この世界を舐めていたら死ぬわよ?
この世界は残酷な世界である。それを忘れてはならない
夜中の3時頃。
幸いこの世界にも時間という概念があり、時計を見ればバッチリと3の所を針が刺している。
時計が全く同じ形には驚かされた。
案外この世界は僕のいた世界と変わらないのだ。
とまあこの話はさておきそんな夜中なわけであの騒がしかった町も今ではシンと静まっている。
宿屋から出ようとするとき宿屋の娘さんがまだ起きていて話しかけられた。
「どこ行かれるんですか?」
「え、ええとちょっと剣の練習をね」
僕は木刀を彼女に見せてから苦笑いしてみせた。
彼女は少し戸惑った様子を見せてから頷き
「そうですか。夜なので気をつけてくださいね」
「うん、ありがとう」
「さっさと行くわよ尚也」
外でリンナが小さな声で囁いた。
彼女の天使の羽も闇に紛れていて今では普通の女の子に見える。
僕は頷いてから外に出た。
歩いている途中ふと思ったことを口にする。
「ねえ、リンナさんって空飛べるんでしょ? 馬で行くより飛んでいった方が早いんじゃないの」
その問いにリンナは小さくため息を漏らした。
彼女の視線は斜めを向いている。
「そうなのよね、飛べたらよかったのにね・・・・・・」
「? 戦う時に空飛んでるよね?」
リンナは戦闘の時になると空中戦になることが多い。
だからリンナは空を飛べるはずだろう?
「ねえ尚也、私が人間族と天使族の間で生まれたハーフなのは知っているわよね」
「うん」
リンナの父---すなわちアステルド国王の背中には翼と言えるものが見えなかった。
逆にリンナの母---アステルド王妃の背中には確かに大きくて立派な白い羽が生えていた気がする。
「それがどうしたの? 何か問題でもあるの?」
「大アリよ。まず天使族は基本的に天使族としか結婚しないの。でもママは違ったわ。ママはこの世界で初めて人間族と結婚した天使族なの」
「それで?」
焦らすなあ早く言ってよ。
「だからね、基本的に人間族と天使族のハーフなんていないの。だから私は言うなれば天使族の出来損ない」
そう話すリンナの眼はどこか曇っていた。
「そのせいか知らないけれど元来の天使族ほど永続的に空を飛ぶことはできないの、わかった?」
なるほど純粋な天使族だったら空を飛んで旅することが可能だったと言うことか。
でもそんな中で僕は気になった言葉を口にした。
「わかったけど、自分のこと出来損ないなんて思っちゃダメだよ。だってリンナさんはこんなにも魅力的なんだから、僕なんかよりずーっとね」
特に恥ずかしいなんて思わず素直に言葉にできた。
リンナは確かにモンスターに対しては残酷非道な所もあるかもしれない。
僕は初めて目の当たりにしたとき嫌悪感で満たされた。
でもこの世界の『ルール』では問題では無いのだ。
ひとつだけ言えるとすれば。
そんな狂気じみた彼女の底にあるのは間違いなく『やさしさ』。
まだ出会って間もないけれど少なくともぼくにとってはそう思えるんだ。
そう思いたいっていうのもあるんだけど。
それを聞いたリンナはボンッと火がついたように頬を赤くして荒げた声を上げていた。
「いきなりなによ! み、魅力的ぃ? わけがわからないわよ!」
「リンナさん照れなくていいよ、だって事実だし」
「うー何よ! 尚也のクセに! 照れてなんかないし!」
リアルツンデレ美味しいです本当に。
あ、決してこうなることを見越して彼女を褒めたんじゃないよ?
心から思ってたことを口に出しただけだもんね。本当だよ?
