気づいてしまって
認めたくない。でもそれが現実
逃げる、逃げる、逃げる。
疾走するとともに息が切れてくる。
それでも、逃げるしかなかった。
ただ、心は恐怖に染め上がり狂ったように足は勝手に進む。
「はあはあ」
走り続けてもこの異様なジャングルから抜け出せる気がしない。
どれだけ広いのだろうか。頭がクラクラしてくる。
ただ怖い。その一心で走り続けるも絶望しか感じられない。
さっきの怪物がまた現れたらどうする?
当然、勝てないだろう。なぜなら僕には力がない。
力がないから僕は今までだって。
脳裏に浮かび上がるひとつの記憶。
その途端に僕は立ち止まり、強烈な異物感を覚えた。
そうだ、あの時だって僕が逃げたからだ。
---僕が全てから逃げ出したから。
ぐっとこみ上げてくるものを押さえ込む。
深呼吸してから空を見上げる。
良かった、この世界の空も同じように真っ青だ。
久しぶりに空を見た。
今までいじめられてきたせいか空を見る余裕が無かったのだ。
ただ、こんな綺麗な空を僕は久しぶりに見た気がした。
そんな空に向かって手を伸ばす。
届け、届け、届け・・・・・・。
「何してるんだお前?」
背後で声が聞こえた。
低めの芯の通った声だ。
振り返るとそこには黒髪でツンツン頭の少年が怪訝そうな表情を覗かせていた。
歳は僕と同じくらいだろうか。
細い体躯の割にがっちりとした筋肉質な体型が僕とはえらい違いだが。
「なんだ? 何ぼーっとしてやがる」
「ご、ごめん。ええと何してるって言われれば」
何してたんだっけ?
途中から過去の記憶に飲み込まれたためか記憶が曖昧だった。
思わず首をひねる。
「お前大丈夫かよ?」
少年が呆れたような眼で僕を見た。
僕は「あはは」と愛想笑いをした。
「そちらこそ何をしているの?」
「俺は調査隊だからさ、でもってここに突如現れたという花のような化け物に関する情報を集めてるんだよ」
「すごいなあ」
何がすごいかよく分からなかったがとりあえずそう口にした。
「とにかくここは危険だから早く帰れよ。見たところ剣持ってなさそうだし戦えないだろ?」
剣を持っていたとしても戦えると思えないが。
この男と話す内に記憶が徐々に蘇ってきた。そうか、僕は確か化け物から逃げていたんだ。
とまで考えたときだった。
僕の視線の先に花のような何かが見えた。
色は何とも言えなかった。ただそれを見ている内に僕は
「おい、どこ行くんだお前」
口が動かない。何も考えられない。
ただ僕はその花のような何かに近づいていく。
おい、これってさっき聞いた花の化け物じゃないのか、と叫ぶ自分もいる。
しかしその気持ちより強く近づきたい、触りたいと思ってしまう自分がいた。
花が僕を呼んでいる気がした。
僕はその気持ちに逆らうことができない。ただふらふらとそれに触ろうと歩を進める。
「ば、馬鹿か!? 何してんだお前!」
気づいたさっきの少年が悲鳴のような声を上げる。
しかし聞こえないかのように僕は進む。
そして、-----ぬめりとした感触を味わうことになる。
ああ、僕は今喰われているようだ。
不思議と嫌な感じがしなかった。
***
馬鹿かあいつは!?
俺は花のような化け物に喰われている野郎を見て歯噛みする。
意味が分からなかった。なぜ奴は危険を承知であれに近づいていった?
というか気づくのが遅すぎた。
まさか背後にまで奴が来ていたとは全く気付かなかったのだ。
なるほど、今までの化け物とは違うわけだ。
と、ここでそんなことを考えている場合ではないと気がつく。
そうだあいつを助けなければいけない、正直見知らぬ奴が喰われようが知ったこっちゃないが死なれては困る。
なぜなら調査兵の前で人が死んだとなれば多大な問題になりうるし調査隊の名に泥を塗ることになる。
それは絶対に避けなければならない、と思った。
俺はすぐに剣を構えて花の化け物を睨みつける。
ここで不意に自身の中で葛藤が生まれた。
---本当にこれを倒してもいいのか?
