2話
あたしはそれから朝まで一回も目を覚まさなかった。
だけど目を覚ましたのは朝の6時で、皆はマダ眠っていた。
あたしは早くから寝たせいか、何だか目が覚めてしまったので、空気を吸おうと部屋を出た。
そのまま寮を出て、昨日受けた心地よい風を浴びながら、歩いていった。
そこであたしはふと足を止めた。
ここは昨日彼と出会ったところだ。
昨日怒らせてしまった彼と・・・
二度もあったのに、まだ名前も尋ねていないのに嫌われてしまった。
あたしはそのまま周りを歩いた。
何がしたいともわからずに、すると人影が見えた。
もしかして・・・
『あっ』
それは誰でもない、彼だった。
『あっ?』
彼はあたしを見ると、顔を顰めた。
あたしはそうとう嫌われてしまったようだ。
『あの・・・』
彼はそのまま空を見上げていたが、その場を動こうともしなかったので、あたしはそれを肯定とみなして
あたしの思いを伝えることにした。
本当にあたしは一日で変わってしまったようだ。
『あたし、昨日まで、ここに来るまで人と関わるのが嫌いでした。
人に嫌われるのが嫌で、自分の殻に閉じこもってました。
だからあたしは人との接し方がわからないんです。
だから、どうして昨日貴方が怒ったのか、何もわからなくて・・・』
彼はあたしの言葉をただ黙って聞いてくれていた。
あたしのことを理解してくれたのか。
彼は何も言わずにしばらく黙って空を見つめていた。
あたしはしばらく彼を見ていたが、つられて空を見上げた。
『そういうことか。君は面白い子だな、こういう子と会うのは初めてだからさ。
俺はいたずらして怒るのを見るのが好きなんだけどさ。だからつい、な』
しばらくして彼は少し笑いながら話してくれた。
何だか子供っぽいな。と思ったけど、可愛いとも思った。
『そうなんですか。あたしてっきり嫌われたと思いました』
あたしも苦笑混じりに答えた。
『嫌うっていうよりも、お前のことは気に入った方だな』
『えっ』
『ふっ、君は面白いからな』
そういって彼は楽しそうに笑った。
『貴方の方がおかしいです。何だか喋り方がむちゃくちゃですよ』
『ああ、これ。これは表向きの喋り方とがごっちゃに、ああ・・・まあ、いいだろ』
『はい』
あたしは笑いながら答えた。
こんなに自分の感情を素直に人に言えたのは初めてだった。
だから楽しい。
人と普通に笑い合えて、人と普通に話せるのはこんなにも楽しいことなんだ。
『にしてもお前早起きだな。いつもこの時間は俺以外は誰も起きてねえんだ。基本ここの奴は寝坊がちだからな。
というか学校自体9時からだしな』
『そうなんですか。寮の中に学校があって9時からだと皆だらけちゃいますね』
あたしは笑いながらそう言うと、彼も嬉しそうに笑った。
何だかこの寮の中で二人だけは特別な存在。
そんな風に思えた。
そりゃ、あたしは昨日来たばかりでここの世間は何も知らないから当たり前の話しだけど、
寮という共同生活の中で何処か彼は独立しているように見えた。
彼だけがここの住人ではないような、そんな気がした。
『あの、ところで・・・あたしずっと貴方の名前聞いていなかったんですけど・・・』
あたしは今更ながら、尋ねにくそうにそれを聞いた。
彼とは何だか話せるようになった。
彼とは笑いあえる。彼とは何でも話し合えるそう思ったから、彼は信じれる。
そう思ったからだ。
『ああ、そういやそうだったなあ。俺の名前は克哉、後藤克哉だ』
『後藤、克哉・・・』
あたしはその名前を何処かで聞いたことがあるな。と、懸命に思い出そうとしたが、思い出せなかった。
『ん?』
彼はそんなあたしに不思議そうに首を傾げた。
『何でもないよ。学校まで時間まだあるんだね』
『そうだな。良かったら一緒にここで空眺めるか?』
『えっ?』
ここに一緒に寝転がろうということなのだろうか。
まあ、そういうことだろうな。
あたしは少し迷ったが、ここの風が気持ちいいことは確かだし、この空が綺麗なのも確かだ。
あたしは少し考えてから隣に横になった。
青森にいたころでもこんなことをしたことはなかった。
何て気持ちいいんだろうか、風が髪の毛をかすめ、空は青々としており、何処までも続いていた。
