3話
授業が終わると、あたしはおとなしく部屋へ戻った。
何となく外へ出るのは気が引けたからだ。
それに、あたしが外に出ると、もしかしたら奈美ちゃんも着いて来るかもしれないと思ったからだ。
部屋であたしは朝の続きを読んでいた。
『凪ちゃんお客しゃんでしゅよ』
『お客?』
あたしは少し不思議に思いながらも、部屋を出ると、そこには克哉君がいた。
部屋に来たことなんてなかったし、克哉君は周りを気にしていたからこういう場では話さないのにどうして?
『ちょっと来てくれ』
克哉君はあたしの手を引いてそそくさと歩き出した。
あたしは意味がわからずただ首をかしげるばかりだった。
克哉君は寮を出て、この前一緒に寝転んだところまで来て、ようやく止まった。
『克哉君?』
あたしが不思議そうに尋ねると、克哉君は振り向いて一言だけ言った。
『奈美とは関わらない方がいい』
『え?』
理由を聞こうとしたが、克哉君はそれだけ言うとそそくさと寮の方へと戻って行った。
どういうことだろうか?
奈美ちゃんは克哉君と関わるなと言う。
克哉君は奈美ちゃんと関わるなと言う。
克哉君がいつもいたずらばかりして人を困らせるのは本当だと思う。
だけど、奈美ちゃんが関わるなって言うのは他の意味もこめられてるんだと思う。
二人はどういう関係なのだろうか?
奈美ちゃんは克哉君のことを好きだと思うけど・・・
克哉君は奈美ちゃんのことをどう思ってるんだろう?
二人はもしかして付き合っているのかな?
そしたら、あたしは邪魔なんだよね・・・
そっか二人とも邪魔してほしくないから、あたしが邪魔だから・・・
だからこんな忠告じみたことするんだよね。
本当は忠告じゃなくて、近づいてほしくない。関わってほしくないって言う頼みごとなんだろうな・・・
もう、克哉君と話しちゃいけない・・・
少しだけ、悲しい気分になった。
あたしはあの日のように一人で空を眺めていた。
今日の空は少し嫌な色だ。
寮に戻ると、入り口のところで最初に携帯を取るのを手伝ってくれた人に会った。
『あっ』
『ああ、凪ちゃん。どう?ここの生活慣れてきたか?』
『まあ・・・』
打ち解けれる友達が出来たと思った。
だけど、それは打ち解けてはいけない人だった。
『どうかした?何か元気ないみたいだけど?俺のことやっぱ怖いのか?』
『いえ、優しい方だと思います・・・あの』
『ん?ああ、そういや俺名前言ってなかったか。俺は後藤竜也だ。あんま言いたくねえけど、克哉の兄貴だ』
『えっ』
克哉君のお兄さん?
全然似ていない。
克哉君は見た目少し怖い印象があるけど、この人は何となく雰囲気が優しい感じがするし。
それに、顔もあんまり似てないような・・・
『ああ、驚くのも無理ねえよ。俺達は本当の兄弟じゃないからよ』
『えっ・・・』
それはいわゆる異母兄弟とかそういうことだろうか?
『克哉は俺ん家の養子なんだ』
『養子・・・』
『ああ、わりい。何か変な話ししちまったな。まあ、気にすんな。あいつが何かしてきたら俺に言えよ。
一応兄貴だからな』
『はい・・・』
竜也さんと別れてから、あたしは克哉君は本当に大変な思いをしてきたんだと思った。
きっと克哉君誰かに愛されたかったんじゃないのかな。
どういう経緯で養子になったのかはわからないけど、それでも克哉君がずっと寂しかったことぐらいはわかる。
あっ・・・
『あたし、もう克哉君と関わらないんだった』
思い出したように小さく呟くと、あたしはそのまま部屋へ戻った。
『凪ちゃん何処行ってたの?』
部屋に戻ると奈美ちゃんは、友達と話してるのも置き去りにしてあたしの所に向って来た。
『ちょっと・・・寮長さんに呼ばれたから・・・』
あたしはまた嘘をついた。
だけど、嘘をついたことには胸の痛みは感じなかった。
ただ、奈美ちゃんの疑うような冷めた視線が怖かった。
『そっ、晩御飯まで皆で外出るんだけどさ。凪ちゃんも行くよね?』
『えっ・・・』
一番最初に奈美ちゃんはあたしに同じようなことを聞いてきた。
だけど、今のは最初のそれとは違う。
まるで聞いているのではなく。一緒に来いと言われているような感覚・・・
『あたしは・・・』
『そっ、じゃあ皆で行くから。そうそう、部屋空けとくのもなんだしさ。留守番頼むね』
『う、うん・・・』
奈美ちゃんはいつもの笑顔で言っているが、そっけない言い方だ。
あたしを克哉君には会わしたくない。
その気持ちはわかる。
だけど・・・
『凪ちゃんも来ていいんでしゅよ?』
『大丈夫です。すみません・・・』
室長は気を使うように言ってくれた。
室長はあたしを呼びに来たのが寮長じゃないことも、あたしと奈美ちゃんのこともたぶんわかっているんだと思う。
だからさっきもあえて\'お客さん’って言ったんだと思う。
室長なら、何か知ってるのかな?