「ほら着いたわよ。ここなら戦っても迷惑じゃないだろうし」
話題を強引に変え、リンナは川辺を指差した。
確かにここなら迷惑にはならなそうだ。
僕たちは川辺へと降りて二人正面を向き合った。
リンナの華奢に見えてしっかりとした身体と翡翠色をした眼と向き合う。
見慣れてきたとは言え呆れてしまうほどに美しいフォルムをしている。
天使族の証の羽も彼女の魅力を最大限に引き出しているように見える。
「こうして向かい合うのはあんたの世界以来ね」
凛とした声が静寂の中に響きわたる。
「そうだね」
あの時以来リンナと二人でいる機会なんて無かったように思える。
大して時間なんて経っていないはずなのに僕にとっては長い年月に思えた。
それほどに有意義な一週間だったんだ。
「あんたこの世界に来てからいい顔するようになったね。今もいい表情してる」
「惚れそう?」
「んなわけあるか! ってそう言う冗談言う奴でもなかったでしょうに」
確かにキャラというか自身の性格が明るくなったような気がする。
あの時からだ。
---僕が勇者になる、と決意したあの日から。
あっちの世界だったらさぞ馬鹿にされることだろう。
きっと痛い子だって言われてしまうかもしれない。
でもこの世界ではそれが正義だから。
ある意味ではこの世界は僕の理想の世界。
だからこそ僕が僕自身であれるんだ。
「この世界を救いたい」
前世が伝説の勇者という力があるのならその力を使って皆を救いたい。
これが僕のやるべきこと。
神様が与えてくれた試練。
そのためなら僕はなんだってやってみせよう。
そう意気込んでいるとリンナは優しい笑みを浮かべた後、冷静に僕を分析した。
「ならばあんた自身も強くならなきゃね。わかっていると思うけどあんたは言うなれば条件付きの勇者ってところ。その条件を満たせない時のためにも強くある必要がある」
「条件付きの勇者か・・・・・・」
名前の響きは格好いいけど普段はへっぽこだってことだろ?
まあ合ってるけれどね。何も言い返せないし。
「その条件について心あたりは無い? それを自然に引き出せたら早いんだけどね」
覚醒した時のことを思い出す。
一回目はリンナと初めて会ったときのこと。
そして次ぐ二回目は森で出会った謎の植物モンスターとの戦闘だ。
その時に共通するものは----
「ごめん、当時のことをよく思い出せないよ・・・・・・。何か共通点があるはずなんだけれど」
何かがトリガーとなって僕は覚醒する。
その感覚を味わった後の記憶は非常に曖昧だ。
まだこの力を使いこなせていないからなのかもしれない。
「そう。まあとりあえず強くなってもらうしかないわね。じゃあ行くわよ尚也」
いきなりリンナは剣を構え襲いかかってきた。
彼女の剣が僕の首筋の前で留められる。
その隙間わずか10センチ。
嫌な汗が色々な所から噴き出す。
なんだこれは、いきなりなんで。
「いきなりひどいよ! まだ剣も構えていないって言うのに!」
僕が涙目で抗議してリンナの顔を見ると---その表情は恐ろしいぐらいに無表情で。
ぶるりと恐怖で僕の身体が震える。
「尚也、この世界の『ルール』で不意打ちが駄目なんて規則はないの。つまりね、こうして話している間にも細心の注意は払っておけっていう話」
「そうかもしれないけれどこれは!」
リンナは急に僕の胸ぐらを掴んでこう言い放った。
「あんた、この世界を舐めてたら死ぬわよ?」
そうだこの世界は。
僕のいた世界より残酷な世界。
死がすぐそばにつきまとうそんな世界。
わかっているつもりだった。
それでも再び言われると僕の中で何かが大きく揺らいだ気がした。
でもそれでも僕は。
---この世界で生きたい。
「ごめんなさい」
確かに心のどこかで舐めていたのかもしれない。
いくら伝説の勇者の力を持っていたとしても死なない可能性なんてないんだから。
あまりに楽しかったから。
忘れていた恐怖という感情。
これを忘れてはいけないのだ。
リンナは手を離し代わりに僕の頭を撫でた。
「わかったならいい。これからも毎日修行するのを約束して」
僕がその言葉に頷いたのは言うまでもない。
本当の意味での勇者になる旅はここから始まった。