視界の一面が青で溢れていて、時々流れる雲もまた綺麗だった。
あたしはそんな光景に見とれていて、隣にいる彼のことを忘れていた。
『お前も自然が好きなのか?』
『あっ、・・・・はい』
隣を向くとものすごく顔が近くにあって少し驚いた。
彼はそんなあたしをくすりと笑って、自分のことを話し始めた。
『さっきお前が人と付き合うのが苦手って言ったけどさ。本当は俺もそうなんだよな。
なんていうか空回りするっていうか・・・まあ、俺はお前とは違うんだけどよ。
俺には今誰も近づいてくる奴がいねえ。それは紛れも無く俺のせいで、もう俺はそんなことになれていた。
だから俺は自ら人を遠ざけ続けてた・・・なんてな』
彼は笑いながらあたしに話してくれた。
だけどその話しはきっと紛れも無い事実であって、きっとあたしが思っているほど、いやあたしが思っている以上に
彼はそれを悩んでいるはずだ。
だけど誰にもそのことを話せなかったはずだ。
彼はきっと優しい人だ。だから初めてあった時とか、図書館でのことのように他人にいたずらをして他人と交流しようと
しているのかもしれない。
そんな真意まではあたしにはわからないけど、彼はあたしと似ている。
だから何となくはわかる。
それからあたし達は無言で空を眺めていた。
どれくらい時間が経ったかはわからない。
先に場所を動いたのは彼の方だった。
あたしも何も言わずに、彼が行った後で少し空を眺めた後で寮に戻った。
寮に戻るともうすでに部屋の皆は起きていた。
今はもう7時で、一時間近くあそこにいたらしい。
『どこ行ってたの?』
『うん。ちょっと外に』
やっぱりマダ彼以外と話すのは慣れない。
それは普通の人でも同じかもしれない。
これが後5日ぐらい経てば普通に話せるようになるのかもしれないが、あたしの場合はわからない。
彼と普通に話せていることでさえ不思議なことなのだから・・・
『ああ、そうそう。学校に持って行くものの確認しておきたいんだけど、追加があって・・・』
そしてそれから一時間が経過し、朝食の時間になった。
ここの寮の人達は皆起きるのが遅く、ご飯もこの時間でなければ全員が集まらないことから時間を遅らせたらしい。
食堂は二つあって、男女でわかれていた。
そこまで人数が多いようには思われないが、どうして男女を別にするのかは疑問だ。
だけど、男女が違う場所にあるのは学校でも多々あることなので、そこまでは気にしなかった。
『一緒の部屋の人は一緒のテーブルで食べるんだよ。凪ちゃんは初めてだから色々とわからないよね』
『はい・・・』
食堂の色々な人を見渡すと、やっぱりここは寮なんだと実感させられる。
ここは一つの集団。
さっきのような自由な行動も結構制限されるものだ。
あたしはマダあの人以外に話せる人を見つけていない。
だけどそれもかまわない。
あたしはやっぱり集団が嫌いだ。
朝食を終えると皆またそれぞれの部屋へと戻っていく。
あたしも部屋に戻ると学校の教科書に目を通した。
青森で使っていた教科書と全然違っていた。
基礎的なことは同じだけど、応用的なことがあまりなく、ほとんどが基礎問題だった。
比較的簡単な教科書を眺めながらあたしは少し溜息をついた。
青森での勉強でもわからない問題はほとんどなかったのに、ここではもっとわからない問題はないだろう。
何だかつまらなかった。
あたしは結構勉強が好きだったので、難しい問題ほど楽しかった。
勉強と本ぐらいしか楽しめるもの、打ち込めるものがなかったからだ。
そうこうしていると学校に行く時間になった。
学校はきちんと制服があるようだった。
寮の中に学校もあるのだから制服に着替える必要があるのか疑問だった。
あたしの制服も寮に入った時に一緒に買ったらしく、早いことこのうえないすでに制服が来ていた。
あたしはその制服とここの指定の鞄を持って学校に行った。
ここの寮は変なところで集団的なようだ。
学校に向うと(学校と行っても3階の部屋に教室っぽいところがあるだけだが)ほとんどの生徒が集まっていた。
あたしのクラスには20人の人がいて、あたしは一応先生と後で来るということで教室を過ぎて先生の部屋、
