1話
今日からあたしはメゾンアスターという寮に住むことになった。
高校生になって1年と2ヶ月が経ったある日だった。
あたしの両親はいきなり姿をくらませた。
いつものように学校から帰ってきたが、家は静まり返っていた。
それから一週間後におじさんが来た。
おじさんは詳しい事情は話してはくれなかったが、これからは寮で住むように進められた。
寮は東京にあった。
あたしは今まで青森に住んでいたので都会の空気にはなれずに、電車を降りてすぐに人ごみに飲まれそうになった。
それでも引き返すわけにもいかないので、あたしは地図を握り締めながら街を歩いた。
しばらく歩いていると、目的地に近づくほど辺りは静かになっていった。
気がつけば緑がふさふさしていて、あたしが昨日まで住んでいたところに似ている。
東京にもこんな場所があったのか。と思いながら、あたしは足を進めた。
『こんなとこでどうしたの~?』
急に声をかけられたので驚いて声のする方に向くと、茶髪のあたしとあまり年の変わらない青年がいた。
一目みてあたしはその人のことをカッコいいと思ったが、あたしはそういうのにはあまり興味がなかった。
『あたしこの先の寮に行きたいんですよ』
『あ~、今日から来る新人さんは君のことか。ふふ』
彼はそういうと含み笑いをしながらあたしが手にしていた地図。
ではなく、あたしが手にしていた携帯を奪い取った。
『ちょっ』
いきなりのことで意味がわからなかったあたしはただ呆然と彼を見つめていた。
すると彼は何も言わずに、自分の足元にあった大きな石に紐をつけた。
そしてそれに携帯をくくりつけ、後ろにある大きな岩にそれをのっけった。
紐を引いても携帯が落ちてこないように手際よく細工をすると、またあたしの方へと向き直った。
『じゃあね。新人さん』
『ちょっと』
彼はそのままあたしと、あたしの携帯を置いてその場を後にした。
さて、どうしたものか・・・
あたしは腕を組んで考えたが、身長的にも届かないし、岩を登ろうにもあまりにも水平すぎて足をかけれない。
どうしよう・・・
東京に来ていきなりこんないたずらされるなんて、ついてないな。
そんなことをぼんやりと考えながら、あたしは地面に座った。
ここの風は心地よくて、何だか安心した。
『君そんなとこで何してるの?』
『わっ』
はたまたいきなり声をかけられ、あたしはゆっくりと振り返った。
『この何か面白そうな仕掛けは、君が仕掛けた・・・わけじゃないよね?』
『はい・・・いきなり茶髪の長身の男に・・・』
『ああ、そう』
彼は納得して、携帯を取ろうとしたが、さっきの男よりも身長が低いので、彼は手が届かなかった。
『なあ。肩貸してやるから、お前とれよ』
『は、はい・・・』
あたしは初対面の人の肩にのり、岩でバランスを取りながら携帯をとることに成功した。
『ありがとうございます』
『いえいえ、ところで君は・・・もしかして今日入ってくる凪って子かな?』
『はい、そうです。貴方も寮の人ですか?』
『そうだ。良かったら案内するよ』
そしてあたしは初対面の優しい人によって寮まで案内してもらった。
姫路凪。
16歳の彼女は青森に住むごく普通の少女だった。
彼女は勉強はよく出来たが、スポーツはあまり得意ではなかった。
というよりかは彼女はとても内気な性格で、あまり友達なども作らず一人で過ごすことが多かった。
だけど彼女は一人でいることに何の疑問も、何の悲しみも感じなかった。
『青森から来たんだってな。大変だったろ?』
『まあ・・・』
人と接するのは苦手だ。
人と話すのは苦手だ。
人が嫌いなわけじゃない。
ただ、嫌われることが嫌なだけだ。
だからあたしは必要以上に人に関わろうとはしなかった。
そうやって過ごしてきた。
だからあたしに近づいてくる人は一人もいなかった。
決して、悲しくはなかった・・・
『どうかした?さっきから俯いてるけど・・・あ~、もしかして俺怖がらせたかな?』
『いえ、あの、優しい人だと思って、ますよ・・・』
『そうか』
優しいな。あたしみたいな人にこんなに親切に接してくれるなんて、だけどそれはマダあたしが入ってきたばかりで、
あたしの性格を知らないからだろう。
この人があたしの性格を知ったら、きっとこの人もあたしから離れていく。
あたしに二度と話しかけなくなるんだ。
『ここだよ』
『ありがとうございます』
外は一見普通な感じだったけど、中は凄く綺麗だった。
ロビーと思しきこの場所にはたくさんの人がいて、あたしのことを皆見ていた。
新人ってそんなに珍しいのかな?
