミングとしては追いついた後もその後のショットの為に体勢を整えられるくらいの余裕はあった。
だが、シャトルに追いつく手前で突然足が固まったように動かなくなってしまった。
それでもなんとか打ち返そうと、倒れながらラケットを伸ばして当て、シャトルはネットを越えていった。
有栖は倒れ込みながらシャトルの行方に目をやると、シャトルはネット際でも相手コートの奥でもなく、中央にいた葉月の頭上にあった。
葉月は、ベストな体勢でラケットを構え、誰もいないコートに向かってスマッシュを打ち、有栖側のコートにシャトルが落ちた。
「10-9で、葉月の勝ち!」
先生の言葉で、周囲の興奮の声は最高潮に達した。
「すげー!ほんとすげー試合だった!!」
「どっちも譲らないし、どっちが勝つかほんとわかんかったよな!」
「ねぇ見てよ!手にすごい汗かいてるー!」
さっきまで授業をサポれてよかったと言っていた女子までも興奮していた。
「有栖も凄かったぞ!」
「こんなに強いと思わなかった!」
有栖にも声がかけられた。
しかし、有栖はそんな声を聞きながら、まだ床に伏したままだった。
足が動かないのか、勝てなかったことが悔しいのか、皆の声が嬉しいのか、伏したまま泣いていた。
葉月が近づいて声をかけた。
「有栖さん、ありがとう。私は、正直言って有栖さんがこんなに強いと思わなかった。自分の足りないものに気づかせてくれたいい試合だった。ありがとう」
有栖は反応しなかった。
「有栖さん、さっ、立とう。皆有栖さんが凄かったって言ってくれてるよ」
そう言って肩を叩き、腕を持って立たせた。
足はかなり疲れが溜まっており、なんとか立って歩ける状態だった為、葉月は肩を貸しながら一緒に歩いた。
それは初めの頃、50m走を走り終えた時に葉月が肩を貸した時の光景に似ていた・
「・・悔しい・・」
「え?」
「勝てない・・と思ってた・・けど・・でも・・途中から本気で勝ちたくて・・頑張ったけど・・でも勝てなかった・・」
「・・。ふふっ。私も本気だったよ。最初は様子見しちゃったけど、でも有栖さんが本当に強いってすぐわかって、そこから本気だった」
「・・」
「本当、勝ててよかった!だって、バド部の意地があるもんね!」
「・・」
「ねぇ有栖さん、バド部に入らない?
「・・え?」
「それだけ強かったら即戦力になれるよ!それに、悔しいままじゃ余計悔しいじゃん!バド部来れば、いっぱい試合できて、勝つとすごい楽しいよ!」
「私が・・バドミントン部・・?」
「そ!一緒にやろうよ!」
有栖にとっては、バドミントン部に入るか入らないか以前に、葉月が誘ってくれたことが嬉しかった。
パチパチパチパチ
「二人ともお疲れー!!」
「ちょーおもしろかったー!!」
「ねぇ!なんであんな風に動けるのー!?」
周囲からは二人の健闘を称える声が続いた。
それらの声はようやく有栖の耳に届き、有栖は「頑張ってよかった」と思った。
皆と同じように見ていた東雲も、皆と一緒に二人に拍手を送った。