つまり職員室へと足を運んだ。
『今日からよろしくね凪ちゃん』
優しそうな40代ぐらいの女の先生はあたしににこやかな笑みを向けた。
『よろしく、お願いします』
それぞれに挨拶をすますとさっき通り過ぎた教室へと足を運んだ。
『HRはじめるよー』
先生はそう言いながら教室へ入った。
するとそれとほぼ同時ぐらいに委員長が号令をする。
それが終わり、皆が席に着くと、先生はあたしの話しをし始めた。
『今日は転入生が来ている。一緒の部屋の者等はもう知っているだろうが、姫路凪ちゃんだ。さあ、入って』
あたしはその言葉と共に教室へと入った。
教室に入ると真っ先に目が行ったのは後藤克哉君の姿だった。
この人も同じクラスだったんだ。
あたしは少し安心した。
それから次に目に入ったのは部屋でも優しくしてくれる人だった。
『皆仲良くしてあげてね。じゃあ席は奈美の隣な』
奈美と言われたのは一緒の部屋のあの人だった。
あたしはマダ名前を覚えていなかった。
『よろしくね。隣の席でよかったよ』
それからHRを終え、授業が始まった。
一時間目の授業は数学だった。
あたしは今の授業はどこまで進んでいるのか確認をした。
あたしが習ったところだった。
ここはレベルも低ければ、進み具合も遅いらしい。
きっと応用とかがなく、習うとこも少ない分ゆっくりと授業を進めているのだろう。
授業が終わると真っ先に奈美ちゃんが話しかけてきた。
『凪ちゃんあれだよ。あれが忠告した後藤克哉だよ』
『忠告?』
あたしは昨日最初に言われたことをすっかりと忘れてしまい、意味のわからないという顔で
後藤克哉君を見ていた。
『昨日言ったでしょ。もう忘れた?あいつが関わっちゃいけない人』
『ああ、そっか』
後藤克哉君の名前を聞いた時に何かひっかかったのはこのことだったんだ。
あたしは冷静にそんなことを考えてから、自分はすでに彼と関わってしまっていて、
関わっているっていうか、もう何か心を許す人みたいになっていて・・・
というかあの人の何処がダメなのだろうか?
少しこの中では違った存在に思えるけれど、それ以外は何も悪いことはないじゃないか。
あたしはそんな疑問を頭に浮かべながらも、奈美ちゃんにはあたしが
仲良くなっていることは黙っておくことにして、彼について聞くことにした。
『見た目は普通の学生に見えるけど・・・何が危ないの?』
『危ないことこの上ないわよ。ていうかよく危ない人ってわかったね』
『いや、関わったらいけない人っていうぐらいだから・・・』
『そっか。うん。とにかくあいつは問題起こす天才でさ。
入学式の時にね早速問題起こしたんだけど、それが何といきなり打ち上げ花火を体育館で付け出して
大惨事だったんだから』
『そうなんですか・・・』
あたしは彼を見つめながらも、彼はそんなことをするような人なんだろうか?
と考えていた。
彼は今朝自分がどう接していいかわからないいたずらするって言ったけど・・・
花火はさすがにいたずらの度が過ぎていると思う。
最初にそんなことをしたから誰も友達がいないんだ。
いや、もしかしたら彼は自ら人を遠ざけようとしてそんなことをしたのかもしれない。
あたしは何故か彼のことを心の中で庇っていた。
入学式にそんなことをするなんて普通はありえないし、決して許されることじゃないのに・・・
あたしは彼に何を感じているのだろうか。
彼が心を許せる“友”になったからだろうか?
『まあ、そういうことだから。見た目に惑わされちゃいけないよ。
確かにあいつルックスはいいからさ、見とれるのはわかるけどさ。
やっぱりああいう人には関わらないほうがいいよ。うん』
あたしは奈美ちゃんの言い方に何かひっかかる物を感じた。
奈美ちゃんってもしかして・・・
考えようとした瞬間授業の始まるチャイムが鳴った。
あたしは次の時間の教科書などを机の上において、先生が来るのを待った。
後藤克哉君は一日中ずっと机の上で眠っていた。
授業が全て終わり、皆自由の時間になった。
だが、ここの寮では授業が終わるとお風呂に入らなければならなかった。
マダ5時なのにお風呂は早いんじゃ?
