僕は異世界というモノを甘く見ていました
異世界に希望を抱くもそこにあったものは
ほんの微かだが爽やかな木々の自然な香りが鼻腔をくすぶった。
なにかわからないがとてつもなく懐かしい匂いだと思えた。
ああ、このままこうしていられたら幸せなのに。
全てから逃げ出した僕の居場所はここなのかもしれない。
無意識の中そう思い始めていた。
眼は開いていない、ただ意識は覚醒していた。
眼を覚まそうとしないだけ。疲れたんだから眠っていても構わないだろう。
おやすみなさい、気の済むまでおやすみなさい・・・・・・
「とっとと起きろ馬鹿勇者あ!」
凄い怒声に僕は不覚にも眼を見開いてしまった。
そして頭上から迫り来る拳を「うわっ」と叫びながら避けた。
「い、いきなり何するんだよリンナさん!?」
その手の主はリンナだった。白い翼が見えた途端に彼女だと確定した。
前に見たときよりおっかなく見えるのは眉間にしわを寄せているからであろうか。
「あんたがいつまで経っても起きないからよ! 心配しちゃうでしょ!?」
なるほど、彼女は僕のことを心配してくれていたらしい。そのことに関しては申し訳ない気持ちになった。
「ごめん、あまりに気持ちがよかったから・・・・・・ってここは?」
周囲を見渡せば異様な世界が広がっていた。
匂いの通りにここは自然に囲まれていたのだが、その木々が明らかにおかしかった。
とある木には、薄紅色の葉っぱに見たことのない木の実がなっていたり、異色の大地があったりと馴染 みのない場所だった。
当然来たことのないはずの場所。
そのはずなのにどこか懐かしい、そんな気がした。
「あ」
そこで気がついた。ここは異世界だと。僕の知らない世界であると。
理由はわからない。ただわかってしまった。
「そうだよ、ここはあんたから言う異世界、『アンキロステラ』」
「アンキロステラ・・・・・・」
その聞きなれない世界の名を僕は繰り返し呟いた。
だが理解できるはずもない、なぜなら僕はまだ証拠を見ていない。
----証拠なら見せてあげるわよ。
急にリンナの眼が鋭く光った。
そして突然に、僕の視界が暗くなった。
気がつけば地に伏せていた。泥臭い匂いが鼻にこびりつく。
顔を上げようとしても頭の上から強く押しつけられているためか顔を上げることができない。
「ちょ、何を!」
と、言った直後に急に押しつける力が弱まった。
僕は顔を上げる。
そして、絶句する。
そこには、見たことのない怪物がいた。
形状は巨大な狼といったところであろうか、ただそのサイズが馬鹿げていた。
5メートルはありそうで、爪はあまりに強靭に見える。
と、背後でガコッと嫌な音が響き渡った。
見れば木が真っ二つに切断されガラガラと崩れていた。
なるほど、リンナはあの狼の攻撃をかわすために僕を伏せさせたらしい。
「とりあえず、勇者様は隠れててよ。覚醒できていないあんたに死なれても困るからね」
リンナはしれっと慣れたように指示を出すと、怪物に向かって駆け出した。
彼女の腰の部分から赤い長剣が引き抜かれる。
それは綺麗な弧を描き、狼の胸部が切り裂かれ、鮮血が溢れ出す。
「ガウウウウウウウウゥゥゥゥゥ」
狼は唸りながらリンナを切り裂こうとあの強靭な爪を彼女に向けられる。
彼女は怯えることなくそれを待ち構える。
何しているんだ、よけないとやられるだろ!