そんな疑問を抱えながらも、あたしはここの寮長の部屋へと向った。
『失礼します』
『やあ、今日からよろしくね。僕は鏡ルオこれから君が生活していく中で何か困ったことがあったらどんどん言ってくれ』
『はい』
『君の部屋はここね。じゃあ、後はこの部屋の室長が教えてくれるから』
『ありがとうございました』
寮長はフランスか何処かのハーフだった。
髪は綺麗な金色で、何だかまるで紳士みたいだった。
さっきの人達も含めてこの寮は結構個性のある人達がいるみたいだ。
あたしは何処か興味を示した。
今まで学校にいてクラスの人達に興味を示すことはなかった。
だけどあたしはこのことに対して何も疑問を抱かなかった。
もしかすると自然とあたしが変わったのかもしれない。
親が何処かに行って、あたしはただ一人東京に来て、そして寮生活を行う。
これだけであたしは何かを感じたのかもしれない。
それからあたしは自分の部屋を探した。
だけど中々見つからなかった。
部屋が多くて通路も入り組んでいるので何処に何があるのか全くわからなかった。
『凪ちゃんだっけね~、もしかしてお部屋おっ探し中でしゅか?』
そこにいたのはあたしよりも背の低い中学生ぐらいの女の子がいた。
いや、小学生とも言えるかもしれない。
『そう、だよ?』
あたしは不思議そうに言った。
『先輩でしゅよ!あたし先輩でしゅ!』
『えっ、そうなの?』
先輩と言う彼女はどう考えてもあたしより年下にしか見えない。
『そうでしゅ!そうでしゅ!凪ちゃんの部屋の室長でしゅ』
『えっ、ああ、すみません・・・よろしくお願いします』
あたしは深々と頭を下げた。
『ああ、いいでしゅよ。慣れてるの~』
『そうですか』
やっぱりここにはいっぱい個性のある人がいるんだな。
と、思った。
『あたしは深李よろしきゅね』
『はい』
そして室長の深李さんに部屋を案内してもらった。
部屋は凄く広かったが人数が多く、部屋には8個のベッドがあった。
部屋に入ると皆が興味津々にあたしを見つめてきた。
『今日から入る凪ちゃんでしゅよ。皆仲良くしてあげて~、わからないことは教えてあげてね~』
そういうと室長は部屋から出て行った。
あたしはしばらくじっと立っていた。
何をしようか考えていると一人があたしに近づいてきた。
『あのさ、新人さんにここでの生活を教える前に教えないといけないことがあるんだけど、
後藤克哉っていう奴がいるんだけど、そいつとは絶対に関わっちゃダメよ?』
『え?』
あたしが不思議そうな顔をしていると、彼女は『ああ』と言って、どう言っていいのか。
というような顔をしていた。
そもそも後藤克哉ってどんな人物だろうか?
『まあ、そのうちわかると思うんだけど・・・まあ、明日学校で自己紹介があるし、そいつ一緒のクラスだから
誰かはすぐにわかるよ』
『はい・・・』
あたしは何処か煮え切らない思いがあったが、それ以上は何も聞かないことにした。
そして自分の区域のところに荷物を整理した。
『今からあたし達部屋の人皆で出かけるんだけど、凪ちゃんも一緒に行く?』
さっきの女の子奈美ちゃんがあたしを誘ってくれた。
『明日の準備するから・・・皆で行ってきてください』
『そっか。じゃあね』
一人になると初めて部屋を見た時のように部屋が広く感じる。
実際に中に入って周りの人達といると部屋はかなり小さく思えた。
広々とした静かな部屋であたしは学校の準備をした。
だけど、準備にはそれほど時間はかからなかったので、あたしは暇をもてあますこととなった。
どうしようかな・・・
部屋では何をすることもないし、ここには確か大きな図書館があるって書いてったっけ?