でも・・・余計な詮索はしない方がいいよね。
大丈夫。
また昔に戻るだけ・・・
どうしてこんなに悲しいと思うのだろうか?
前の学校にいたころではそんなこと思わなかった。
離れていくなら離れていけばいいと思っていた。
それなのにもう克哉君と話せなくなると思うだけで、胸が痛くなる・・・
コンコン
ベッドの上で考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
もしかして誰か帰ってきたのかな?
でも、それならノックなんてしないか・・・
そう思いながら扉を開けると・・・
『あっ、寮長さん』
『あれ?凪ちゃんだけかな?後、僕のことはルオでいいから』
金色の綺麗な髪の青年。
鏡ルオ。
彼はここの寮長だ。
『えっと・・・ルオさんどうかしたんですか?』
『ん?まあ、少し話したい人がいたんだけど・・・いないみたいだからまた今度にしておくよ』
それじゃあ。と言って、すぐに部屋を去って行った。
室長に用事でもあったのかな?
あたしは深く考えずに、再びベッドに戻った。
今朝の続きのページから読み始める。
読み進めていくと・・・
『あれ?ここ・・・』
1ページ千切れてる・・・
どうしてだろう。
そこのページはたぶんこの主人公の心の叫びが書かれたものだと思う。
前のページで、人間が大好きな主人公はいつも心の中でこんなことを叫んでるって書いてあったから・・・
どうしてここのページ千切れてるんだろう?
本はそれほど古びてる様子もない。
他のページは凄く綺麗だし、表紙も染み一つついていない。
あたしはそこのページのことが気になった。
克哉君が読んだときにはここのページあったのかな?
聞きに行きたい。
だけど・・・
ダメなんだ。
なら、図書室に行けば・・・
あんなに大きな図書室。
もしかしたらこの本は一冊だけじゃないかもしれない。
あたしは奈美ちゃんに留守番をしておくように言われたことを忘れて、本を掴んで図書室まで足を運んだ。
相変わらず図書室は静かだった。
そう思ったが、ドシン!と何かが倒れる音がした。
あたしは急いでそこに向って走ると、そこには・・・
『かつ・・・やくん?』
克哉君が奈美ちゃんを押し倒しているような状態でいた。
『姫路!』
克哉君が驚いたように声を上げたのと、あたしが走り出したのは同じだった。
訳わからない。
何だかわからないけど、見たくなかった。
奈美ちゃんと克哉君は付き合ってるかもしれない。
こんな仮説を立てたのは自分なのに、なのにどうしてこんなに胸が痛いの?
あたしは今、何を思っているの?
走って走って、止まったところは克哉君と寝転がった自然の場所。
少し暗くなってきていて、青空は見えないけれど、向こうの方には夕日が見えていた。
綺麗な空は、逆にあたしの心を悲しくさせた。
この気持ちは何なの?
あたしは克哉君に何を思っているの?
あたしは不思議で仕方なかった。
自分の気持ちがわからない。こんな気持ちを持ったのは初めてだ。どうして悲しいんだ・・・
色んな疑問が出てくるけど、どれも答えられない。
『姫路!』
『克哉君・・・』
少し息を切らせた克哉君は、そのままあたしの方へとゆっくりと歩いてきた。
『何で来たの?』
あたしは本当に不思議そうに尋ねた。
あたしが勝手に見て、勝手に飛び出してきただけなのにどうして追いかけてきたのか。
『何でって・・・お前には誤解されたくなかったからだ』
『えっ?』
克哉君は真剣な表情で言った。
だけどあたしは何を言っているのかわからなかった。
誤解?
『何のこと?』
『怒ってるのか』
『へ?』
自分は今別に怒ってなどいない。
それより、あたしは怒ったことがない。
なのにどうしてそんなこと聞くの?