心の中で叫ぶも声にならない。頭ですべきことがわかっていても体が言うことを聞かなかった。
ただ傍観するだけだ、彼女の戦闘を。
爪が徐々に彼女に近づいていく。3メートル、2メートル、そして1メートル・・・・・・
その瞬間に彼女は飛んだ。
そう彼女には羽があった。彼女は地上で戦う必要などなかったのである。
驚いた狼は一瞬面食らった表情になり、眼を見開いた。
リンナはその様子を見て----ニヤリと笑った。
彼女の剣がその巨大な眼に突き刺さる。ぐりぐりと抉るように突き刺す。
狼が悲鳴を上げる、そしてリンナはどんどん剣を食い込ませる。
僕は見ていられなかった。
なんと残酷な戦い方なんだろう。
リンナが剣を一気に引き抜くと、赤い血が周囲に飛び散った。
狼はその場にうずくまる。
そしてリンナはその様子を楽しそうに眺める。
そう、その表情は僕が死にそうになっているのを見ていた表情と全く同じだった。
後、それを見て浮かび上がってくるのは僕をいじめていた奴らだった。
寒気がして、頭が痛む。
そして彼女は決定的な言葉を吐く。
「楽し♪」
一瞬彼女が何を言ったのかさっぱり分からなかった。
いや分かりたくなかった。
歪んでいる。何かがおかしいと思った。
リンナの表情は狂気じみていた。
僕は心底怖い、と思った。なんだ、これは。
正直に言えば鳥肌が立っていた。震えが止まらない。
リンナはここが異世界だと言った。
その事実は今の状況で否応なく認めざるを得ない。
しかしここまで生々しい戦闘が日常茶飯事のように行われる世界だと思うと絶望した。
ミスった、盛大に選択をミスった。
僕はゲームや小説で読むような異世界を想像していた、が違った。
これはまさしくリアルであり、現実だと思い知らされる。
どこか夢心地で僕は異世界というものを考えていたんだ。
そこに行けば自分は英雄になれるかも、とか実に馬鹿馬鹿しい考えを持って。
だけど、今になってそれは甘い考えだったと思い知らされる。
---僕にこんなことができるはずがないだろう。
前世が伝説の勇者? そんなこと言われても知らん!
とてもじゃないが、いじめられっ子であった僕が勇者みたいに勇敢なわけないだろう!
一回僕のいた世界で覚醒したみたいだったけれど、あれはいつ起こるんだ?
一回も覚醒しない可能性だってあると冷静に考えれば分かっただろうに!
だって、僕はこんなにも弱い。心身ともに笑えるほどに弱い。
やっぱり弱い心なんて早々捨てれるものなわけないのだ。
捨ててここに来れたと思っていたけど違った。
今だっていつ倒れてもおかしくない状態だ。
---笑ってくれ、きっと僕は最弱の勇者だ。
ギュッと眼をつぶり、僕はこの場から逃げ出した。
ああ、どこにいても結局僕は逃げることしかできない。
***
「あれが、伝説の勇者・・・・・・か」
どこか落胆したような面持ちで『アンキロ・ステラ』の国王は呟いた。
モニタリングに映るのは雑魚モンスターのビッグウルフの戦闘から逃げ出す少年の姿であった。
深くため息をついて「あんなに逃げ回る勇者初めて見た」と独りごちる。
「でも、あれは紛れもなく伝説の勇者でございますわ国王様」
国王の隣に座るのは長いブロンドの色の髪をした女だ。
その女の顔立ちは誰が見ても美人と言えるほどに整っている。
瞳は少々きつめの印象を与えるものだが、妖艶な笑みを浮かべる彼女は誰もを虜にしてしまうほど魅力 的であった。
現に国王の后であるし、国王も魅入られた一人だ。
「まあ、ロゼッタがいうんならそうなんだろうな。しかし、本当に彼が世界を変えてくれるのか?」
「間違いなく。私の美貌に誓いましょう」
「ふむ、自信はかなりお有りのようだな。で、邪神が復活すると言うのは本当なのか?」
「占いによれば、そろそろです。世界が黒く染め上がる」
彼女は天使族であるため背中から白い羽が生えている。
国王にはその羽の色が若干黒く染まったような錯覚に至った。
(どうやら私は疲れているらしいな)
国王は席を立とうとした。すると、ロゼッタも続けて立ち上がった。
「どこへ行かれるのですか?」
「いや、ちょっと疲れたみたいだから休息を取らせてもらう。勇者の歓迎は兵士達に頼んでおいてくれ」
「分かりました、お休みなさい」
「ああ、お休み」
二人は軽く唇を重ね合わせてから別れた。