と、思ったが・・・
お風呂が終わると6時からは夕食になるので・・・
そんなものなのだろうか?
寮側が早く生徒の監視から開放されたいからじゃないだろうか。
という思いもでてきた。
実際夕食を済ませれば就寝は11時で、それまでは自由な時間になっているし・・・
それに就寝も部屋に入っていればいいだけで、別に電気がついていてもあまり騒がなければいいらしい。
あたしは昨日すぐに眠ってしまったので、その辺りは今日始めて体験するので、今日寮に来たようなもんだ。
『お風呂毎日皆で入るって楽しいもんだよ~、最初はまあなれないかもね』
『まあ、はい・・・』
やっぱりお風呂は一人でゆっくり入るのが落ち着くものだ。
あたしはマダ皆が出ないうちに早々とお風呂を出た。
『ふぅ・・・』
パジャマに着替えて、上にパーカーを羽織った姿で出ると、目の前に丁度お風呂から出た
後藤克哉君の姿があった。
『おう』
『どうも・・・』
何だか微妙な空気になってしまった。
『えっと・・・』
『じゃあな』
『あっ、うん・・・』
彼は何も言わずに廊下を歩いていった。
するとそれとほぼ同時に後ろから声をかけられた。
『凪ちゃんお風呂早いでしゅね』
『あっ、室長さん』
『李でいいでしゅよ。それより今誰かと話してちゃ~』
『いえ・・・』
『そうでしゅか。では先に部屋に行ってましゅね』
『はい・・・』
後藤克哉君今日の話し聞いてたのかな?
それであたしに気を使って・・・
今はマダ5時30分
夕食の時間までは30分も残っている。
あたしはパジャマ姿で図書館に向った・・・
図書館は相変わらず人の気配を感じさせなかった。
ここの人達は本当に図書館を利用しないみたいだ。
あたしは一番奥の本棚に向った。
そして上から下までじっくりと本を見つめていると、突然いきおいよく図書館の扉が開かれた。
『キャッ』
あたしは驚いて声を出すと、静かな図書館にはその声が十分に聞こえたらしく
扉を開けた奴と思われる足音が近づいてきた。
あたしは息を殺しながら、どうか見つかりませんように・・・と祈ったが
その祈りも虚しく、どこぞのちんぴらかと思わせる格好をした奴等二人があたしの近くにきた。
『お前確か1年の転入生だったなあ。何、そんな格好で図書館に来てもしかして男でも誘いこもうとした?』
『やるねえ』
『違います・・・』
あたしは逃げ出そうと思ったけれど、一人の男にがっしりと肩を掴まれていて、後ろには本棚があり・・・
この人を振りほどいたとしてもきっともう一人の奴に捕まるに決まっている・・・
どうしよう。
絶対絶命の自体だ・・・
『離して・・・ください』
『なんだって?』
『まあまあ、優しくしてやれよ。俺等別に君を傷つけるつもりはないよ。ただ一緒に遊びたいだけさ』
『嫌だ・・・』
『こいつ!』
『うっ・・・』
肩を掴んでいた男はきれたらしく、あたしの背中を思いっきり本棚にぶつけると、肩を掴んでいる力が強くなっていった。
『痛い・・・』
『黙れ。下手にでてりゃ調子にのるなよ』
そう言って男は腕を振り上げてあたしの顔に思いっきり殴りかかろうとした。
『やっ』
バチン!