意味がわからない。けれど逆らえない。
俺は何かに飲み込まれそうになっていた。
そうかなるほど、これがこの化け物の特殊な能力ってわけか。
ならば、と俺は解除のスペルを唱える。
「ディスペル!」
その途端に自身の体が開放されたような気がした。
よし、ディスペルが効いた。誘惑系の異能に関してはこのスペルはかなり有効である。
そして花に食われていた俺と同じくらいの少年が眼をカッと開いた。
「な、なにこれ!?」
眼を覚ました途端に悲鳴を上げる。
ああ、面倒くさい。妙に動かれる方が攻撃しづらいってのによ。
しかしながら解除のスペルを唱えない限り俺もああなっていたことであろう。
「今助けるからじっとしとけ」
俺は剣を構え、地を蹴った。
花にぐんぐんと近づきとりあえず一発串刺しをお見舞いする。
次に切り上げると、怪物は苦しげに叫ぶ。
俺は救出することを優先に戦うことを強いられている、そのためなんとかあいつにはダメージを負わせない ように戦う必要がある。
と、ツルのような何かが高速で飛んできた。
流石にやられっぱなしというわけにはいかないっていうことか。
俺はそれを訓練で必死に習得した反射神経で華麗に避けてみせる。
どうだ、格好良いだろう。ここで可愛い女の子とかいたらもうちょっと頑張れるんだけどな。
俺は回転を手首の動きで加えて抉るようにツルを突き破る。
すると、またツルが飛んでくる。ああ、面倒くさい。
俺はちょっと苛立ちながらも冷静にツルを次々に切り裂いていく。
と、そんな間にもさっきの少年は徐々に喰われていく。
くっそ、せめてもう一人いればなあ。そうすりゃ俺がこうしている内にあいつを助けられるのになあ。
焦りが生じる。やばい、本格的にやばい。
ツルが消える気配は一行にない。これに一生懸命になっているうちにあいつが喰われる。
駄目だ、手詰まりだ。まずいまずいまずいまずい。
そんなことを考えている内に自分自身の動きが遅くなっていることに俺は今更気がついた。
そして、突如と現れた複数のツルに俺の持っている剣が弾かれ飛ばされた。
しまった、やべえ!
俺がそう悟った途端にツルでぐるぐる巻きにされる。
肺が圧迫させるような感覚だ、息ができない。
手足を動かそうとも麻痺したように全く動かない。
「ぐわああああああああああっ!」
絶体絶命だ、ていうかこれどう見ても詰んでる!
死ぬ! 絶対に死ぬ!
ああ、随分と早い人生だったこと。
俺流石に悔いに残るって!
絶望を突きつけられた俺の耳に。
誰かわからないが急に大きな男の声が聞こえてきた。
そこで意識が途切れる。
***
喰われながら僕は助けを願っていた。
さっきの少年は僕を助けようとするも最終的にツルに捕まってしまった。
駄目だもう終わりだ。
終わりでも構わないけど、なんだか嫌だなと思った。
---こんな死に方誰にも誇れないじゃないかってね。
そう思った途端に力が体の奥底から漲ってきた。
なんだこれは。でも以前に味わったような感覚だ。
そうか、これは・・・・・・
「ふざけんなごらあっ!!」
自分の声だとは思えないくらいに大きな声が出た。
俺は花を、重い拳でぶん殴った。
花も驚いたようでたったそれだけで俺は花から脱出した。
俺は天に右手を掲げる、途端にそこから剣が生み出される。
前に持った剣とは異なる鉄製の剣だ。
俺は少年の捕まっているツル目がけて特攻する。
切り裂くも、ツルは再び再生するように伸びてくる。
俺は舌打ちした。ったく雑魚のくせに面倒くさい奴だなあ。
じゃあ再生できないくらいにぶった切ればいいか。
あっさりとした結論に従い俺はツルを避けながら本体をぶった切る。
何回でもぶった切る。ははは、まだ再生するのかよ。
---まあいいや楽しいし。
俺は狂ったようにぶった切った。
その顔には自然に笑みが浮かんでいた。
そして----数分しない内に怪物の息は絶えた。
その途端に俺から僕へと戻る。
剣がするりと手から滑り落ちる。
滑り落ちた剣は役目を果たしたかのように輝きを失い消えた。
「あ、ああ・・・・・・僕は僕は」
僕は泣いていた。
できないと思っていないことが自分の意思とは反してできてしまった上に僕は。
化物を倒すことを楽しいと思ってしまっていたのだ。
こんなに残酷なことをしたというのに僕は。
「これじゃ、リンナさんと一緒じゃないか」
その場に膝まづく、そして嘆く。
あれは僕じゃない。あれはなんだ。
震えが止まらない。
自分自身がわからない。
自分はあそこまでひどいやつだったのか。
それとも・・・・・・
「あらあら随分と派手にやったのね尚也くん」
突如姿を現したリンナが特に何の感想も抱かないかのように呟いた。
こんな凄惨な状況を見ても彼女は堂々としていた。
むしろ笑みさえ浮かべている。
「僕はこんなことするつもり無かったのに!」
僕は泣き叫ぶ。そうだ僕はこんなひどいことをするつもりなんてなかったのだ。
僕はいじめられる側だったからその気持ちは一行に強いのだ。
そんな僕がこんなことするはずがないんだ。
リンナは何も言わずこちらを面白そうに眺める。
その眼は透き通っていて何もかもを見透かされているような感覚を覚える。
僕はそんな視線から目を外した。
「僕はやってない! 僕は!」
「またそうやって逃げるの?」
リンナはそう告げた。
僕は首を横に振る。
「違う、僕はこんなこと望んでなかったんだ!」
強く主張する、がリンナは首を振る。
「いいえ、あんたはあの怪物を倒すことを心から望んだのよ」
冷たいものが背筋に流れる。
ぴしっと何かがひび割れた気がした。
僕が、望んだこと、だったのか?
世界が重く重く僕にのしかかる。
馬鹿みたいだ、と思った。こんな馬鹿なことがあってたまるかよ。
僕がいじめることを楽しいと思った? 思ってしまった?
僕の中で何かがガラガラと音を立てて崩れていく。
ここで僕は初めて自分がいじめていた憎い奴らと同類だということに気づいてしまった。