そこに行こう。
あたしはそしてそこへと向った。
『大きいな』
実際に見るのとパンフレットで見るのとはやっぱり全然違うな。
寮よりも大きいかな?
と考えながらあたしはその中へと足を進めた。
大きな図書館には誰もいなかった。
皆図書館を利用しないのだろうか?
静かな人の気配一つしない館内であたしは何か自分の好む本はないか探した。
広すぎる図書館では本を探すのが困難だった。
一番奥に行くと一番上の棚の本に目がいった。
何だか目が離れずにそれを見ていたが、携帯の時と同様であたしの身長では届かなかった。
どうしよう・・・
周りを見渡したけどはしごのような物はなかった。
探せば何処かにあるかもしれないけど、こんな広い館内だからもしかしたらここを動けばこの本をもう探し出せないのではないか?
という疑問が過ぎった。
あたしは精一杯に手を伸ばした。
だけどいくら伸ばしても届かない。
棚一段分まるまる届かない。
身長が小さいと損をすることが多いんだな。
と、今日一日で二回も思うことになるとわ・・・
『ちっせえな』
『え?』
そこにはあたしの携帯でいたずらをした男がいた。
その男は背伸び一つせずなんなく本を手にとった。
『貴方は・・・』
『ふっ、携帯取れたのか?おちびさん』
『そんなに小さくないと思うけど・・・』
あたしは不思議そうに尋ねると、相手の男は面白くないというような顔をした。
『お前変わってるな。怒るとかしねえの?』
男は少し口調がきつくなったように思える。
怒っているのか、怒らせてしまったのか・・・
『ごめんなさい』
あたしは申し訳なさそうに謝った。
『だからさ。お前変わってんな』
『えっ・・・』
男はそう言って図書館の出口へと向った。
怒らせちゃったのかな・・・
でも何に怒ったんだろう?
謝って怒られるってなんでだろう。
それに、怒らないのかって・・・
どういうこと?
確かにあたしは今まで怒ったことがないけれど、だからってそれで相手は怒るのだろうか。
どうしよう。
謝ったらまた怒られちゃうし、どうしたら許してくれるのだろうか?
というか、どうしてあたしはあの人に許してもらおうと考えているのだろうか。
人にどう思われも別になにも感じないし、離れていくなら離れていけばいいと考えていたし・・・
あたしはやっぱりここに来て何かが変わったんだ。
経ったの一日で・・・
あたしは何処か気落ちした様子で図書館を出た。
部屋に戻るとすでに皆は戻っていて、部屋は賑わっていた。
そこに入るのも何だか気が引けたが、そのままベッドへと入った。
『どうかした?』
『何でもないです・・・疲れて、今日はもう休んでいいですか?』
『まあ、いいけど・・・おなか減らない?』
『大丈夫です・・・』
そしてあたしは目を閉じた。
昨日までの自分。
そして今日の自分。
一日しか経ってないのに昨日の自分が過去の自分のように思える。
あたしが人に関心を抱かず、そして自分の感情もあまり見せなかったのは環境だったのかもしれない。
あたしの両親は昔からあたしに愛情があるとは思えなかった。
あたしは家族の中で一人浮いた存在だった。
ご飯を食べる時も3人でテーブルを囲んでいるにも関わらず、喋っているのは両親だけだった。
あたしは喋りたくなかったのではない。
喋れなかったのだ。
両親が放つ空気にはあたしの存在を否定するものだった。
だからあたしは何時しか自分の感情を、自分を殻の中に閉じ込めたのかもしれない。