という綺麗といえるほど凄い音がなったが、あたしの顔には一切何も触れなかった。
『いってえ、やっぱグローブなしでパンチうけるのはさすがにきついな』
『後藤・・・克哉君?』
『女に手あげるってのはどうかと思うぜ』
『かっこつけんじゃねえ!』
男はそう叫んでまたもや思いっきりに、今度は後藤克哉に殴りかかろうとしたが
男が殴るよりも先に、後藤克哉の足が男の腹にクリーンヒットしていた。
男は腹を抱えながら地面に倒れた。
と、もう一人さっきまで冷静だった奴は突然ポケットからナイフを出すと、あたしを腕に抱えてナイフをむけてきた。
いわば人質って奴だ。
あたしは怖くて仕方がなかったが、彼に迷惑がかかると思い、声を押し殺した。
『汚ねえって言ってんだ。だから女を傷つけるのはよくねえって!』
彼はさっきまで冷静だったのが、今は本当に怒っているみたいでナイフを掴んでいる手に向って踵落としを食らわせた。
『いつっ』
男が手を押さえているうちに、彼は腹に思いっきりパンチをめり込ませた。
全く綺麗な喧嘩・・・
というより、まるで格闘技のようだ。
男が倒れると、あたしも緊張の糸が解け膝をついた。
『大丈夫か?』
『うん・・・』
怖かった。
怖くて仕方がなかった。
だけどその反面、彼が何とかしてくれる。
きっと何とかしてくれる。
そういう希望があった。
だから・・・
『後藤克哉君のおかげで、怖さがましだった』
『えっ、あっ・・・ていうか俺のことは克哉でいいから、フルネームだと長いだろ?姫路』
『うん・・・』
お互いに何だか照れくさかった。
何回か話したのにお互いにまだ名前で呼び合っていなかったんだから、
名前は教えあったのに、何だか不思議。
『ねえ、どうしてあたしがここにいて、あいつらに酷いことされてるって・・・わかったの?』
『ああ、それなら俺は最初からここにいたぜ。そこにお前が入ってきて、あいつらが入ってきたからよ』
『そう、なんだ』
前も確かここで克哉君とあったっけ?
あの時は克哉君を不愉快な気分にさせたけれど、今はこうして仲直りして助けてくれた。
やっぱり克哉君は優しい人だと思う。
『お前本好きなのか?』
『えっ?うん・・・』
突然質問されて少し驚いた。
克哉君ならあたしのこと聞いても嫌いにならないのかなあ。
あたしがこんな性格になってしまったわけを・・・
人に嫌われることを恐れたわけを・・・
『あの・・・』
『ん?まあ、お前はかしこそうだしな。俺のお気に入りの本読んでみるか?』
『あっ、うん・・・』
克哉君がそそくさと歩きだしたので、あたしは克哉君に着いて行った。
何だか克哉君はあたしが言おうとしたことをわかっていたような気がする。
あたしのことを知らないから、知っているわけはないけれど、何となく空気でわかったとか。
そういうことなら彼になら出来そうだし。
歩きながら考えていると、彼は本棚の一番上にある本を取り出した。
そんな所まで届く何て、やっぱり背高いな。と、思いながらも、どんな本かと興味津々に覗き込んだ。
『この本さ。主人公は生まれた時から一人ぼっちなんだよ。だけどこいつは人間が大好きで、
だけど友達も出来なかったんだ。何でかわかるか?こいつは生まれた時から目が赤色でさ。
誰にも受け入れられなかったんだ』
克哉君は本当に悲しそうにそのことを話し始めた。
もしかしたら主人公と自分を少し重ねてるのかもしれない。
『お前はどう思う?もしも目が赤い奴がいたら、お前はやっぱりそいつを避けるか?』
『あたしは・・・あたしは友達になってあげる。だって、目が赤いだけでその子はとてもいい子だもん。
その子が妖怪だろうと、何か別の生き物でも・・・』
克哉君は少し驚いた顔をしていた。
少し変なことを言ってしまったかもしれない。
そう思ったが、克哉君は少しして優しく微笑んでくれた。
初めて見る。彼の優しい顔。
『お前はやっぱり面白い奴だな。俺もお前と同じだ。俺は他人にどんな過去があろうと、どんな姿であろうと
俺は仲良くしてやりてえ。だってそれが本当の優しさだと思うからだ・・・なんてな』
彼は笑いながらあたしに本を渡して、図書館を出た。
彼の過去は知らない。
何かあって彼はこんな風になったのか。
それとも元々こういう性格なのかはあたしにはわからない。
だけど、そんなことはどうでもいい。