『お前・・・俺が奈美と付き合ってると思ってんだろ』
『う・・・ん』
あたしはゆっくりと頷いた。
克哉君はさっきから何を言っているんだろうか。
あたしには理解出来なかった。
だって、こんなこと別に聞く必要ないよね。
あたしには別に関係のないことなんだから・・・
『あの・・・どうしてそんなこと聞くの?どうして今追いかけてきたの?』
あたしが不思議そうに尋ねると、克哉君は少しだけ間の抜けた顔をした後、照れくさそうに笑った。
『姫路は人と接しないことにプラスして鈍感もついてんのか?』
克哉君は笑い混じりに言った。
『どういうこと?』
あたしはまた不思議そうに尋ねた。
あたしそんなに笑わせるようなこと言ったかな?
『ああ・・・たく、マジお前はそういうのわざとやってんのか?お前のことが・・・』
『克哉!』
克哉君の言葉を遮るようにして、克哉君の後ろから奈美ちゃんが叫びながら走ってきた。
『奈美・・・』
『克哉。何やってるの?早く、今日はあたしと付き合うって約束でしょ?』
奈美ちゃんはそう言いながらあたしの方を少し睨むようにして見た。
『あの・・・』
あたしは申し訳なさそうに後ずさりながら何かを言おうとしたけど、それは奈美ちゃんの言葉によって遮られた。
『凪ちゃん。あたし凪ちゃんに部屋の留守頼んだよね?何でいるの』
奈美ちゃんは怒ったように言った。
『ごめん、なさい・・・』
『奈美・・・お前姫路に何してんだ?おい』
克哉君は奈美ちゃんを自分の方に向かせて言った。
『何って何?あたしは何もしてないよ。それより・・・克哉は凪ちゃんのことが好きなの?』
『えっ?』
あたしは奈美ちゃんの言葉に疑問を持った。
二人は付き合ってるはずなのに、どうしてあたしが出てくるの?
それとも、本当は付き合ってないの?
どっちにしてもあたしの名前が出てくるのはおかしい・・・
『俺が誰を好きだろうとお前には関係ねえだろ。それに俺とお前ももう関係ねえ。
それにお前が好きなのは兄貴だろ?何で俺と一緒にいんだよ』
『えっ・・・』
二人の関係がよくわからない。
『何よそれ。あんたがあたしを好きになったんでしょ?』
『なってねえよ!』
『え?』
奈美ちゃんはあたしと同じように不思議そうに、そして少しだけ悲しそうな顔をした。
『どういうこと?それ・・・』
奈美ちゃんの声は少し震えていた。
よほど悲しかったからなのか。
『どういうって・・・どうもねえだろ。兄貴が俺に言ったんだよ』
『それじゃあ・・・竜也さんがあたし達を無理矢理くっつけた?』
あたしは呆然と立ち尽くしながら二人の会話を聞いていたが、状況は全くわからなかった。
奈美ちゃんは竜也さんのことが好きで、だけど奈美ちゃんは克哉君と付き合って・・・
よくわからない。
『さあな。どっちにしろ俺はお前に初めから何の興味もなかった』
『そんなの・・・』
目に涙を浮かべながら奈美ちゃんは走り去っていった。
『奈美・・・ちゃん?』
あたしはよくわからなかった。
奈美ちゃんが克哉君に好きじゃないと言われたことはわかった。
それで奈美ちゃんが悲しい思いをしたこともわかった。
だけど、奈美ちゃんは竜也さんのことを好きで・・・それなら奈美ちゃんが克哉君に好きじゃないって言われても悲しむ必要はないんじゃ・・・
『姫路』
『えっ、あ・・・』
色々と思考をめぐらせていると、克哉君は少し心配そうにあたしを呼んだ。
『奈美のことは気にすんなよ』
『うん・・・よくわからないけど、奈美ちゃんは克哉君と竜也さんどっちのことが好きなの?』
『何だ・・・兄貴のこと知ってんのか?』
あたしの聞き方に、克哉君は不思議そうに尋ねてきた。
『うん・・・』
『まあ、いいけど・・・よくわかんねえよ。あいつのことはいいんだ。それより・・・俺はお前に言いたいことがあるんだ』
『えっ?』
急に真剣な表情になった克哉君にあたしは少し驚いた。
こんな真剣な顔初めて見る。
それに言いたいことって?
『俺は・・・姫路、お前のことが好きなんだ』
『えっ・・・』
あたしのことが・・・好き?
どうして。
『お前は俺のこと・・・どう思ってんだ?』
克哉君は少し照れくさそうにしながら尋ねてきた。
『えっと・・・』
あたしは克哉君のことをどう思っている?
『わからない・・・』
『そう、だよな。今すぐ返事しなくてもいいぜ。じゃあな』
克哉君は少しだけ悲しげな顔をした。
あたしがそう思っただけかもしれない。
克哉君はいつも通りの様子で寮に戻って行った。