だって彼は実際に優しいんだ。
ただ、あたしと同じで他人と付き合うことに不器用なだけなんだ。
彼はきっと寂しいんだ・・・
あたしは本を握り締めながら部屋へ戻った。
部屋では既に皆寝ていて、起きていたのは室長の李さんだけだった。
『凪ちゃん図書館に行ってたんでしゅか?』
『はい・・・すみません』
『いいんでしゅよ。まだ自由時間でしゅから、皆は寝るのが早いんでしゅよ』
室長は皆を方を見ながら笑いながら言った。
ここにいる人は優しい人ばかりだ。
『あたしも・・・寝ます』
『おやすみなさい』
本をベッドの上において、そのまま眠りに着いた。
朝、人の気配がした気がしたので起き上がると、そこには誰かが立っていた。
まだ焦点の定まらない目で、何とか見上げると、段々と目が慣れていき、誰かはっきりとわかった。
『奈美・・・ちゃん?』
この部屋の中であたしに一番よくしてくれる人だ。
『凪ちゃん・・・この本どうしたの?』
奈美ちゃんは少し冷めた口調で言った。
奈美ちゃんが手に持っているのは昨日克哉君におすすめと言われた本だった。
『図書館で・・・』
『ふぅん。何でこの本借りたの?』
奈美ちゃんはあたしを疑うような目で見てきた。
やっぱり奈美ちゃんは・・・
『何となく・・・こういうの好きだから』
克哉君のことは言わないと決めたから、あたしは嘘をついた。
手に汗が滲み、あたしは少し焦った。
『そう・・・』
奈美ちゃんはそう言って、そのまま部屋を出て行った。
あたしは少しほっとし、疲れたように再びベッドに入った。
そして、本を手に取った。
それから何時間が経っただろうか。
やっと皆が起き出した。
『凪ちゃん読書でしゅか?30分したら朝食でしゅからね』
室長はそう言うと、歯ブラシとタオルを持って、洗面台の方へと向った。
もうそんな時間か。
分厚い本も気づけば半分ぐらいは読んでいた。
この本には幾度か共感出来る部分と、主人公を尊敬出来る部分があった。
そして、何処か安心出来る。
まるでこんな思いをしているのは君だけじゃない。とでも思わせるような・・・
そう考えたら、もしかしたら克哉君と話せるのはこういう安心感があるからかもしれない。
準備を済ませて食堂に行くと、奈美ちゃんは先に来ていた。
そういえばあれから奈美ちゃんは部屋に戻ってこなかったけど・・・
もしかしてあたしが克哉君と関わってることをわかったのかな?
別にあたしは悪いことをしてるわけじゃないけれど、他人の忠告を無視したことになる。
それはやっぱり奈美ちゃんからしたらムカツクことなんじゃないだろうか。
それに奈美ちゃんは・・・
『凪ちゃん。今日ご飯食べた後で勉強見てくれないかな?頭良さそうだし』
『うん・・・』
奈美ちゃんがあまりにも普通だったために、あたしは少し驚いてしまった。
人はこんなにもすぐに切り替えられるのだろうか?
あたしは疑問に思ったが、考えないようにした。
やっぱりまだ他人とは関われない・・・
朝食を終え、学校まで少しの時間がある。
奈美ちゃんはあたしの手を引いて、部屋へそそくさと戻った。
『あたし勉強とかからっきしなのよ。まずさ、数学からお願いね』
そして、30分間あたしは奈美ちゃんに勉強を教えた。
奈美ちゃんは本当に基本的なことを何もわかっていなかったので、一から教える羽目になった。
人に教えたことなどなかったので、あたしは戸惑ったが、何とか理解してくれたみたいで助かった。
『ありがとね。じゃあ、学校行こう』
『うん・・・』
今朝の奈美ちゃんは本当に嘘だったみたいだ。
あたしは不思議な気分に立たされたと同時に、少し奈美ちゃんと克哉君の関係が気になった。
学校へ行くと、今日は何故か克哉君は来ていなかった。
そもそも昨日はずっと寝てたみたいだけど、普段克哉君は学校へ来ているのだろうか。
疑問に思ったが、今は奈美ちゃんには聞きづらいので、あたしはまた今度克哉君に聞くことにした。
その日の授業はさっき奈美ちゃんに教えたところだ。
予習をしていたからか、奈美ちゃんは楽しそうにノートを書いていた。
『ありがとね。やっぱり凪ちゃんは凄いよ。初めて授業楽しかった。夜もまたお願いね』
『うん・・・』
何だかいつも以上にあたしに関わるところが少し怖い。
いつもなら部屋の仲の良い子と一緒にいるのに・・・
もしかしてあたしを見張っているのかな?




